×××年四月十八日/購入初日・2
私はマリアが運転する自家用車で、郊外にある彼女の自宅に連れられて行った。
その邸宅は二階建てで、ひとり暮らしには十分すぎる広さを持っていた。プールつきの庭もあったが、プールは空で土砂が薄く溜まっており、その側にあった
リビングにはものが散乱していた。空のペットボトルや乾いたチーズがこびりついた宅配ピザの空き箱、スナック菓子のくずなどが床の上に放置され、マリアによって脱ぎ捨てられたものと推測される衣服は、床にもソファにもテーブルの上にも、埃を被ったグランドピアノの上にも山積していた。
私に備え付けられた疑似嗅覚が、奥のキッチン付近から微量のメチルメルカプタンやアルコール類、アルデヒド類などの臭気が漂っているのを検知し、生ゴミがどこかで腐敗している可能性を示した。
部屋の様子をしばし眺めた後、マリアは頭を掻いた。
「まあ……適当に座って」
マリアは三人掛けのソファーに腰を下ろし、スウェット生地のルームウェアを尻の下に敷いた。
「ありがとうございます」
私はマリアの正面、一人掛けのソファーに座った。座るスペースを確保するために、座面に落ちていた黒いブラジャーを移動させる必要があった。
たとえ多くの人間が不快を感じるであろう場所であっても、私は笑顔を絶やさないことが可能だった。
「ミランダって、お腹減ったりすんの?」
「いいえ。私は人造人間ですので、食事は必要ありません。食事の代わりに必要なのは、光です。私は光によってバッテリー駆動を維持しています。頭髪部分に高性能の光発電繊維が織り込まれており、太陽光でなくても効率よく発電が可能です」
「髪の毛で発電してんの?」
「はい」
「すげー、ただの金髪じゃないんだ。未来って感じ」
「そうですね。私は旧式ですが、発電繊維は比較的目新しい技術かもしれません。ただどちらかというと、私たち人造人間は未来というより過去の集積です。人々がどのように感じ、考え、行動したかをAIが学習した成果が反映されています」
「過去の集積か。難しいこと言うね」
マリアはソファの上に寝転がった。よくここで寝ているらしく、足下には毛布が雑に畳まれていた。マリアはそれを引っ張り上げ、自ら全身をくるんだ。
「眠い。ちょっと昼寝したいな」
「承知しました。マリア、何か私にしてほしいことはありますか?」
「一時間……いや、二時間経ったら起こして」
「承知しました。ほかには何かありますか?」
「うーん……別に。おやすみ」
マリアはすぐに寝息を立て始め、私は起動状態のままであった。
私は、マリアの「うーん……」を、遠慮であると判定した。
初対面の相手に対して命令することに、躊躇する人間の割合は多い。相手が人間であれば、それは常識的で慎ましい判断であるだろう。しかし私のようにもとより人間に使役されるために作られた製品に対しては、遠慮は無用である。
相手が口には出さなくても、相手の希望を察知して行動し、満足させること。私に搭載された《M‐140》は、そのように設計されたAIだった。
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