第9話 ヒロインの横暴な振る舞いには、悲しい理由が隠されてたり

「ゲーム……ですか?」

「そう。私とのゲーム」


 いいの? 仕事なのに? 遊んでたらお金貰えるの? 

 いやいやいや。そんなうまい話があるはずない。こういう話には必ず裏があるって、ばあちゃんも言ってたもん。

 きっとあれだ。これはエッチなゲームなんだ。勝っても負けても、俺が辱められるように仕組まれてるんだ。この鬼畜め。そういうのは女の子同士でやってくれよ。俺が喜ぶから。


「何してるの。早くそこに座りなさい」

「えっ? あ、はい」


 気がつけば、正座した来緒根くりおねが俺を見上げており、床には絵とひらがな一文字が描かれた大量のカードが並べられていた。これって……


「かるた、ですか?」

「ええ、そうよ」


 うわ〜、懐かしい。幼稚園の時、琴莉とよく遊んだな〜。俺が勝つまでやめないから、よく困らせてたっけ。それに付き合ってくれた琴莉、やっぱり天使ですわ。

 で。どうしてカルタなんだろう。


「あの、エッチな辱めは……?」

「辱め? そんなひどいことするわけないでしょ」

「で、でも。そういう本が好きなんですよね。男の娘とのちょっぴりエッチな――」

「も~歩夢ちゃん。あのね、それはエッチなの。わかる? ちょっぴり」

「まあなんとなくは……」


 その言い方で本当にエッチ要素が主じゃないことあるんだ。知らなかった。勉強になった。


「えっとそれで……なぜかるた?」

「楽しいから」


 当然の如く即答する来緒根。

 うんわかるぞ。たしかにカルタは楽しい。一周回って下手なソシャゲより楽しいまである。課金要素もないし。広告もないし。ガチャ回さなくてもカード増やせるし。

 けどカルタって、そもそも2人じゃできないよな。


「読み手はいかがなさるのでしょうか……?」

「それなら大丈夫よ。これがあるから」


 来緒根はどやーっとした顔でスマホをポチポチ。すると、来緒音が札を読み上げる声が聞こえてきた。


「シャッフル再生になっているから、どの順番で流れるかはもとろん私にもわからないわ」

「はあ」


 悲しくなってきた。俺が来るずっと前から、来緒音はそうやって、一人カルタを楽しんできたのだろう。

 なぜわかるかって? 俺もトランプで似たようなことをやってたからだよ。一人二役でのババ抜き、大富豪、七並べetc……な、泣いてないもん。

 まあそういうことだ。かるたくらい、喜んでやってやろうじゃないの。


 と、俺は来緒根に勝負を挑んだのだが…… 


「40、41枚……やったー。私の勝ちね!」

「マイリマシタワ」


 来緒音の反射神経は凄まじく、俺が2音目を聞きとった時にはもう、札は彼女の手の下にあった。まったく歯が立たない。

 そもそも慣れないメイド服だと動きにくいのよね。スカートも気になるし。それと彼女に圧倒されるほど、彼女が一人でカルタと向き合った時間が嫌でも伝わってきて、別の意味で悲しくなる。


「それじゃ。負けた歩夢ちゃんは罰ゲームね」

「エ⁉」


 くそっ、やっぱりそういうことか。カルタというのは建前で、本音はちょっぴり、いやがっつりエッチなゲームだったんだ。いったいどんな辱めを……


「罰ゲームはーーー」

「罰ゲームは……?」

「相手の好きなところを一つ言うことよ!」

「いや中学生カップルかよ」


 初めて彼女ができたりすると、毎日が嬉しすぎてつい愛を確かめ合いたくなるんだよね。俺もイマジナリーガールフレンドとよくやってたなぁ。


『ふふふ。歩夢くんは私のどこが好きですか?』

『この広い世界で俺を見つけてくれたこと、かな』

『歩夢くん……! 大好きです♡』

『俺もだよ♡』


 はい、これは黒歴史なのできれいさっぱり忘れてください。決して、絶対に、断じて拡散しないように。でないと人が死にます。もちろん現実に彼女がいたことはありません。ありがとうございました。


 ま、まあとにかくだ。そんな浮かれたカップルの遊戯、あの来緒音舞凛くりおねまりんには似合わな――


「……いいじゃない。私だって、可愛い男の娘メイドさんに褒められたいのよ」


 来緒根は恨めしそうに俺を見る。

 女性にそんな拗ねたように言われたら、さすがの私も断れないですわよいいですわよやりますわよ。俺なんかに褒められて本当に嬉しいのかな。

 好きなところ……まあ無難に言っておこう。


「かわいいところ、ですワ」

「……! あ、ありがとう」


 来緒音が頬を真っ赤に染め、めっちゃ目を潤ませてる。え、なに。そんなに嬉しかった? ここまで喜ばれるなら、もう少しよく考えてあげれば良かったな。


「そ、それじゃあ今日のお仕事は終わりよ。お疲れ様」

「あ、はい。お疲れ様でした。」


 そんなわけで、よくわからないまま一日目のバイトは終了したのだった。

 ……メイド服どうしよう。


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