ラブコメ世界に男は邪魔なので、空気になって百合を愛でていたら男の娘にされました〜女友達も、美少女も、幼馴染もいる。なのに何かを間違えたラブコメ

第8話 主人公はヒロインに振り回される時に最も輝く

　来緒根舞凛（くりおねまりん）と恐るべき労働契約を結んでしまった俺は、不安に震えながら、主人の指示を待っていた。

「それじゃあ、歩夢ちゃん」

「は、はい」

　ゴクリとつばを飲む。果たして、どんな命令が下されるのか……。

「さっそくお着替えしましょう」

「え、いいの!?」

　まさか来緒根さんがそんな提案してくれるなんて……！　いや〜助かるー。このワンピース早く脱ぎたかったのよ。ありがたい。

「もちろんよ。その格好じゃ仕事にならないもの」

「ですよねー」

「だからこれを着てね」

　……一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。

　彼女がクローゼットから取り出したのは、いわゆるメイド服。悲しいことに女装（拷問）は継続らしい。

　それどころかこのメイド服、スカート部分がフワッとしていて丈もかなり短い。恥ずかしさはワンピースの比じゃないぞ。

「さあ、早くそのワンピースを脱いで」

「えっと……ここでですか？」

「他にどこがあるの？」

　来緒根はきょとんとしている。いや、廊下に立派な扉がたくさんありましたけどね。あれは飾りですか。部屋はここだけなんですか。

「えっとー、そのーー、さすがに着替えを見られるのはちょっと……俺、一応男なので」

「そう？　私は気にしないわよ」

　あなたが気にしなくても、俺は気にするの！

　小娘の姿をしていようと男は男。異性に着替えを見せられるわけ無いでしょ。

「でも歩夢ちゃん、一人でお着替えできるのかしら」

「馬鹿にするな。できるに決まってるだろ」

「そう？　これの付け方わかる？」

　来緒根の手には女性の胸を模した何かが……ちょ、ちょっと待て。それ本当に男に見せていいのか。

「えっと……」

「シリコンパッドよ。ブラジャーの中に入れて、胸を大きく見せるの」

　ふーぬ。要は女性の胸の代わりみたいなことか。

　そんなの付けたら俺、本当にどうにかなっちゃうよ。うう。

　俺があまりに嫌そうな顔をしていたからか、来緒根は優しく問いかけた。

「ねえ、歩夢ちゃん。男の娘の魅力って何だと思う？」

　そういえば前にも、男の娘が好きか聞かれたな。

　百合を冒涜する罪深き種族に魅力なんてあってたまるか。……その種族にいま、俺が足を踏み入れているなんてどんな冗談だよ。笑えん。

「……可愛いとことかじゃねえの？」

　俺はとりあえず思いついたことを適当に答えた。推しの原動力なんて大抵は可愛いかエロいかだからな。男の娘のエロなど考えただけで吐き気がするので、百歩譲って消去法で可愛いさということになる。

「う～ん、半分正解ね」

「半分……」

「あのね、男の娘は、男なのに女の子みたいで恥ずかしい……っていうのが可愛いの。つまり、その羞恥こそ、男の娘の最大の魅力！」

　なんだそれ。意味がわからん。

　……待てよ。ということは、俺の恥ずかしがる反応を見て、来緒根はずっと喜んでいたのか。なんだかやるせない。

「ということはね、歩夢ちゃん」

「……はい」

「胸があった方が、もーっと恥ずかしくて萌えると思わない？」

　ひどい論理だ。辱めを受ける側の気持ちなんて何も考えちゃいない。人の心はないんですか。

「そ、そうは言いますけど。あなたは私の前で着替えられます……？」

「え、別にいいけど」

　すると来緒根は、なんの躊躇もなく上着のボタンを外し始めた。まじかよこいつ。正気か？

　いや、どうせはったりだ。きっと俺が止めるのを待っているに違いない。ふんっ、その手には乗るか──って、おい！　まじで脱ぐ気かこいつ。服の裾を持ち上げ始めたぞ。待て、それ以上は！　

「わかった、わかりました！　もういいです！」

「あらそう？」

　服がちょうど胸の下までめくれたところで、澄玲は手を離した。服はまたストンと元の位置に戻る。

　こいつ、何考えてるんだよ。まさか本当に俺を女として見ているわけじゃあるまいし。……見てないよな？？？

「まあ歩夢ちゃんに拒否権はないのだから、大人しく着替えてしまいましょ。ほら、そのワンピース脱いで」

「……はい」

※※※

　その３０分後。

「思ったとおりね！　とっっっっっても可愛い！！！」

「……いいから仕事を振りやがれ」

　俺は幼少期以来初めて、人に手伝われて着替えをし、歩夢ちゃんは見事なメイドになっていた。スカートの丈がかなり短いので、下半身のスースー度はさっきまでと比べ物にならない。シリコンパッドによって胸も重たい。

　たしかに、鏡で見たメイド服の女の子は我ながら結構可愛いと思う。目はおおきく、肌は透明で、胸も大きい。メイドカフェにいても普通に馴染めそう。

　だが、それと恥ずかしくないかは別なのよ。もう百合への冒涜とかどうでもいい。ただただ恥ずかしい。そしてこの恥ずかしさが来緒根をもっと喜ばせていることを思うと悔しい……。

「あら、メイドさんがそんなお口の聞き方をしていいのかしら」

　来緒音がサジェスティックな笑みを浮かべる。

　調子に乗りやがって。覚えとけよ。

「お仕事を……お申し付けください」

「よろしい」

　屈辱だ。

　こんなやつに仕えるなんて……けどお金は欲しい。ああ、いったい何を申し付けられるんだ。

「最初の仕事は……私とゲームをすることよ！」

　……は？