ラブコメ世界に男は邪魔なので、空気になって百合を愛でていたら男の娘にされました〜女友達も、美少女も、幼馴染もいる。なのに何かを間違えたラブコメ
第7話 メインヒロインの経済事情は2つに大別される。極端に金があるか、極端に金がないか
第7話 メインヒロインの経済事情は2つに大別される。極端に金があるか、極端に金がないか
「どうかした? 歩夢ちゃん」
「……なんでもないです」
来緒根に対して言いたいことは山ほどあるが、笑顔の奥に感じる狂気に、俺は口を
「それはよかったわ。さあ、ここが私の部屋よ」
しばらく廊下を歩いた先にたどり着いた大きな扉。それを開けると、来緒根の部屋は現れた。
中には生活に必要以上のものはなく、勉強机やタンス、ベッドなどもきれいに整理されている。あと、部屋全体からほんのりと上品なお花の香りがするのがいかにも来緒根らしい。
……なお、ベッドの下から覗く大量の段ボールについては考えないことにします。なんか冊子がびっしり詰め込まれているように見えるけど、あの中に『男の娘とのちょっぴりエッチないちゃラブ生活~あれ、付いてる方がお得じゃない?』もあるんだろうなとか考えません!
「じゃあ歩夢ちゃん、こっち向いて」
「え?」
パシャリ。
来緒音舞凛の手にはスマートフォン。
俺の女装の写真は彼女の端末内に──やられた。
「この写真をばらまかれたくなかったら……わかってるわね?」
「おい、脅迫は犯罪だぞ!」
やはりこの女、倫理を何処かに捨ててきたらしい。そのテンプレの脅しを本当に使う人間がいたとは。
くっ、俺のワンピース姿が学校中に広まったりしたら、いよいよ恥ずか死してしまう……。
「こわ~い。可愛い歩夢ちゃんに、そんな言葉は似合わないわよ」
「茶化すな。これはまじだ。訴えるぞ」
だが、俺の強気の反応に来緒音が萎縮することはなく、逆に彼女は呆れたように小さくため息をついた。
「問題ないわ」
「……は?」
「歩夢ちゃんは、私を訴えたりできないもの」
「そんなこと――」
「あなたは、優しすぎるから」
その『優しい』という彼女の言葉に、俺の善意に期待する響きはなかった。まるで『しない』のではなく『できない』のだと確信しているように──。
「……お前に俺の何がわかるんだよ」
「ほとんど知らないわね。でもね、あなたみたいな人間のことはよく知っている」
どこまでも自信に満ちた口ぶり。
だけど、来緒根の論理は屁理屈ですらない。単なる虚言だ。
だって、俺はエゴの塊で、優しさなんて持っていないんだから。たしかに、来緒根を本気で警察に突き出すつもりはなかったけれど、それは面倒くさいからであり、気が乗らないからであり、彼女を想ったからではない。
「お前はどうなんだよ」
「私?」
「俺が本気で拒絶しても、お前はその要求を強制できるのか?」
好奇心から、俺は知りたかった。だって良心に背いて行動することは簡単じゃない。何がそれを可能にしているのか。純粋に興味が湧いたのだ。
ところが、この問いに対しても、来緒根はあくまで堂々としていた。
「もちろんよ。私はあなたと違って優しくないもの。他人を利用して自分の欲望を叶えることに、なんの躊躇もないわ」
自己中を極めた発言。
その清々しい表情には、他者への義理とか、借りとか、申し訳なさとか、そんな余計なものは一切含まれていない。
そして驚くべきことに、俺はそんな彼女に少しだけ好感を覚えてしまっていた。薄汚い偽善者より、開き直った悪人の方がずっと美しいのではないか。そう錯覚してしまったのだ。
「お前、ほんとに罪悪感とかないんだな」
「そうよ」
「はは、そっか」
こいつは間違っている。明らかに間違っている。
きっと環境に恵まれ、能力に恵まれ、容姿に恵まれ、皆からもてはやされたからこそ、こんな価値観が育ってしまったのだろう。
あるいは逆かもしれない。あらゆる他者から羨望され、嫉妬され、悪意に晒されたからこそ、彼らに期待するのをやめ、自己中を極めたのか。
いずれにせよ、俺にはその価値観が魅力的だった。だって、支え合いだとか、絆だとか、社会的動物だとか、そういうのばかりだと息苦しいもん。みんなが自己中に行動すれば社会は崩壊するけれど、広大な庭園に1輪くらい、そういう花があっても良いんじゃないかな。
俺の気まぐれは告げていた。そんな彼女の咲かれる花を、この目で見てみたい、と。
「わかった。働くよ、ここで」
「えっ、ほんとに?」
「ああ」
たぶん俺は間違いを犯した。こんな女に従うなんて正気の沙汰じゃない。
だがそれでもいいのだ。もう俺は、彼女の生き方に、惹かれてしまったのだから。
「それじゃ、まずは言葉遣いから直さないと」
「え?」
「私は雇用主で、歩夢ちゃんは使用人になるんだから。それにふさわしい言い方があるわよね?」
「えっと、それって──」
「ここで働かせてください、でしょ?」
「……ここで、働かせて、ください」
「うん、よろしい!」
やっぱこいつ嫌いー!!!
働かせてくださいってなんすか? 神隠しにあったわけじゃあるまいし。
俺、血迷ったかも。
「それじゃ、この契約書にサインをお願いね」
ふんっ、どうせろくでもない内容が書かれて……ないな。ホワイトな文言が並んでる。
いや、けどこの性悪女のことだ。きっと俺はひどい辱めを受けるに違いない。
不安は尽きないものの、もう後には引けないため、俺は観念し、自分の名前を書き記したのだった──
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