第6話 ヒロインには主人公しか知らない裏の顔がある

 こんにちは! 袋小路歩夢です。

 可愛いお洋服に身を包む、16歳の高校1年生……の男子。


 ええっとですね。これは冒瀆ですよ、女の子神様に対する。

 そもそも男とは雑草であり、百合の花園にとっては害悪でしかないわけです。そんな男が女に擬態しようなど言語道断。決して許されることではない。

 ……いや、いまはそんなことどうでもいい。俺にとって最も大きく、重要で、切実な問題は──


 !!!


 わかってもらえるかなぁ。男が女子の格好で外を歩く羞恥を。風が吹くたび膨らむワンピースの裾。流れ込む空気の冷たさは、これが女物であることを嫌でも感じさせてくる。

 そして通行人とすれ違うたびに心臓はバクバク。男とばれたらもちろんジ・エンド。けれど女の子だと思われるのもそれはそれでとっっっっっても恥ずかしい。うう、こんな格好嫌だよぉ……。


 いまだってほら。

 前から向かってくる、おへそが出るくらい丈の短い服を着た女の子。めっちゃ俺のこと見てるもん。絶対警戒されてるよ。なんとかやり過ごさないと。

 だが、距離が3メートルほどまで近づいた時、彼女は足を止め、今度は俺の顔をじろじろと観察し始めた……って、よく見たら千城じゃん。

 学校の雰囲気と違うから気づかなかったけど、これはまずい。ばれる前に逃げないと。


 しかし、俺が彼女を振り切ろうとした次の瞬間。俺の左手は彼女の右手にガッチリと掴まれていた。


「あゆくん?」

「チガイマスヒトチガイデス」

「やっぱりあゆくんだ!」


 千城は目を丸くしつつ、大きな声を上げる。残念ながら、手の拘束が緩む気配はない


「なになにどうしたの? かわいすぎるんだけど〜。あゆくんにそんな趣味があったなんて」

「違うんだよ。これには深い事情が……」

「またまた〜。あたしはいいと思うよー。すっごく似合ってるし。はぁ、あたしもこんな妹ほしかったな〜」


 おもしろい玩具を見つけてとてもご機嫌なご様子。てかなんでそっちが姉なんだよ。俺のほうが誕生日早いだろ大人っぽいだろ。


「ねえねえ、お姉ちゃんって言ってみて」

「言わねえよ」

「え〜、ぶ〜」


 千城が子どもみたいに頬を膨らませる。ほら、俺の方がお姉ちゃんじゃん。……いや、お姉ちゃんでもないけど!


「もっと遊びたいけど……あたし買い物あるんだよね。てことでまた今度ね、妹ちゃん♡」


 おそらく広告の品を手にするため、千城は走り去っていった。はぁ、運がない


 こうして羞恥の路上散歩に耐えること30分弱。なんとか指定された面接場所に着いたのだが―─


「でけぇ……」


 とんでもなく大きなお屋敷が、そこには建っていた。こんな家に住んでいる人、ほんとにいるんだ。

 意を決し、俺はインターフォンを鳴らす。途端に、全身の羞恥は緊張へと変化した。絶対に男だとばれるわけにはいかないのだ。あたしは女あたしは女あたしは女……。


 だが数秒後、「はーい」という応答と共に扉が開くと。

 その緊張は、絶望に変わってしまった……。


「お待ちしておりまし――」

「チガイマス!」

「採用希望の――」

「チ・ガ・イ・マ・ス」


 俺は最大限の女の子ボイスで、彼女の言葉を全力で否定した。


 どうしてここに、


 いや考えるのは後だ。まずはこの状況をどうにかしないと。

 俺が袋小路歩夢であることは絶対に知られてはいけないのだ。ばれたが最後、倫理観の欠如した来緒根この女のことだ。秘密をネタに不当な要求を通そうとするに違いない。このまま逃げるか? それとも――


「袋小路歩夢くん、だよね?」


 金髪碧眼の美少女がにこり。

 終わりである。俺の弱みは完全に握られてしまった。  

 ありがとう我が人生、そしてさようなら。


「……はい。そうです」


 俺は観念し、潔く頷いた。視界に入る自分の可愛すぎるワンピースが、惨めな気持ちをより増幅させてくる。なんで俺は、こんな格好で人前に立ってるんだろう……。


「かっ…かわ……」

「へ?」

「かーわーいーーい~~~~」


 来緒音の頬が突然とろけ出し、甘い過ぎる猫なで声を発した。底知れぬ恐怖を感じ、俺は2,3歩後ずさる。

 ──そうだ、こいつは男の娘が大好きなのだ。


「あ、あのう……」

「可愛すぎるよぉぉぉぉ、歩夢ちゃぁぁぁぁん。キュン死しちゃうぅぅぅぅ」


 あ、これまじで逃げたほうがいいやつだ。来緒根さん、マッドサイエンティストの瞳をしているもん。きっと大好きな男の娘を堪能するためなら、どれほど非人道的な実験も厭わないのだろう。恐ろしい。


「学校で『俺』とか言ってる歩夢ちゃんが、おめかしして、ワンピース着て……ああ、なんっっっっって可愛いのかじら。萌えだわ! 萌えの極みだわ!!! はあ、食べてしまいたい……」


 やはりこいつ、俺を食す気か。うう、怖いよぉ。

 だが逃げてなんになる? もう俺の正体は知られてしまった。弱みが握られているという現状は何も変わらない。

 むしろ毅然とした態度で彼女と向き合い、事情を説明すべきではないか。こんな姿でも、俺は正真正銘の漢。クラスメイトの女子にビビってどうする。

 覚悟を決め、俺は低音ボイスで来緒音に尋ねた。


「……なんでここに来緒音がいるんだよ」


 だが彼女はキョトンとこちらを見つめ返すだけ。質問の意図がわからないという風だ。いや、わからないのはこっちなんだけど。


「えっと、ここは私の家だから、私がいるわ」


 へっ? 

 このどでかいお屋敷が、来緒音の家?


「ま、まじすか」

「ええ、まじよ。表札にも書いてるじゃない?」


 ……ほんとだ。ばっちり来緒音って書いてある。緊張し過ぎて気がつかなかった。 


「でも俺は今日、バイトの面接で――」

「そうよ。これは私のお手伝いさんを雇うための面接」

「え⁉」

「もっと言えば、袋小路歩夢ちゃんを雇うための面接ね。歩夢ちゃんの下駄箱にだけチラシを投函したの。あ、お父様には女の子だって説明してるから内緒よ」


 つまり俺は、こいつに嵌められたってことか。

 くそっ、なんで俺なんだ。何が目的なんだ。


「そんなことより、可愛い歩夢ちゃんに『俺』なんて乱暴な言葉遣いは似合わないわね……これは教育の余地ありだわ」

「いや、あの――」

「まあ、立ち話もなんだし、とりあえず中に入りましょうか」


 こうして俺は来緒根により、強引に屋敷に押し込まれてしまった。


────────────

いつもお読み頂きありがとうございます。


宣伝になりますが、同時に連載中の『幼馴染が欲しいと愚痴っていたら、学校1の美少女が幼馴染になってくれた』もいよいよクライマックスなので、宜しければそちらも見てもらえると嬉しいです!


https://kakuyomu.jp/works/16818023213033432284


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