第5話 ラブコメ主人公は、何かと不憫な生き物である

【琴莉の独白】


 袋小路歩夢ふくろこうじあゆむくんは、島柄長琴莉しまえながことりという存在を、初めて肯定してくれた人でした。

 幼い頃から引っ込み思案で、誰ともうまく話すことができなかった。そんな私に、彼はこんな言葉をくれたんです。

 

「琴莉ちゃんの話し方、大人っぽくてかっこいい!」


 それはまるで、私の人生を照らす太陽のようで。 あの日、彼が私を認めてくれたから、私は今日まで、自分を嫌いにならずに生きることができました。

 だからこそいま、私は願うのです。


 、と。


〜〜〜〜〜


 ラブレター騒動の数日後。

 早朝から、俺は琴莉の部屋に連れ込まれていた。


「それじゃあ歩夢くん。私のお洋服、貸してあげますね」

「……やっぱりやるの?」

「もちろんです! 歩夢くん可愛い所、存分にアピールしないと!!!」

「で、でも……」


 彼女はいま、世にも恐ろしい魔法をかけようとしている。俺を男の娘にするという魔法を……。

 バイトの面接のため、というのは建前で、本音はおそらく、俺の女装が見たいだけだと思う。琴莉の活き活きした目がそう語ってる。

 そりゃ、琴莉にはいつもお世話になってるし、なるべく恩は返したいと思ってるよ? だけどさぁ、それとこれとは話が違──


「だめ、ですか……?」


 琴莉は瞳を潤ませ、甘えるように俺を見つめる。その反則級に可愛い表情に、俺の理性はいとも簡単に揺らがされた。

 それは……ずるいよ。好きな人のそんな顔、耐えられるわけないじゃん。


「わ、わかったよ」

「やった! じゃあ、これ着てみてください。私は外で待ってますね」


 うう、琴莉トラップにやられてまんまと要求を呑んでしまった。彼女に手渡されたのは緑色のワンピース。フリルが多く付いていて、外国のお嬢様が着ていそう。琴莉ならめちゃくちゃ似合うんだろうな……。

 渋々ながら、俺はそれを頭から被る。幸か不幸か、俺は身長が低いため、女物にも関わらずぴったりである。なんか悔しい。


「……終わったよ」

「は~い──!?」


 部屋に入るなり、琴莉は両手で口を抑えて固まてしまった。

 そらそうなるよ。だって男がワンピース着てるんだもん。見ていられるないでしょ。絶句するに決まってる。


「えっと、琴莉――」

「……可愛い」


 へ?


「可愛すぎますよー!!! 歩夢くーーーーーーーーん!!!!!!!!!!」


 部屋に響き渡る琴莉の絶叫。どうやらまた変なスイッチを入れてしまったらしい。いや可愛いわけあるか。男がワンピース着ただけだぞ。


「いやあの……」

「これはもう、になってもらうしかないですね。こっちに来てください!」


 話も聞かず、琴莉は俺の腕を強引に引き、化粧台の前に座らせた。ワンピースを着た袋小路歩夢が鏡に映る……こんなの、女の子神様への冒涜だよ。


「ふふふ。も~っと可愛くしてあげますね」

「……お手柔らかにお願いします」


 もう覚悟を決めるしかない。

 琴莉の手により、顔全体に馴染みのないものが付けられていく。パウダーみたいなやつ、クリームみたいなやつ、ペンみたいなやつ……。

 それに伴い、ワンピースを着ただけの男の顔は、しだいに女の子の顔へと変わっていった。


 そして30分後。


「できました~」

「す、すごい」


 あれだけ嫌だったのに、素直に称賛の声が出てしまった。それほどに琴莉の技術がすごい。化粧だけでこんなにも変わるのか。なるほど、まさに魔法である。

 ……だけど。


 !!!!!!


 え、待って。なんでこんな可愛いの? 

 唇を桃色に染めて、頬はほんのり赤くて、おめめはぱっちり二重で、おまけに素敵なお召し物までしちゃって……こんなのどっからどう見ても女の子じゃん。経験したことのない羞恥に気が狂いそうなんですけど……。

 

「ウィッグはどれにしましょうか」


 俺の気持ちもよそに、琴莉の頭は次のフェーズに移っていた。えっと、ウィッグって要は、かつらのことだよな。


「……なんでそんなもの持ってるの?」

「ふふっ、内緒です。あ、これにしよっと」


 琴莉はブラウンのロングヘアのウィッグを手に取った。そして俺の髪を覆うようにそれを装着する。 

 頭がずっしりと重い。女の子は普段からこの重みを感じて生きてるのか。すごいな。


「可愛いです……」


 完成した歩夢ちゃんを見て、琴莉はそう呟いた。たしかに我ながら美少女が過ぎる。

 けどこの格好で外を歩くのは……やっぱり無理だよ。


「不安ですか?」

「だって……」

「大丈夫ですよ。歩夢ちゃんはとっっっても、可愛いんですから」


 不安しかない俺とは対照的に、琴莉は自信たっぷりに宣言した。


「でも俺、男だし――」

「そんなの関係ありません! 私は、この可愛い歩夢ちゃんが大好きです」

「……⁉」


 やっぱり琴莉はずるいよ。

 なんて言われたら、勘違いするに決まってるじゃん。だって、見た目がどんなに可愛くなろうとも、俺の心は男なんだから。


「あれ、顔が真っ赤ですよ? 歩夢ちゃん」

「い、いや別に――」

「ふふふ、そんな歩夢ちゃんにはお守りをあげますね」


 琴莉はポケットから何かを取り出し、俺の髪に付けた。


「これは?」

「私とお揃いの、お花のピン止めです。これでいつでも、私と一緒ですよ?」


 いつも、一緒……いやいや、何を期待しているんだ俺は。とっくの昔に、それは諦めたじゃないか。


「い、行ってきます!」


 顔が赤く染まるのを悟られないよう、俺は急ぎ家を飛び出した。

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