第4話 なんだかんだで、幼馴染は九割九分主人公に気があります

 一人暮らしをしていると、静けさが身近になる。初めの頃は寂しかったけれど、いまでは部屋にカチカチと響く時計の音も心地良かったり。


 結論を言おう。

 あれはラブレターなどではなかった。

 

 いやそれは良いんだけどね。俺は女の子のイチャイチャを見たいだけで、ラブコメをしたいわけじゃないんだし。

 問題は、その中身がもっと解せないものだったということで――


「歩夢くんいますか~?」


 静寂に浮かぶ天使のさえずり。隣人が俺を呼んでいる。

 俺は急ぎ、玄関のドアを開けた。


「こんにちは、歩夢くん」

「琴莉、どうしたの?」


 外に立っていたのは、制服にエプロンという姿で大きな鍋を抱える、黒髪ツインテールの可憐な少女だ。


 彼女は島柄長琴莉しまえながことり


 隣に住む俺の幼馴染で、数少ない友人の一人だ。


「カレー作ったので一緒に食べましょうよ」

「琴莉……神!」

「ふふふ、大袈裟ですよ。お邪魔しますね」


 そうして琴莉は俺の城に上がる。久しぶりに人の温かさに触れて涙が出そうだよ……うう。だってみんな、俺の扱いが酷いんだもん。


 まあそれはさておき。

 実家でもないのになぜ幼馴染も隣に住んでいるのか。実は俺もよく知らない。

 だがいずれにせよ、可愛い幼馴染がこんなにも自分に尽くしてくれる、そんな羨まけしからんすぎる状況に置かれた男なら、皆一度は考えるはずだ。


『あれ、この子もしかして、???』


 百合の花園を愛でる者として、こんな感情を抱くべきでないことはわかってる。

 けどさぁ、やっぱり考えちゃうじゃん。島柄永琴莉は俺が好きに違いないって。だって俺にだけこんなに優しいんだよ?


 だがしかし。現実はそう甘くなかった。

 中学の修学旅行。満を持して俺は彼女に告白を試みた。ロビーに呼び出し、2人きりのいい感じの雰囲気。俺が告白をしようと息を吸ったその時、先んじて彼女は言ったのだ。


『これからもお友だちとして、歩夢くんの幸せを応援してもいいですか?』


 予想外の言葉に、俺はうんと答えるしかなかった。告白ももちろんできなかった。そらそうよ、こんなに気持ちのこもった『お友だち』、聞いたことなかったもん。

 そして気がついたわけ。結局、俺みたいな平凡な男は高望みせず、静かに女の子のイチャイチャを拝んでるのが一番だって。そこには悲しき失恋も、見苦しい嫉妬もない。百合こそが理想の愛の形であり、至高であり、正義なのだ。


「あれ、歩夢くん。それなんですか?」


 カレーをよそい始めた琴莉が、俺が机に投げ置いた封筒を見て言った。


「ああ、それ。今日俺の下駄箱に入ってて――」

「ラブレターですか⁉」


 琴里の目がキラキラと輝き出す。


「いや違――」

「下駄箱にいれるなんて可愛いすぎますね〜。そういうの大好きです!」

「だからラブレターじゃなくて――」

「直接の告白も良いですが、お手紙の告白も同じくらい、あるいはそれ以上に素敵だと思います! だって、何時間もかけて丁寧に相手への想いの丈を綴った手紙!! 最高じゃないですか!!! いえ、そもそも手段なんて関係ないですね。そこにありたっけの愛があれば、もうそれだけで最高の告白であって――」


 だめだ、全然止まらない。琴莉はこういう恋バナには目がないのだ。

 思えば幼稚園の時からそうだった。自身の恋愛には無頓着なのに、他人の恋愛話は大好きで……。

 しかも藤ヶ崎学園は半女子高。琴里がこういう浮世話に飢えていたことは想像に難くない。


「――歩夢くんの魅力に気が付けるなんて、きっと素敵な女の子なのでしょうね」

「……⁉」


 こういうところが……ずるいんだよ。

 琴莉のことはとっくに諦めているのに、こうして不意打ちで褒めたりするから、心のどこかではまだ期待してしまう自分もいて……そもそもこれ、ラブレターじゃないし。


「あ〜どんな方なんでしょうか」

「あのさ琴莉」

「やっぱり照れ屋さん? それとも……」

「琴莉!!!」

「は、はい」


 やっと我に返った琴莉は、キョトンとした顔で俺を見つめる。 


「この中身、ラブレターじゃないよ。ほら」


 俺は封筒の中身を琴莉に見せた。


「求人、ですか」

「うん」


 【このチラシが届いた方限定! バイト募集のお知らせです!】とある。時給はかなりよく、一人暮らしの苦学生にはこれはこれでありがたい。ちょうどバイトは探していたし。

 だけど……


「これ、女性向けって書いてますね」

「そうなんだよね」


 それに詳しい仕事内容も書いておらず、ただお手伝いさんとだけ。琴莉も不思議そうな顔だ。


「でも封筒は歩夢君宛て……」

「う~ん、いたずらかなぁ。条件良いのに」


 それか『歩夢』という名前を見て女の子と間違えたか。そもそも学校の下駄箱に求人なんて聞いたことないし、このバイトが実在するかも疑わしいけど。


「……あきらめるのはまだ早いです」

「え?」

「歩夢くんが女の子になればいいんです!」


 琴莉が身体の前で両の拳を握り、俺に訴える。あれ、また変なスイッチ入っちゃった?


「いやさすがにそれは――」

「いまや性別は身体で決まる時代ではありません。心が女の子なら、それはもう女の子なんです!」

「って言っても俺、どう見ても男だし」


 もちろん心も男だし。女の子な要素一つもないし。そこまでこのバイトに固執してないし。


「ふふふ、どうでしょうか」


 すると、琴莉はポシェットから化粧品のようなものを取り出した


「歩夢くん、少しじっとしていてくださいね」

「琴莉、なにを……」

「魔法を掛けちゃいます!」


 ……ええ。


―――――――

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