第3話 謎のラブレターの差出人は、たぶん表紙のヒロインです

 はぁ、災難な1日だった。


 どうして善良なラブコメ主人公が、こうも理不尽な目に合わせられなきゃいけないんだよ。無実の罪を着せられて、陰口を叩かれて、説教されて……俺はただ、女の子たちのイチャイチャを見ていたいだけなのに。


 おのれ来緒根舞凛くりおねまりん……と、言いたいところだが、まあ恨んでも仕方ないよね。憎しみは何も産まないもの。

 俺はトロピカルやプリキュアに、「今、一番大事なことをやる!」と教わったのだ。今の俺にとって一番大事なのはもちろん、大好きな百合を守ること! 余計なことは忘れて、これを全力で遂行しなければ。


 というわけで、学校が終わると俺は、女の子たちの邪魔にならぬよう速やかに帰宅する。廊下に咲く百合の花々を搔き分け、階段に並び咲く百合たちをすり抜け、下駄箱に一直線。

 この美しき花園に、俺のような雑草は必要ないもんね。さっさと靴を履き替えて、一刻も早くここを去ろう……って、ん?


 下駄箱からハラリと、ピンクの可愛らしい封筒が落ちてきた。

 そこには『袋小路歩夢様へ』という手書きの文字が。


 まま、まさか――――ラブレター!?

 

 ちょっと、それは困りますよ。だって恋文なんて貰ったら、私の忌避するイチャラブコメディが始まってしまうじゃないですか。

 ……いや、まあ悪い気はしないですけどね。しないですけれども。実は私、初回の冒頭ではっきりと、『ラブコメ主人公はヒロインから身を引くべし』って宣言してしまいましてね……。3話にして早くもラブコメし始めたら、読者様になんと思われることか――


「あ~ゆくんっ」

「うわっ」


 葛藤する俺の背中を、千城がドンッと叩いた。俺は振り向きつつ、咄嗟にその封筒を隠す。だってこの人にばれたら、『モテる男はつらいですな〜』って絶対いじるもん。そして絶対中身も調べられる。


「まだ帰ってなかったんだ~。珍しいね」

「ま、まあな」

「ふ〜ん」


 千城は何か疑っているのか、少しの間、怪訝な表情で顎に手を当てた。俺も手紙の存在に気が付かれぬよう、後ろ手で必死にそれを隠す。

 やがて千城は腰を曲げ、下から俺の顔を覗き込みながら、ニヤリと挑発的な口調で言った。 


「……もしかして、大好きなあたしを待ってた?」


 胸の果実を強調するその体勢に、少しドキッとさせられる。よくみたら唇の艶とか色っぽいし……じゃなくて! 俺より他の女の子をドキドキさせてよ。そしたらきっと何かが芽生えて、素敵な百合の花に成長するだろうに。

 

「待ってないです」

「ちぇ~、つまんないの〜」


 そう口では言いつつ、どこか嬉しそうな千城。別に俺に気があるわけではなく、本当にただからかってるだけなのだ。

 そして女子のこういう言動に、一部の非モテ男子は本当に勘違いし、やがて悲しき結末を迎える……。これからのラブコメはそういう現実も教えた方がいいと思います!


 まあそれはさておき。

 いまはとにかくこの手紙だ。現状、ラブレターであると決まったわけじゃないし、あれこれ考えるよりも、早く家に帰って確認した方がいい。


「じゃあ、俺行くわ。またな千城」

「うん。また明日ね〜」


 俺は手紙をかばんに突っ込み、外へと駆け出した――

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