第2話 美少女ヒロインには意外な一面がある

「先生も、こういうことに興味を持つこと自体を責めているわけではないんだ。しかしだな、時と場所、TPOは弁えて……」


 さて。

 かわいそうな袋小路ふくろこうじ歩夢あゆむくんは、職員室にて、無実の罪で、茂木Tのありがたきお説教を聞かされていた。下手に弁解して話を拗らせる方が面倒くさいので、素直にうんうんと頷き続けている。早く終わって欲しい。


「――男かつ娘、というものに惹かれる気持ちは先生もよーくわかるが、しかし……」


 よくよく考えてみると、来緒根くりおねが犯人の可能性が一番高くないか? 


 容疑者4――来緒根舞凛くりおねまりん

 自分がエロ本持ってきたことがばれそうだったので、隣の善良な一般人に罪を擦り付けました→絶対これじゃん。

 ……けど学校のマドンナに『男の娘とのちょっぴりエッチないちゃラブ生活~あれ、付いてる方がお得じゃない?』という頭の悪いフレーズは似合わなすぎるんだよなぁ。う~ん、わからん。 


「――であるからして、男の娘という嗜好も広く受け入れられるべきだと先生は思う。したがって……」


 あれ、いつの間にか男の娘が擁護されてない? え、どういう話の流れで? そもそも茂木T、男の娘に理解ありすぎでは? 


「とにかく今後はこういうものは家で楽しみ、決して学校に持ち込んだりしないように」

「はい。すみませんでした」


 軽く頭を下げ、俺はそそくさと職員室から脱出した。

 茂木T、どういうロジックで男の娘を擁護したんだろ。話の流れが気になりすぎる。あの不健全コンテンツに擁護の余地なんかないのに。


「ねえ、袋小路くん」

「げっ」


 俺がモヤモヤした気持ちで歩いていると、その進行方向に、憎き来緒根舞凛が待ち伏せしていた。

 ふんっ、自首でもしに来たか。いまさら謝ったって許してあげないんだからね!


「……なんだよ」


 俺はなるべく迷惑そうに聞き返す。あいにく、嫌いな人間への気遣いなんて持ってないもんね。

 だが来緒音は罪悪感など欠片もない清々しい笑顔。そして俺に駆け寄って尋ねた。


「男の娘は好き?」


 美少女の顔が鼻先5㎝まで迫る。ほんのりと香る甘い匂い。非モテ男子の本能により、一瞬意識が飛びかけてしまった。


「……す、好きじゃねえよ。これっぽっちも」


 目を見ることはもちろんできないので、視線は落としながら答える。……おお、この人もお胸が大きい。


「でもさっき、職員室で熱く語り合ってじゃない」


 いや語り合ってねえし。茂木Tが一人で語ってただけだし。てかなんでこんなに男の娘が人気なんだよ。

 あとこの人、誰のせいで俺が職員室に呼ばれたかわかってんの? 


「とにかく俺は男の娘に興味なんかないの!」


 俺がはっきり宣言すると、途端にスンッとなる来緒音の顔。そして冷めた声で一言。


「……つまらないわね」


 そのまま来緒音は立ち去ろうと……って、そうは行くか。


「おい、ちょっと待て」

「ん? どうしたの」

「あの本持ってきたの、お前だろ」

「あの本って?」

「『男の娘とのちょっぴりエッチないちゃラブ生活~あれ、ついてる方がお得じゃない?』のことだよ!!!」


 とぼける来緒根に苛立ち、つい声量調節を失敗してしまった。おかげで廊下を歩いていた女子生徒に軽蔑の眼差しを向けられる。違うんだよ。俺はそんな低俗な趣味は持ってないんだよ。信じてよ。

 しかも肝心の当人に、悪びれる様子は少しもない。


「ええ。私が持ってきたわ」


 あまりに平然とした物言いに、俺の方が動揺してしまった。


「えっと。それで、あなたの代わりに私が説教を受けた、という点も理解しておられるのでしょうか……?」

「もちろんよ。運が良かったわ」


 まじ? こんな人間おる? 他人を生贄にしておいて? 罪悪感どこかに捨ててきたんですかね。


「……あとあなた、さっき俺のこと猿呼ばわりしましたね」

「ええ。毅然としてないとキャラが崩れるのよね」


 だめだ話にならん。何がキャラじゃくそ女。ちょっと顔がいいからって調子乗るな。


「そんなことより、歩夢くんって……」


 そんなことより、じゃねえよボケ! 馴れ馴れしくしやがって。こんなやつ放っておいてさっさと――

 

「すっごく可愛い顔してるのね!!!」


 気持ち悪いくらいの満開笑顔。

 俺の身体を悪寒が走りぬけ、苛立ちは恐怖に変わる。これ以上この人と関わるのは危険だ、ダレカタスケテ……と思ったその時。

 たまたま俺の女友達救世主が、近くを通りかかってくれた。


「あれ。あゆくん、舞凛ちゃん。どうしたの~?」


 第三者に声をかけられ、舞凛の瞳から狂気の色が抜けていく。

 助かった……のか? えっと、うさぎ様、誠にありがとうございます。友達として初めて、あなたに感謝致しました。


「ううん、なんでもないわ。……また今度ね。歩夢ちゃん」


 来緒根は意味深な表情でそう告げると、そのまま教室に走り去った。

 最後の何。めっちゃぞわっとしたんだけど。それはそうと、友達として初めて、千城うさぎに感謝した気がします


「舞凛ちゃんと何話してたの~?」

「……思い出したくもないです」

「ふ~ん」


 俺がよほど暗い顔をしていたからか、千城はそれ以上追及しなかった。


 だが、これは事件の始まりにすぎなかったのだ……。

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