第1話 第一印象最悪の美少女って勝率高いよね
クラスの全員が席についたその数秒後。
我が1年B組担任茂木哲郎、通称茂木Tが教室に入ってきた。
いつも渋い顔をしている茂木Tだが、今日はいつにも増して険しい顔だ。どうしたんだろ。
「HRの前に、皆に残念なお知らせがある。
すると、茂木Tは鞄からおもむろに一冊の本を取り出した。
「これを持ってきた者、正直に手を挙げなさい」
それは、百合の花園にまったくもって相応しくない、高等学校にとって最も不適切な書物であった。
エロ本である
……うわぁ、茂木Tめっちゃ怒ってるよ。入学して早々の校則違反だし、無理もないけど。
とはいえ、健全な発育を遂げた高校生男子がそういうものに関心を持つのは別に悪いことじゃないと俺は思う。勉強一筋の真面目くんも、女子のハートを射止めるイケメンくんも、心の奥底には強いエロの炎を宿しているもの。
すなわちこの世に男は二種類しかいない。スケベか、むっつりスケベか。学校でこっそり読むなら電子の方がオススメだけどね!
「君たちももう高校生だ。その自覚を持ち、TPOを意識してだな……」
けどさぁ。これ、まずくない?
だってここってほぼ女子校よ。クラスに男子は2人だけ。しかも、もう一人は
現に教室のあちらこちらから視線を感じている。ニヤニヤしている千城は後で縛きたい。
しかもそれ以上に気に食わないこともある。
「何々……『男の娘とのちょっぴりエッチないちゃラブ生活~あれ、付いてる方がお得じゃない?』、か。う~ぬ、こんなものを持ちこんでいるから、学業にも影響が出るんだ。この間の学力テストも、B組は一番平均点が低く……」
そう、男の娘である。
教師の口から頭の悪いタイトルを読み上げられると改めて感じる。
俺はこの種族を絶対に認めない。認めてはならぬのだ。
男というのはいわば雑草である。それが聖母マリアの象徴たる百合の花々の成長を阻害するなど、絶対にあってはならぬこと。ましてやそこに混ざろうとする男の娘など神への冒瀆。俺はそんな不健全コンテンツが人気ジャンルとなっている日本社会の未来を本気で憂いているわけよ。日本大丈夫かな〜。
「名乗り出るまでHR終わらないからなー。早くしろよー」
くっ、教師の最終手段、連帯責任が早くも宣言されてしまった。こうなると長期戦は避けられない。いったい誰なんだ、犯人は。
容疑者1――千城うさぎ
こんなに重い空気なのに、一人だけずっとニヤニヤしてるし。犯人に違いない。
……けどたしか千城って2次元に興味あるタイプじゃないんだよな。韓流アイドルとか推してた気がする。う~ぬ。
容疑者2――池照優人
だって男だもん。そんな透かした顔していても、ほんとはむっつりに決まってる。つまりこいつが犯人だ。いや、犯人に違いない!!! 大丈夫さ、俺は君を軽蔑したりしないさ。エロ本を所持した男に石を投げられるのは、心にエロを宿していない男だけなのだ。
……けど現実問題、あいつに学校でエロ本読む時間なくね? いつも女子に絡まれて人目に付いてるし。う~~~ぬ。
容疑者3――袋小路歩夢
……って、俺じゃないよ⁉ 例えばの話ね!!!
ほとんどクラスメイトと喋らないのに、他の女子を『うへ、うへ、うへへ』などと言って気色悪い目で見つめる男。もちろんアリバイがない時間も多くある。残念ながら、犯人だと言われても誰も驚かないだろう。現に、いまも手をまっすぐに挙げてるし――――――って、えっ?
「袋小路くんが持ってきたそうです」
ありえない事態が起きていた。
肩まで伸びた美しい金髪、碧色の透き通った瞳、艶やかなバラ色の唇。
隣に座る絶世の美少女、
あ、こうやって冤罪は生まれるのか。これはすべての車両に防犯カメラ設置した方がいいですわ。被害者を守るためにも、無実の加害者を守るためにも早急にお願いします。
「そうなのか袋小路?」
「えっと、いや、あの……」
まずいまずいまずい。呑気なこと考えている場合じゃない。教室も次第にざわつきだし、袋小路歩夢=犯人という空気が醸成されていく。
くそっ、このままだと俺に罪が押しつけられてしまうぞ。とりあえずこの手をなんとかしないと。
「(ちょっと、離してくださいよ)」
小声で彼女にそう伝えたが、手首への圧は弱まるどころか強まるばかり。なんで男の俺より力があるんだよ。
「(誰かが手を挙げないと、この時間が終わらないでしょ?」
川のせせらぎを想わせる囁き声だが、それに癒されている場合ではない。なんで丸く収めるために俺を生贄にするんだよ。ふざけんな。お前が挙げろよ。
「(関係ねえよ手を放――」
「どうなんだ袋小路!」
茂木Tの怒号に教室のざわつきも増し、様々な感情が俺に向けられる。性欲に溺れた馬鹿だと軽蔑する者、間抜けな人間だと嘲笑する者、性癖を開示した勇気を讃える者……これは千城だ。まじで覚えとけよ。俺の性癖は内気ロリっ娘ツインテールだかんな。
「持ってきたんだもんね?」
来緒音によるだめ押し。
哀しきかな。
この空気をひっくり返す程の力を、俺は持たないのだ。
「袋小路歩夢」
「は、はい」
「HRが終わったら、職員室に来なさい」
茂木Tがそう告げると同時に、来緒音は手を放り投げて知らん顔。
ここに冤罪は成立した。
……なんで? あの人に恨まれるようなことした?
いやそんなはずはない。彼女と関わりを持ったのは、今日が初めてだもん。なんだよこのクラス、ろくでもないやつしかいないのか。
「なんって汚らわしい。信じられませんわね、舞凛さま?」
来緒音の逆隣の女子が彼女に話しかける。口ぶりから察するに、どうやら来緒音の取り巻きらしい。
俺が持ってきたんじゃないのに。
「ええ、きっと性欲まみれのお猿さんなのね」
は?
何様なの??
他人に罪を擦り付けておいて???
こんな人間おる?????
「間違いないですわ。彼は猿ですわ」
はぁ、つらいウキ……。
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