第10話 ラブコメのイケメンには、意外と彼女はいない。ただし元カノはいる。

 月曜日は誰しも憂鬱なものだが、週末に疲れを溜め込んだ場合は最悪である。意識が朦朧としたまま、終わりの見えない学校生活を耐えぬかねばならぬのだから。

 やっぱり政府は国民の健康のため、土日水の週休3日制を導入すべきだと俺は思うよ。


 しかもアンチ袋小路な空気が教室に蔓延していてとても居心地が悪い。俺を見てひそひそする人間も多数。どうやら例のエロ本事件の余波が未だ続いているようなのだ。

 まあエロに対して嫌悪感を持つ女性は少なくないから仕方ないけどね。しっかりものの風紀委員長が実は……なんて都合の良い展開もフィクションだし。そもそもこの学校には風紀委員すらないし。


 そんなわけで、重苦しい気持ちで大人しく席に座っていると、いつものあの人が声をかけてきた。


「おっはよーわが妹よ〜」


 ハイテンションで挨拶する千城ちじょううさぎ。

 でも俺に姉はいないし、そもそも女ではない。うん、人違いだな。沈黙しよう。


「な〜んで無視するのかな? お姉ちゃんオコだよ」

 

 ……絡みがだるい。

 月曜日なのになんで千城はこんなに上機嫌なんだよ。こっちの頭はまだぐっすり寝てるのに。

 

「朝から元気だな」

「ま〜ね。来緒根さんとは楽しく遊べた?」

「いや楽しくな──!? お前なんでそれを」

「あ、本当に遊んでたんだ〜」


 しまった。罠に嵌められた。

 できれば千城に来緒根くりおねとの関わりは知られたくなかったのに。絶対玩具にされるから。

 

「いや〜確信はなかったけどね。来緒根さんこの間、廊下で珍しくあゆくんと話してたし。昼休みにもこそこそ何かやってたからさ。あゆくんが女装散歩してたのと関係あるのかなって」

「す、鋭い」


 いくらなんでも勘が冴えすぎやしませんかね。来緒根と親しい仲ってわけでもないのに。観察力ありすぎだろ。


「けど一番はやっぱりあれかな〜」

「あれ?」


 俺が聞き返すと、千城は俺の机に肘を乗せ、両手に自分の顎を嵌め込みこちらを見る。そして含みのある笑顔でこう言った。


「来緒根さんって絶対、あゆくんのこと好きだもん」


 ──は?

 いやいやいや。そんなわけあるか。あらゆる才に恵まれたあの来緒根だぞ? 俺みたいな凡人じゃどう考えても釣り合わないだろ。


「えっと、何を根拠に?」

「う〜ん女の勘、的な」

「はぁ」


 自信たっぷりに断定した割には曖昧な理由だな。まあ千城の言うことが適当なのは今に始まったことでもないけど。

 そもそも、来緒根が俺に行った嫌がらせって、好きな子への意地悪みたいな生易しいものじゃないんだよな……。


「ほら、噂をすれば」


 千城が教室の前方に視線を移すと、静かに扉が開き、彼女は登場した。フローラルな甘い香りがふわっと広がっていく。

 さすがは来緒根舞凛メインヒロインだ。きっとアニメなら、その辺に花も舞っているんだろうな。


「おはよう。袋小路くん」

「お、おはよう」


 それだけ言うと、彼女は俺から視線を逸し、優雅に隣の席についた。

 すぐに取り巻きたちがその周りに群がってくる。


「「おはようございます。舞凛様!」」

「おはよう、2人とも」

「あぁ、舞凛様がお気の毒ですわ。あのエロコージと隣だなんて」

「本当ですわ。あの汚らわしい男が……」


 朝から俺の悪口に花を咲かせる女たち。それより百合の花を咲かせてほしいんだけどなぁ。エロコージってのも雑なあだ名で語呂が悪いし。それなら普通に、性欲にまみれたお猿さんみたいな罵倒の方が、シンプルでよっぽど良いと思うな。


 来緒根も彼女たちの悪口を静止することはなく、ただニコニコと聞いている。まあ、別に彼女に俺を助ける義理はないし、便乗しないだけましだろう。

 だって来緒根舞凛が好きなのは『男の娘』としての袋小路歩夢であって、俺自身ではない。彼女のもとで働こうと、俺と彼女の住む世界が違いすぎるという事実は、何も変わらないのだから。


「気にする必要ないよ、あゆくん」

「お、おう」


 千城がそんな風に俺を慰めるなんて珍しいな。むしろ真っ先に便乗しそうなのに。

 たが彼女は、静かにこう付け加えた。


「──優人ゆうとは絶対、放っておけないから」


 そう語る千城は、普段は能天気な姿からは想像できないほど虚を見ていた。あれ、いま池照のこと名前で──


「中川さん、松島さん、ちょっといいかな」


 気がつけば、一人の男が来緒根のところに割り込んでいた。声をかけられた取り巻きたちの瞳は、文字通りハートになっている。


 池照優人いけてるゆうと


 俺が男の娘の次に嫌いな種族、イケメンである。顔が良いってだけチヤホヤされて、羨ま……けしからんもん。こういう人間がいるから、女の子たちが落ち着いて百合を咲かせられないのよ。

 それなのに、俺のクラスで唯一の男子クラスメイトはこいつだけ……つくづく運が無い。


「「は、はい!」」


 取り巻きの女2人は元気よく返事をすると、池照と共に教室の後ろに移動していった。来緒根はつまらなそうにそれを目だけで追っている。

 まあ来緒根はイケメンに興味なさそうだもんな。普段から自分の整った顔を嫌という程見ているだろうし。……あとメンクイなら、男に女装させるなんて狂気に至るはずないし。


「優人のそういうところが……苦手なんだよね」


 ──池照優人の背中を見ながら、かろうじて俺に聞こえる声で、千城うさぎはそう呟いていた──

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