第11話 ラブコメ主人公とイケメンくんは基本的に反りが合わない

 休み時間になると、俺は昼食を速やかに取り、図書室に向かう。

 女の子たちで賑わう購買を抜け、人気ひとけのない図書室に辿り着くと、俺は奥にある4人がけのテーブルを目指す。

 そこには、静かに本をめくる少女が1人だけ。


 俺の幼馴染、島柄永琴莉しまえながことりだ。


 いつものように、俺は彼女の右斜め前に腰掛けた。窓の隙間から漏れる風が、2つに結んだ髪をサラサラと揺らしていて、つい見とれてしまう。

 やがて、俺に気がついた琴莉はゆっくり顔を上げると、優しく微笑みかけてくれた。


「お疲れ様です、歩夢くん」


 はぁぁぁ、なんで琴里はこんなに天使なんでしょ……。透明で落ち着いた可愛らしいお声に、疲れ切った俺の心が浄化されていく。これを聞かずして、昼休み後の5時間目は乗り越えられないのよね。


「お疲れ様、琴里」


 俺も笑顔で挨拶を返すと、彼女は不意に、俺が持つ本のタイトルを口にした。


「『10代の君が取り組むべき100のこと!』、ですか」

「えっと、うん」 


 なんだろう……恥ずかしくなってきた。


 こういう自己啓発本ってのは本来、痛々しいただの人生自慢なのよ。それを喜々として読めるのは、自分がうんうんと頷ける内容であるからで。ということは、読んでいる自己啓発本がばれるのは、自分の趣味嗜好が丸裸にされるのと同義ということに……。

 そもそも、純文学を嗜む彼女と、自己啓発本を食い漁るだけの俺を、同じ読書好きとして括ること自体失礼極まりない。「月に〇〇冊読書します!」って自慢しつつ、自己啓発本で嵩増ししてる人いるけど、そんな本1000冊読むより、カントの『純粋理性批判』を読破する方ががよっぽどすごいかんね。


 だがもちろん、お優しい琴莉様は、自己啓発に溺れる俺をばかにするようなことはしない。

 彼女は澄みきった瞳で、俺に問いかけた。


「歩夢くんは今のうちにやっておきたいこと、何かあるんですか?」

「う~ん、やりたいことか」


 改めて考えてみると難しいな。

 いろんな百合の花を愛でたいって気持ちはあるけど、それは俺が何かをするわけではないし。かと言って、他に夢も思いつかない。


「琴莉はあるの? やりたいこと」


 そう尋ねると、琴莉の瞳は少し曇った。 


「私は……ないのかもしれません。大切な人が幸せなら、それだけで十分ですから」


 琴莉は控えめに笑う。

 そこに悲壮感はなかったけれど、少し寂しそうにも見えた。


 自己愛が先立たない他者愛、か。


 思えばそれが、袋小路歩夢と島柄長琴莉を隔てる壁の本質なのかもしれない。

 彼女がどこまでも利他的だからこそ、俺はその恩をどう返すべきかわからなくて。


「……だからいま、歩夢くんに悪意が向けられているのは、少しつらいです」

「別に俺は気にしてないよ。もともと友だちもいないしね」

「それでも私は──悲しいです」


 こうやって琴莉は、俺のことをまるで自分のことのように受け止め、落ち込むのだ。

 それが俺には一番つらい。自分のせいで大切な人が傷つくことほど、苦しいことはないから。


 その時、2人だけの神聖な空気に水を差すように、ガラガラと図書室の扉が開いた。

 現れたのは、俺が最も嫌悪するあの男だ。


「こんにちは。袋小路くん、島柄永さん」


 クソ野郎!!!!!

 今日は珍しく頭良さげな会話してたんだぞ。このままIQ高い路線で話が進ちそうだったのに、邪魔しやがって。


 ──KY爽やかイケメンこと池照優人いけてるゆうと


 要領がよく、陽に属するにも関わらず、陰の人間への気配りも欠かさない。いわゆるラブコメにおけるイケメンポジだ。

 こういう人間は大抵、主人公の対局になるように設定されてるのよね。てことは俺が顔も頭も性格も凡凡人であるほど、池照優人の才能は光り輝くわけだ。つまり俺が一番偉い。


「こんにちは、池照さん」

「……何か用か?」


 ぶっきらぼうに問いつつも、俺はなんとなく察しがついていた。

 昼休みの図書室なんて、陽キャが来るような場所じゃない。したがって目的は、そこにいる人間袋小路歩夢以外に考えられない。

 

「ははは、用って程じゃないんだけどね。クラスの雰囲気があんまり良くないからさ。もし困ったことがあったら何でも相談してねって話。それだけだよ」


 ……出たよ善人様。同情を人助けか何かと勘違いしている連中。同情なんて本当は、他者を可哀想な存在と決めつけるただの暴力なのに。 

 悪意が人を被害者にするのではなく、。 いらぬ施し余計なお世話。けどきっと、こういう人間池照優人には通じないんだろうな。


「……俺は何も困ってない。放っておいてくれ」

「袋小路くん、ぼくは――」

「琴莉またね」

「は、はい。また」


 俺は琴莉にだけ手を振り、図書室を後にした。


 わかっているさ。

 こんなのは単なる被害妄想で、俺の自意識過剰。


 だからこそ、袋小路歩夢は恋愛に恐怖し、百合を渇望してしまうのだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る