第12話 終盤まで、主人公はヒロインの苦悩に気がつかない

【舞凛の苦悩】


「舞凜様、このあとお茶などいかがですか?」

「ごめんなさい。今日は予定があるの」

「そうですか……ではぜひ、また次の機会にお願いしますわ!」

「ええ、よろしくね。ごきげんよう」


 自分で言うのは傲慢だけど。外から見た来緒根舞凛くりおねまりんは才色兼備の完璧な人間だと思う。

 でもそれは虚像だ。

 ──本当の私はずっと、一人ぼっちなのだから。


 生まれながらにあらゆるものを与えられてきた。

 親ガチャ、環境ガチャ、容姿ガチャ、才能ガチャ……すべて私は大当たり。人に無いものを持ち過ぎたが故に、周りからの嫉妬に晒され続けてきた。 

 恵まれた者の宿命。私は甘んじて受入れるしかないし、そうすなの。


 だから来緒音舞凜は校内の『偶像ヒロイン』でいることが一番いい。

 。 

 そんな空気があれば、嫉妬は生まれないから。そのために私は、他人との深い関わりを避けてきた。


 だけど彼だけは──違ったの。

 あの人からは、微かに私と同じ匂いがして。もしかして彼となら、となら、本当のお友だちになれるのかもしれない。そう思えた。


 今日も私は、彼にメールを送る。静かに気持ちが高揚するのを感じながら。


『急だけど、今日の放課後──』


〜〜〜〜〜


「……あのう、来緒音様」

「どうしたの? 歩夢ちゃん」

「学校が終わってから『急だけど、今日の放課後も勤務お願いね〜』の連絡は、さすがに非常識かな〜と思うのです……」


 まったく、とんだブラックバイトじゃないか。労働者側の都合なんて何も考えちゃいない。こっちにだって予定というものが……ないんだけどね!


「ごめんなさいね。急に人が足りなくなってしまったの」

「最初から俺しかいないだろ!」


 おっと、つい元の人格が。『俺』だなんてお恥ずかしいわ、おほほ。ほほ、ほほ……。


 はい。

 こういうわけで、私めは放課後すぐに、来緒根お嬢様のお屋敷に連行されたのであります。

 時給がいいから許すけれども。いや〜金こそ正義! 金こそ至高! 高額時給バイト万歳! ほのかに闇バイト臭がするのは気のせいである。


「コホン、それで本日は何をなされるのでしょうか」

「ふふふ。少し待っていてね」


 すると来緒根は押し入れを開け、自らの身体をそこに放り込んだ。制服のスカートがめくれかけたので、俺は慌てて視線を逸らす。

 説明しよう。袋小路歩夢は一般的なラブコメ主人公より危機察知能力が非常に高いので、ラッキースケベを未然に防げるのだ。……あれ、ラッキーってなんだっけ。


「今日やるのはね──これよ!」

「野球盤……?」


 野球盤。

 それすなわち、小さなベースボールスタジアムである。


 どうして来緒根は、毎回こうもレトロなアナログゲーム持ってくるんだろ。デジタルなゲーム嫌いなのかな。

 そしてこの使い古されたスタジアム。きっと一人でピッチャーとバッターを操作して遊んでたんだろうなぁ。なんか泣けてきた。


「3回勝負よ!」

「なんでもいいです……」


 こうなったら、3回だろうと9回だろうと延長タイブレークだろうと、とことんやってやりますよ。覚悟しろ、来緒根舞凛!

 

※※※


「やったー。サヨナラホームランよ!!!」

「……ぐっ、負けた…………」


 2対1。袋小路歩夢率いるWDS(WALKING DREAMS)1点リードの3回裏1アウト3塁。カウント2ボール2ストライクからの5球目。袋小路投手渾身のストレートを、来緒音選手のバットは見事にスタンドへ弾き返した。

 くっ、ここはもう一球消える魔球を投じるべきだったか。2球見切られたとはいえ塁は空いている場面。無理に勝負する必要なかったのに。経験の差がここで出てしまった。


「は〜運動したらお腹が空いてしまったわ」

「さ、左様でございますか!?」


 不意を突かれて時代劇みたいな敬語になってしまった。 

 私、まったく運動した記憶がないのですが。使ったの指くらいじゃないですかね。まあたしかにかなり熱くはなりましまけど。


「ねえ何か食べましょうよ〜」


 よほどお腹が減っているのか、珍しく来緒根は甘えたような声を出す。逆に怖いです。


「仕事はどうするんですか?」

「これも仕事のうちよ」

「あ、そうなんすか」


 ラッキー。雇用主が良いって言うなら問題ないもんね。まかないが出るバイトだってあるし。何を食べさせてもらえるのかなぁ。わくわく。


「というわけでさっそく着換えてお出かけよ!」


 ──え。

 外、行くの……?


──────────────

 いつもお読みいただきありがとうございます。

 不定期の更新になってしまい申し訳ないです。


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