第17話 幼馴染は本人以上に主人公を想っている

「それじゃ、あたしはこっちだから。あゆくん、琴里ちゃん、またね〜」

「また明日です、うさぎさん」

「またな千城」


 帰宅ラッシュのピークを過ぎた駅構内で、俺と琴莉は千城に別れを告げた。時間が少し遅いのが心配だけど、駅までは親御さんが迎えに来てくれるらしいからたぶん大丈夫だろう。

 なお来緒根もイヨンにお迎えが来ていたのだが、黒くてでかくて長い車だったので、軽くざわめきが起きていた。お嬢様め……。


「それでは、私たちも行きましょうか」

「そうだね」


 俺と琴莉は駅を出て、月明かりに照らされた夜道を並んで歩く。家が隣だから遅い時間でも安心だね。一人暮らしは何かと不安なことも多いし。

 そして俺は依然としてセーラー服を着ているものの、来緒根といる時ほどの緊張感はない。この時間だとさすがに人通りも少ないし、琴莉は女の子口調を強要したりしないからね。

 とはいえ、夜風に吹かれてなびくスカートには、いかんせん背徳感を感じてしまうけれども。


「そういえばどうして、歩夢くんたちは本屋さんにいらっしゃったんですか?」

「あぁ、んっと。最初は来緒根に付き合って、ファミレスとかゲーセンに行ってたんだけどさ。最後に俺の好きなところに行きたいって言われたんだよね」

「なるほど! たしかに歩夢くん、昔から本屋さんが好きですもんね」


 琴莉との談笑はとても心地が良い。誰よりも俺を理解してくれるから、安心して気持ちを委ねられる。


 橋の上に差し掛かったところで、琴里は流れる川に視線を向けながら、ポツリと言った。


「人生の意味を見つけること。それが歩夢くんの目標ですもんね」

「……うん」


 自己啓発本なんか読んでも、そんなの見つかるはずないってわかってる。あるのは気休めくらいだって。

 それでも俺は、、その答えが欲しくて。探すことをやめられないのだ。


「でも本当に。歩夢くんが楽しそうでよかったです」

「いや絶対に楽しくはないと思うんだけど」


 来緒根にこんな扱いを受けて喜べるなら間違いなく真性のМだ。俺にそんな趣味はない。……ほんとだよ?


「あとさ。バイトのこと、できればお袋には──」

「わかってますよ。黙っておきます」


 親父が亡くなってから、お袋は以前にも増して過保護になった。俺がバイトしてることを知ったら、きっと無理にでも仕送りの額を増やそうとするに決まってる。余計な心配はかけたくない。


「ねえ歩夢くん」

「なに?」

「私はあなたに幸せでいて欲しいんです」

「うん」

「もし歩夢くんの見つけた答えが、自分を犠牲にすることだったら……」


 琴莉は歩を止め、俺の瞳を真っ直ぐに見据えた。



 ……琴莉がそれを言うのかよ。

 誰よりも自分を犠牲にしているのは、琴莉自身なのに。俺には多くを与えながら、俺からは何も受け取ってくれない。そんな彼女が。


「ごめんなさい。忘れてください」


 やっぱり島柄長琴莉はずるくて──そして最高に魅力的な幼馴染なのだ。

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