第15話 デート回には必ず他のヒロインも乱入する

「いや〜、楽しかったわね!」

「お前はな」


 プリ機から出てきた、セーラー服の少女2人が並んだシール。どの写真もとっても仲が良さそうで微笑ましい。もちろん、キスシーンもばっちり収められている。 

 ……あぁ。これが百合ならどんなに良かっただろう。女の子同士のイチャイチャ。目が幸せすぎて昇天していたにちがいない。

 だけど現実は残酷なもので。片方のセーラー服は俺、正真正銘の男だ……うぅ。こんなの百合への冒涜だよ。まさか初めてのキスがこんな形で奪われるなんて……。


「また弱み握っちゃったわね。ふふ」


 苦しみに苛まれる俺を見て、来緒根舞凛は不敵に笑う。この女に人の心はないらしい。

 実際、来緒根の言う通りだ。俺が女装して、学校のマドンナとキスしている現場写真なんて、もしもクラスメイトに漏れでもしたらいよいよ言い訳できない。これで本格的に来緒根に逆らえなくなったぞ。


「大丈夫よ。悪いようにはしないわ」

「は、はぁ」


 それ、悪い人が言わないセリフTOP5には入ると思うんですけどね。あ、そもそも来緒根舞凛は最初から悪人か。最近は脅され慣れすぎて感覚麻痺してたわ。良かった良かった、危ない危ない。……何も良くないぞ


「あのう、それで。次はどこに行くんですか?」

「あ〜そうねぇ」


 来緒根は顎に手をあてて少し考えると、やがて何か閃いたのか、パァッと明るい笑顔で言った。


「歩夢ちゃんが好きな場所に行きたいわ!」


 俺の好きなところ、か。


 となるとやっぱり……。


※※※


「ここが歩夢ちゃんのお気に入り?」

「まあな」


 俺が選択したのは、ゲーセンの一つ下の階にある書店、その自己啓発本コーナーである。いやぁ、やっぱりホームは落ち着くねぇ。

 しかし来緒根は明らかに困惑しているようだった。


「大丈夫、歩夢ちゃん? 何か悩んでない?」

「別に悩んでないですよ」

「そう。ならいいんだけど……」


 まさか俺があの来緒根に心配される日が来るとは……! 

 けど当然か。棚にびっしりと並んだ自己を啓発する本たち。見た目JK(女子高生)中身SS(性欲猿)のフレッシュな若者が、真っ先に向かうようなコーナーではないよな。悩みを疑うのも自然なことだ。


「人生って一回きりだからさ。後悔しないためにも、他人の生き方や価値観を知りたいんだよ」


 人は死ぬ時、自らが行った過去のあらゆる選択と向き合わされる。そして、その試練に耐えられなかった人間には、絶望だけが残るのだ。それは、俺が近くで見てきて良く知っている。

 もちろん、自己啓発本なんて所詮は人生自慢だけど。それでも、人はどんな生き方に満足できるのか。そのためのヒントはきっと見つかると、俺は信じたい。


「ふーん。後悔ねぇ」


 来緒根は興味なさそうに口を尖らせている。

 そういえば、来緒根と真面目な話はしたことなかったな。いつも性癖の話ばかりだもの。


「来緒根……サマは考えないんですか? 人生の意味的なこと」

「考えないわね」


 迷う素振りを一切見せず、きっぱりと来緒根は答えた。


「悩むこともないのか?」

「悩むだけ無駄よ。人生なんて何をしても後悔が残るもの。それなら、いまの自分が一番好きなものを大切にしたいわ」

「そっか」


 その明快な回答の中に、俺は彼女と似たものを感じていた。

 結局俺たちは、自分の人生の価値を信じたいのだ。俺は他人の生き方を知ることで、納得のいく人生を歩もうとするけれど、来緒根は、自分の人生を信じるため、疑念を生じさせるものを排除しようとする。

 それは外から慰めを得るか、外から身を守るかの違いだけで、根っこにあるものはきっと同じだ。


「けど歩夢ちゃんって。いろいろ考えている割に、恋愛には奥手なのね」

「えっ。恋愛……?」

「うん。だって歩夢ちゃん、好きな人いるじゃない」

「……はぁ!?」


 俺が叫んだとほぼ同時に、後ろでガサッという音が響く。

 思わず振り返ると、そこにいたのは。


 千城うさぎと……島柄長琴莉だった──


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