第14話 キスシーンがクライマックスとは限らない

 予想通り、店内は藤ヶ崎学園の女子生徒が蔓延はびこっていた。各々が素敵な女子トークに花を咲かせている。俺もその一人として、セーラー服を着て座ってるってのは変な感じ……というか背徳感に押しつぶされそう。 

 そして庶民的な場所にいる来緒音が珍しいのか、周りからちらちらと視線を感じる。俺の背中をつたる冷たい汗。ばれたら終わりだ。通報まであり得る。

 とりあえず俺は、来緒根にそもそもの疑問を尋ねた。


「……なんでファミレスなんですかね」


 たしかに、高校生が放課後にゲーセンとファミレスで暇を潰すというルートは定番だ。しかし逆に言えば、そんなのできることである。人気者の来緒根が、わざわざ俺と行く必要がどこにあるのだろうか。


「来てみたかったんだよね〜、ファミレス」

「あのさ。別に俺じゃなくても、来緒音なら他にいくらでも──」

「あたし」

「え?」

「俺じゃなくて、あ・た・し!」

「あ、はい」


 目がキマってる。変なところでこだわりが強いんだよなぁ。

 そもそも人は生まれながらにして、一人称を選択する自由を持っているはず。だから別になんでもいいじゃん。ボク系、オレ系の女子にも一定の需要はあるわけだし。

 

「えと……あたくしじゃなくても、来緒音様ならたくさんお友だちがいらっしゃるのではないでしょうかと存じ上げ奉っております候」


 これで文句ないだろ。来緒根様ともあろうお方が、わざわざこんな性欲猿とつるまなくてもいいでしょうに。あなたがあたくしの悪口に便乗したこと、忘れたわけじゃありませんからね。

 

 だが来緒根の返答は、俺の予想とはまったく違っていた。


「……いないわよ」


 冷たく寂しい目で、彼女は一言呟く。それは誰もが羨む完璧なヒロインの見せた、初めての弱さ。


「いや、いないわけ無いだろ。だって学校であんなに人気で──」

「私といて楽しい人なんて、誰もいないのよ」

 

 そんなはずはない。だって来緒根舞凛は、頭が良くて、美人で、俺以外にはとても優しいんだから。


 ……けど一方で、俺は少しだけ納得していた。イヨンに来てから多くの視線を感じているのに、誰も来緒根に話しかけない。それどころか、彼女たちは来緒根を避けているようにさえ思えるのだ。


 その理由に察しはつく。

 友だちになりたい人間。それは優しい人間でも、優秀な人間でもない。。常にほのかな優越感を常に感じることができるから。

 そういう意味で、彼女はあまりにも『上』過ぎたのだろう。少し可哀想な気もするけれど。


「ねえねえ、ドリンクバー300円だって! すごくない!?」


 気がつけばドリンクバーの魅力に、来緒根の笑顔が戻っていた。うん、たしかにドリバにはそれだけの夢とロマンが詰まってるもんな。わかるぞ


「ああ、もちろんすごい。だがな、セットにするとなんと200円なんだよ」

「に、200円!? そんな事があっていいの!!!」

「いいんだよこれが」


 なんてったって全国有数のイタリアンチェーンだからな。企業努力がパねえ。

 ……来緒根って本当に金持ちのお嬢様だよな?


※※※


 ミラノっぽいドリアを食べた我々は、次にゲーセンに移動した。いや〜、高校生してるな〜。来緒根さんも目をキラキラさせている。

 さっそく来緒根が大きな声を上げる。


「あれがやりたいわ!」


 ……太鼓ですか。


「まあ良いですけど」

「負けたら罰ゲームね」

「まじすか……」


 また罰ゲームかよ。嫌だなぁ。この間の相手の好きなこと伝えるってのも、 けっこう恥ずかしかったし。

 だがな来緒根。今日はそう上手くはいかないぞ。だって達人への道は険しいのだから。ゲーセン初心者の彼女が、『ドンドンカッドン』を叩けるはずが……


「やったー。私の勝ちよ」


 おかしいだろ!

 なんで初めてで『カッ』を叩けるんだよ。初心者は左手を使うのもかなり難しいはずなのに。やっぱり才能の差ってあるのかなぁ。

 

「じゃあ罰ゲームは〜」

「はぁ」

「あの中で発表よ!」


 ……やだ! 絶対やだ!! プリクラはやだ!!! 


「あのう、他の場所で勘弁していただくことはできませんか……?」

「だめよ、罰ゲームだもの」


 やだ撮りたくない!!!! これ以上俺の顔を盛らないで!!!!!


「何してるの? 早く入りなさい」

「うぅ」


 来緒根は既に500円を投入しており、そのまま俺は強引に押し込まれた。画面に映るは2人の女子高生。……これが俺かよ。

 

 その後、機械は高い女声で人間様に小顔ポーズだと、ハートポーズだのと指示を出してくる。一応その通りに身体を動かすものの、狭い半個室に2人といこともあり、ふとした瞬間についドキドキしてしまう。


 そして最後のフリーのポーズ。あと少しの辛抱だと息を吸った時、事件はおきた。


「あゆむちゃ〜ん、こっち向~いて」

「えっ……ングッ!」


 突如口に柔らかい感触。視界が来緒根の顔でいっぱいになり、頭が真っ白になった。


「罰ゲームは歩夢ちゃんの初めて、だよ?」


 気がつけば来緒音は、軽く身体を横に傾けながら悪戯っぽく俺を見ていた。俺の初めて、奪われた……?


「女の子同士ならキスくらいする当然よね! 早くシールに落書きしましょ」


 女の子同士でもキスはしないとは思います……。

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