第3話 ある兄妹の終わり
それからというもの、兄はこれまで以上に仕事をするようになった。
自分の食事代も削り、妹の薬代に使った。
ふさぎ込んでしまった妹の気をまぎらせたらと、仕事帰り道端に生えている桔梗の花を摘んで帰った。
一時は気丈にふるまおうとしていた妹も、しかし、やはり医者の言う通り容体は日に日に悪くなっていった。
「ただいま」
すっかり帰宅が遅くなり、寝てるだろう妹を起こさないように玄関をゆっくり開けて入る。ひとりの玄関は暗く寒かった。
様子を見ようと部屋を開けると、そこには布団の上で血を流して倒れている妹の姿があった。
慌てて駆け寄り抱きよせると、顔を真っ白にした妹がかすかに目を開けた。
「ごめんなさい、またご迷惑かけてしまいました。
私はこれ以上お兄さまの重荷になることは耐えられません。
病気のまま死ぬまで苦しみ続けるのももう嫌なのです」
その手首からは大量の血が流れており、そばには血が付着した包丁が落ちていた。
手首から流れただろうその血の量は、素人目から見ても助からないことがわかるぐらいだった。
「しかし、もう私には包丁をまともに握る力すらありません。
だから、どうかお願いです、
最後のわがままですので、最後は、お兄様の手で。楽にしていただきたいです」
その言葉を聞いたとき、頭の中が真っ白になった。
その時の気持ちが何だったのかはわからない、病気で苦しんできた妹の姿を見続けてきたからなのか、この生活から解放されたいという心の奥底にあった思いだったのか。
気づいたらその両手は包丁を握り締めており、その服はかえり血に染まっていた。
「ありがとうございます。
つらくて苦しい人生でしたが、これで楽になれます。
最後はあなたの腕の中で眠れて、本当によかった。
あいしておりました、おにいさま、ただひとりのたいせつなひと
きれいな花畑が見えます、あれが、いつかお話していた、桔梗の花畑なのですね。
知っていましたか?
双子というのは、前世で許されない恋仲の生まれ変わりだそうです。
もし来世があるのなら、またごいっしょにいさせてください」
茫然とした様子で腕の中で冷たくなった愛する妹の体を抱きしめていた。
しばらくすると、まだ暗い空の下妹の体を背負うと外に向かって歩き出した。
「街の外れに川がある、そこにある舟を借りて二人で川を下ろう、
その先にこの世の物とも言えない美しい桔梗の花畑があるそうだよ。
それを二人で一緒に見に行こう、
私の愛するひとよ。
私たちはずっと一緒だ」
月の光に照らされ静まりかえった夜道を、川に向かって歩き出した。
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