第25話 ヘリコプターの敵って何?

 皆は、ヘリコプターに対する脅威って何だと思う? 戦闘機? 攻撃機? それとも敵の戦闘ヘリ?

 色々と思い浮かぶかもしれないけど、一番は対空火器でしょうね。

 地上部隊に密接に協力するには低空を低速で飛行する必要が有るし、それこそがヘリの真価を発揮できる場でも有る。低空・低速では当然敵の地上部隊からの攻撃も受け易くなるのは道理だ。

 対空火器が居るから作戦や~めたって事には出来ない。

 脅威となる対空火器と言えば、例えばMANPADS(Man Portable Air Defense System:個人携帯防空システム、携帯式対空兵器)である。

 アメリカ製のFIM92スティンガーや、ロシア製の9K32ストレラといった携帯対空ミサイルが有名だ。

 これらの肩射ち式SAM(Surface to Air Missile:地対空ミサイル)はアフガニスタンでソ連の軍用ヘリを撃墜しまくった。

 そんな多大な犠牲を払った貴重な戦訓を受けて当事者のソ連、そしてアフガン紛争を注視していた西側諸国の軍関係者は対策に乗り出す。

 その結果、ヘリコプターには敵のレーダー波を検知するRWR(Radar Warning Receiver:レーダー警報受信装置)やエンジンからの排気熱を低減するIR(Infrared:赤外線)サプレッサー、IR(赤外線)誘導ミサイルに対して攪乱用のIR波を放射するIRジャマー等次々と対抗手段が講じられるようになるのだ。

 因みに私達のサーペントは、当然最新の防御装置が奢られている。

 まずRWR(レーダー警報受信装置)は、RJ(Radar Jammer:レーダー妨害装置)とセットになっており、敵のレーダー源の位置を標定するのは当然としてデータベースとの照合によりその種別、脅威の度まで表示出来る。又、警報音による警報と共にレーダー源に適合した電波妨害を行って相手側火器の使用を制限させたり、命中精度を減殺させる事が出来る。

 IR(赤外線)ジャマーについても同様に、攪乱用のIR波を放射する従来型からIRレーザー光をミサイルに直接照射するDIRCM(Directional Infrared Counter measure:指向性赤外線対抗手段)に代わっている。

 サーペントの凄い所は、それらの対抗手段と機体のセンサーを自己防護システムとして統合、操作を簡便化すると共にパイロットに対して脅威の回避に適切な情報を提供してくれる所なのだ、HMDS(ヘルメット・マウント・ディスプレイ・システム)によってヘルメットのバイザーに脅威の回避経路を表示させる事も可能だ。

 使い捨ての対抗手段である対レーダーチャフ(妨害すべき波長の1/2の長さのガラス・フィラメントにアルミニウムを蒸着したもの:空中に拡散させ、散布地点に目標が有る様に見せる)と、赤外線の囮であるフレア(赤外線を放出する物質を投射する事でミサイルを自機からフレアへホーミングさせる:従来型は明るい光と煙を出す為に敵の注意を引くといった欠点があったが、サーペントに搭載されてる新型は自然発火性ウエハを使って目に見えない赤外線を放射するタイプを装備)もパイロットによる手動操作だけでなくシステムによって最適なタイミングで自動放出される様になっている。

 それでは、それらの装備で私達ヘリは敵の対空脅威から解放されたかと言えば、答えは残念ながらノーだ。

 確かにMANPADS(携帯式対空兵器)による被害は減少した。減少したのだが、実はアフガン紛争以後に起こったイラクでの一連の戦争で撃墜された航空機の内40%がRPG、20%が小火器によるものとされているのだ。


【RPG】

 ソ連が開発した携帯対戦車擲弾発射器、ロケットモーターで加速する擲弾(グレネード)を射出する無反動砲、的なものである。

 RPGは、ロシア語でРучной ПротивотанковЫй Гранатомё(ルチノーイ プラチヴァターンカヴィイ グラナタミョート)の頭文字を英語表記したものだ。対戦車擲弾発射器という名前の通り元々航空機を狙う兵器では無いが、安価で取り扱いが簡単な為、ゲリラや民兵が良く使っている。


 小火器(小銃や機関銃ね)は勿論、RPG―7もベトナム戦争の頃から使われている。つまり、この一見原始的とも言える兵器が未だに私達を苦しめてる訳だ。

 RPG―7は、直接照準でしかも無誘導の火器なのだが、それが逆に対処を難しくしてるのである。

 MANPADS(携帯式対空兵器)には誘導兵器特有の最低交戦距離という物が有る。それが概ね1km程度で、それより距離が近いと上手く誘導されずミサイルは目標を外れてしまう。その最低交戦距離から発射された場合の命中まで要する時間が約3秒。

 つまり最小でも約3秒は余裕があるのだ。

 これがRPGとなると必中距離である約40mからの攻撃だった場合、命中までの時間は僅か0.25秒に過ぎないのである。RPGへの対抗手段はこれに全周で対応しなくてはならない訳だ。

 RPGの射程は150m、場合によっては300mという事も有るが基本近距離から発射される。無誘導だから移動目標に命中させるには更に近づく必要があるかも知れない。だから、それ以上の高度で飛行すれば問題は解決なのだが、始めに言った通りヘリの任務が地上部隊の支援だった場合、―まあ大抵そうなのだが、低空・低速が基本である為上空に逃げる訳にはいかない。

 イスラエル軍がヒズボラとの戦闘から得たヘリコプター運用の戦訓では、まず一つ目は低空にいる時間を出来るだけ短縮するという事だった。彼らの言葉を借りると「時間制限の下で行動した」となる。

 そしてもう一つは、「コクピットを流れる情報の質を向上させ、反応時間を短縮する」である。

 つまり、敵に攻撃のチャンスを与えず、攻撃を受けた場合でも対処の時間的余裕を増大させるという事である。


 そして次にRPGと並んで脅威となっている、対空機関砲だ。

 ちょっとミリタリーに関して知識を持ってる人なら、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が開発したゲパルト対空自走砲か、もうちょっとマニアックならロシアの自走対空機関砲ZSU―23―4シルカ、更に新型の2S6(2K22)ツングースカをイメージするかも知れない。

 これらの対空自走砲がどんな物かを説明すれば、〈戦車や装甲車の車体にレーダー照準システムと対空機関砲を組み合わせて搭載した車両〉となる。

 その目的は、空からの脅威に対して脆弱な機甲部隊や砲兵部隊等に随伴する事で対空の傘を掛ける事だ。

 特にヨム・キプール戦争(第4次中東戦争)では、アラブ側が開戦当初ZSU―23―4とSAM(地対空ミサイル)との組み合わせによって低空侵入して来る多くのイスラエル軍機を撃墜している。

 更に言えばAH―1コブラや、AH―64アパッチが防御力の基準として『23mm弾が直撃しても最低○○分間の飛行が可能』や『23mm口径の徹甲弾や榴弾の直撃に耐える』等を設けているのはZSU―23―4が搭載してる機関砲の口径が23mmだからである。

 その為ZSU―23―4は発見し次第撃破すべき優先度の高い目標なのだが、実はこの国ではそれ程脅威とは言えない。何故なら、遭遇する可能性が限りなく低いからだ。

 先程、対空自走砲の武装システムが機関砲とレーダーの組み合わせである事は説明した。それは実の所、車両の値段を恐ろしく跳ね上げる事になっているのだ。

 対空自走砲の目的をもう一度思い出して貰いたい。それは、地上部隊に対する対空の傘である。地上部隊、特に機甲部隊や砲兵部隊と云った虎の子の部隊を守る兵器なのだ。

 よってその運用目的(存在価値)と、価格の面が大きく影響し本格的な、或いはある程度の規模を持つ戦闘でなければ出番が無いという事に成る。反政府ゲリラが小規模な襲撃に使えるような兵器では無いという事だ。


 はい! ここで【テクニカル】の登場でっす!

 テクニカル? ああ、あれね。って思った人は変態です、いや変態は言い過ぎか。

 一般の人にとってテクニカルという言葉は「学術的」や「専門的」という意味の言葉で、例えばテクニカル・ターム(術語。専門用語。)やテクニカル・ノックアウト(TKO:ボクシング)、テクニカル・フォール(レスリング)等が思い浮かぶと思う、しかし最近の軍事用語に限って言えばテクニカルという言葉はそれ単体で一つの名詞として使われているだ。

 では、軍事用語としてのテクニカルとは何か。答えは、対空自走砲の廉価版といった所である。

 ピックアップ・トラックを知っているだろうか。民間車両でランドクルーザーやハイラックスサーフ、フォードのFシリーズなどがその代表車種である。そのピックアップ・トラックの無蓋の荷台部分に重機関銃や無反動砲、果ては航空機用のロケット・ポッドなどを据付た即席の戦闘車両の事を「テクニカル」と呼ぶのだ。

 当然、普通の民間車両がベースなので装甲も持っていないし、肝心な武装も荷台に無理やり取り付けただけなので精密照準射撃などは完全に無理である。なにせ元は只のランクルなのだ、それが本来なら地面に固定して使う対空機関砲を無理矢理乗せている訳だから、射撃による反動を上手く吸収出来る筈も無い、果たして狙った所に弾が飛んでいくのかさえ怪しい。

 戦闘車両として戦闘力・防御力共にハッキリ言ってかなり低いと言わざるを得ない代物なのである。

 そんなテクニカルではあるが、利点が多いのも又事実なのだ。

 まず安い。自走対空機関砲や装甲車に対して、比べるのがおこがましい程の価格だ。

 安いという事は数を揃えられるという事。手に入れる手段にしてもそうだ、ベースとなる車は町の中古車屋で普通に売っている。

 そして乗員について。自走対空機関砲の場合、彼らは当然専門の教育を受けたプロである、そのプロが乗って初めて能力を発揮出来る。

 それに比べて、テクニカルの場合はどうか。ベースとなったピックアップ・トラックはその辺のおじさん、おばさんでも運転する事には全く問題が無い。専門の教育を受けた乗員を確保する必要が無いのだ、これは大きい。

 民生品という事は部品の供給についても問題が無い。故障しても町の修理工場で直せるし、軍の特殊車両を整備する様な専門的な知識が無くても、又専用の施設が無くても修理が可能だ。

 結論、不整地での機動は限定されるだろうが、市街地なら下手な装甲車より小回りが効くし、狭い路地も問題無し。使い勝手は寧ろこちらの方が勝っている可能性も有る。

 その様な訳で、反政府ゲリラや非正規武装組織、発展途上国の武装警察などが挙ってテクニカルを運用しているのだ。


 さて、そこで私達がそんなRPGやテクニカルなんかに対してどう対処してるのって話だけど。

 まずは「相手に射撃の機会を与えない」という事である、イスラエルの出した答えと同じね。その為の飛行経路の頻繁な変更や低空飛行であり、100kt超の速度である。

 一般的には航空機を攻撃しようと考えたなら、視界が開けてる高い場所に占位するのが最良である。但し、その様な場所はこちらにとっても最も警戒すべき場所でも有るし、敵が射撃し易いならば、こちらも射撃し易いという事だ。特に装甲も持たないテクニカルや生身のRPG射手にとっては出来れば避けたい筈である、射撃の機会が訪れるギリギリまで身を隠していたいと思うだろう。

 その様な敵の状況、つまり森や林の木々の間に身を隠している敵は、実は目隠しされ耳を塞がれてるのとほぼ同じなのである。勿論周りは見えている、しかしながら射撃に必要な情報、例えばいつ撃ち始めるかのタイミングや目標となる敵のヘリがどの方向から飛んで来るのか、つまりどの方向へ銃口を向けて待ち構えていればいいのか、などはほとんど分からないだろう。なぜなら、木々の生い茂る枝と葉は著しく視界と射界を制限するし、その隙間を通して見える空は見えていても見えていないのと同じだからだ。

 音についてもそうだ、ヘリコプターから発せられる騒音はかなりの距離からでも識別出来るほど大きいけれど、自然の木々は意外と音を吸収するものなのである、しかも木々による反響も複雑だ。

 ビル街で上空から聞こえてくる音を頼りにヘリや飛行機を見つけようとして、見当を付けた場所と全く違う方向だった事は無いだろうか。

 これで、外部からの正確な位置情報をある程度継続的に貰えない限り、林や森の中に隠蔽してる状態から正確な射撃はまず不可能という事は理解出来たと思う。

 しかも我々は木立ギリギリの高度をアホみたいな速さで吹っ飛んで来るのだ、見えたと思ったらあっという間に通り過ぎてしまうだろう。

 じゃあ、通り過ぎた後に後ろから狙って撃ったらいいんじゃねって思うわよね。

 まず、タイミングを取るのが難しいといった話はしたと思う。そもそもSAM(地対空ミサイル)と違いRPGは射程が短い上に無誘導の火器である、正確な飛行経路を予測して上空や或いは近くを通り過ぎて直ぐのタイミングで遮蔽物から出て撃つ事が必要となる、しかも正確に素早く未来位置へ狙いを定めてである。

 もたもたしていたら、あっという間に射程圏外に飛び去ってしまう。不可能とは言わないが、かなり難易度は高いだろう。

 それ故こちらは速度と経路が重要となる訳である、出来るだけ高速を保って、安易に経路を予測されるような直線飛行を避ける事。撃墜されるヘリは大抵離着陸時の速度が無いタイミングを狙われているのだ。


          ◆


 1時間後に出発したとはいえ、地形の影響を受けない私達は直ぐに地上を走るコンボイに追いついてしまう。

「クリスタル(コンボイの呼び出し符号よ)、こちらスレイヤーだ。

 間もなくそちらの上空を通過する、現在地及び敵情を送れ」

 サッドがコンボイとコンタクトを試みる。

『あー、スレイヤー。こちらクリスタル。

 待ってたぜ、オペレーション イズ ノーマル。こっちは今んとこ問題無しだ。ポジションは、あ~間もなく峠に差し掛かる。宜しく頼む』

 うん、無事コンボイとの無線も確保出来たみたい。

「スレイヤー了解、そっちの車列上空で一度旋回した後そのまま超越して段列地域までの経路を先行、その後また引き返す。

 何かあったら、直ぐに呼び出してくれ。それと前線ではハインドの目撃情報も入っている、対空警戒も厳にしてくれ、そっちの情報も随時頼む」

『クリスタル、了解した』

「ハーレー、こちらも気を抜くなよ」

『2』(2番機了解)

「ジュリエットも了解でぇす」

「よし」

「高度を上げて、前方及びコンボイを確認します」

 私は機体を上昇させるため、左手に握ったコレクティブ・レバーを引き上げると同時に速度が落ちない様に右手のサイクリック・ステッィクを僅かに前へ倒す。

 1000ft(304m)を通過した時点で正面のキャノピーに水滴が付きだした、上空では霧雨になっているらしい。極細かい雨粒は地上に落ち切る前に蒸発してるのだ、正面だけ見ていたら雲の底が判断しづらいので真横にも視線を飛ばし確認する。

 上空を覆う雲って平らなイメージが有るけど、結構でこぼこしてたり一方向に傾いたりしてるのよ。こんな天気の時は雨と雲の境界が分かりずらいわ。特に雲が局所的に垂れ下がってる様な場所を見落として、不用意に雲に入ってしまわない様に注意が必要ね。

「よし、コンボイをインサイトした。11時の方向」

「はい、こっちも確認。

 コンボイの右側を通過、左旋回で一周します」

「…」

「サッド?」

「ああ、了解した。

 クリアド ライト」

「クリアド レフト、ロールイン」

 コンボイの車列を円の中心に置くように少し距離を取って旋回を開始。

 コンボイからの通報通り、今の所周辺に異常は見られない。

『スレイヤー、こちらクリスタルだ。

 そっちを確認した、今回もヨロシク。頼みにしてるぜ』

「クリスタル、スレイヤー。任せておけ」

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