第七章 対決!ハインド 第26話 傭 兵

 キ― 一〇〇(五式戦闘機)を以てすれば、低空にありては絶対不敗、高位の場合には絶対的に必勝なり


 陸軍航空隊 少佐 小林照彦




「おいロック、周りは真っ白で何も見えないがダイジョブなんだろうな」

「ガハハッ、心配すんなプリンス。

 地形はしっかりと把握してる、細かい事を気にし過ぎると禿げるぞ」

「禿げるか!

 それに、2番機はダイジョブなんだろうな」

「奴らも腕は確かだし、こっちとは別に遠回りだが雲を避けるルートを通らせてる。

 合流に問題は無いだろ。

 ま、タイミングはちと厳しいかもしれんが」

「ロック!」

「仕方ないだろ、誰かと組んでの仕事なんざかなり久しぶりなんだ。

 それに機体に他人を同乗させるのもな」

「同乗って言うな!

 僕は貴様のクルーだ」

「へいへい。じゃあ、しっかりコ・パイの役割を果たしてもらうぜ。

 まあ、操縦の才能が有るのは認めるがな」

「フフ、そうだろう。

 今回の軍事的援助の要請に無理やりねじ込んだ甲斐が有った、ここで必ず僕の価値を証明してやるぞ」

「はあ~、何でこうなったんだ」

「何か言ったかロック」

「なんも、プリちゃん」

「プ、プリ、プリちゃん!

 貴様、」

「あ~、そろそろ戦闘予定空域に入るぜ、予備の操縦装置を展開して準備しな」

「クソッ、了解だ」

 卵の殻を伏せた様な特徴的なバブルキャノピーが縦に二つ並んだコクピット。その後席には、老境に差し掛かった男が操縦桿を握っている。先程ジュリエット達の話題に上ったロック・ハンドことMrハイパワー(本名不詳)である。

 その深く皺が刻まれた顔は鼻も口も大雑把に配置されていて、これまで数々の危険を潜り抜けてきた自信を滲ませている。ハーレーからは髭ダルマ呼ばわりされていたが、今は薄く無精髭が有るだけだ。そんな一見粗野な印象を抱かせる顔だが、少々垂れ気味ではあるが綺麗に澄んだ両の目がその印象を奇妙にも思慮深いものに落ち着かせている。

 その服装はと言えば、上半身は薄手のTシャツに直接救命キットと護身用の拳銃を括りつけたベストを着ているだけで、当然剛毛の目立つ腕は剥き出し状態、火災に対しての配慮は皆無、正規の飛行服を着用しようという考えは全く無い様だ。

 そして、ジュリエットらの大方の予想を裏切り彼の操縦するハインドの前席に乗り込む人物がいた。

 年齢は見た目10代の後半、行っても25歳は越えていない様に見える。その風貌はヨーロッパ寄りの中央アジア系、やや太い眉毛は意志の強さを感じさせ、全体的に整ってはいるものの単純に美形と表現するにはやや生意気な印象が勝る。

 全体に纏う雰囲気は若さ故の危うさを隠せない自信と、しっかりとした教育を受けた者の落ち着きといった相反する要素を兼ね合わせるといった育ちの複雑さを垣間見せている。

 機長のロックにとっては、それらを含めた溌剌さが鬱陶しくも又眩しくも感じられ、どうしても余計な一言を発してしまう様だった。

 どうやら、ここに派遣されたハインドのチームは、機長のロックと前席に乗り込むプリンスの組み合わせからも分かる様に人民解放軍所属では無い様である。

 ロックとプリンスの二人を乗せたヘリコプターは雲中を降下する。

 二人が乗っているのは、旧ソビエト連邦製の攻撃ヘリコプターMi(ミル)―24ハインドである。

 正確にはMi―35、ハインド・シリーズの本命とも言われる生産型Mi―24VハインドEの輸出仕様である。ただし二つの機種は外見上での識別は出来ない。ただ搭載されている自己防護装置がソビエト本国仕様に対してダウングレードされた物なのである。(ソビエト連邦が兵器を輸出する際の常套手段である) 

 ハインドの機体デザインは、メインローター一つと胴体から後方に伸びるテールブーム、その先端にテールローター一つを備えるオーソドックスなスタイルであるが、他の攻撃ヘリと大きく異なる特徴を一つ持っている。

 それは、完全武装した兵員8名を搭乗させる事が出来るキャビンが胴体内に備えられているという事である。

 他国には見られないユニークな特徴の理由は、開発国ソビエト連邦のハインドに対する運用思想によるものである。

 ハインドが目指した物とは何か、それは空中を機動する装甲歩兵戦闘車だったのだ。その高い速力と強力な火力で前線での抵抗を排除しつつ兵員を送り込む事を期待されていたのだ。

 しかしこのコンセプトは、ハインド一機種だけでその後に開発された攻撃ヘリコプターに引き継がれる事は無かった。

 その理由は実戦経験からの教訓が大きい。

 ハインドは胴体内のキャビンに兵員を搭乗させると、機体重量とエンジン出力の関係から自身の武装を減らさなければ満足な機動を行う事が出来なかったのである。その結果として武装を十分に搭載したハインドを別に護衛として随伴させる必要が生じてしまう。つまり兵員の輸送と火力協力の両立が難しかったのだ。

 その後ハインドの運用の様相は変化したものの、現在は胴体キャビンに整備員や予備の弾薬を搭載したり、不時着した乗員の救助や、偵察斥候の送り込み等で柔軟にそれを活用している。

 またハインドは、元々の運用構想が空飛ぶ歩兵戦闘車の為に速度を重視しており、西側の他の戦闘ヘリに比してやや大型のスタブ・ウィングを装備し高速飛行時には全体の揚力の20%を発生させている。

 しかし低速では逆に大型のスタブ・ウィングが機動性を阻害し、低空での性能が犠牲となっている。

 更には、機体サイズがキャビン内に兵員を収める必要から大型化した為に地面に膚接し障害物を縫って飛行するNOE(匍匐飛行)等の低空機動を大きな危険が伴うものとしている。

 ハインドの操縦席については極初期に生産されたタイプ(A型やB型)を除きD型以降、後席がパイロット、前席がガナーの縦列複座式となっていて、バブルキャノピーが二つ縦に並んだスタイルは他の西側戦闘ヘリに無い独特の印象を与えている。又、通常操縦は後席が専任となるが、ガナー席にも折り畳み式の操縦装置が収納されており、それを展開する事で前席でも操縦が可能となる。

 コクピットの計器類については従来型のアナログ式の計器である。最新型では多機能ディスプレイを採用したものも有るが、一部の機体に限られており普及はしていない。


「地上に出している目から今日使われる輸送部隊の経路に関する情報を貰えたのは良かったぜ、これで概ね護衛に当たるヘリのルートも推測出来るってもんだ。

 護衛のヘリに対処するには、地上からの連絡を受けてから向かったんじゃ間に合わんからな。あとはこっちの予想が当たってるかどうかだが…」

「ロック、敵の補給ルートを狙うのは理解できるけど、なんで輸送部隊そのものじゃ無くて護衛のヘリを狙うのさ。

 厄介な敵はほっといた方がいいだろ、わざわざちょっかいを出す意味って有るのか」

「かぁ~、お前若い癖に面白みの無い奴だな、禿げるぞ。

 対ヘリコプター戦闘なんて、燃えるシチュエーションだろが」

「禿げるか!

 まったく、おい本気なのか。金にうるさいアンタがロマンを語るとか、何の冗談だ」

「しょうがねえなあ。

 いいか、こういっちゃあ何だが輸送車両なんて地上の民兵共でも十分相手出来るだろ。

 しかし相手が戦闘ヘリがじゃ、ちぃっとばかし荷が勝過ぎる。そこで俺たちがヘリを相手にしてやりゃあ、その分地上の奴ら負担が減るって寸法さ。俺たちが輸送車両を攻撃したって、奴ら感謝なんかしやしないぜ、逆に獲物を横取りしたなんて逆恨みされる可能性すら有る。

 ま、敵のヘリにしたって撃墜できりゃ御の字だが。俺たちの存在をアピール出来れば十分さ、それはそれで敵さん無視はできねえ筈だ。

 そうなりゃ、前線から戦力を引き抜いて護衛を増強するかもしれん。或いは現在の戦力を遣り繰りして空地両面の脅威に対応するかもな。ま、何れにしても俺たちの存在が鍵を握る訳だ。これで報酬の上乗せ交渉の可能性も生まれてくる、どうだっ」

「僕たちが撃墜されない限りはね」

「プリンス… お前禿げるぞ」

「禿げるか!」

 ロックという男、やはりかなりの腕を持つらしい。プリンスと軽口を叩きながらも、ほとんど視界の効かない雲中でヘリを安定して飛行させている。

 本来ヘリコプターとは計器飛行には向かないのだ。なんせ、安定性が負なのである。

 少しでも気を抜けば、ひっくり返って操縦不能、即墜落なんて事もあながち大袈裟では無い。

 視界が利かない状況での計器飛行では、目の前にある計器の針が示す数値やジャイロの動きだけで、ヘリの動きを客観的に頭の中でイメージとして組み立てられなければならない。

 計器の動きには遅れが有るし、計器の種類によっては遅れるタイミングもそれぞれ違ってくる。

 サイクリック・スティックや、コレクティブ・レバーの操作に対する機体の反応も熟知している必要がある。当然、操縦のクロス・カップリングを適切に修正出来なければ、思うように動かす事すら出来ない。ただ決められた針路を維持するだけでも大変な苦労なのだ。

 そして極めつけはバーティゴである。

【バーティゴ】

 日本語で「空間識失調」。簡単に説明すれば、実際の機体の傾きとパイロットが体に感じる傾きが一致しなくなる錯覚の一種である。原因は様々であるが、何れも人間の生理的現象による為、未然に防ぐことは不可能である。

 一度錯覚に入ると、自分の体感で姿勢を戻そうとする操作が逆に異常姿勢を増大させる方向へと働き最悪は墜落へと至る。

 対処方法はただ一つ。自分の体感を排除し、ただひたすら計器の指示を信じる事。

 バーティゴの厄介な点はもう一つ、操縦経験や操縦の腕に関係なく全てのパイロットに訪れる事である。

 視界が閉ざされた状況で、降下や旋回或いは失速しつあるという体からの訴えを無視し、目の前の計器だけを信じて操縦を続ける事はどんなベテランパイロットでも困難に感じる仕事だ。いやベテランである程計器の故障を疑い、自分の感覚を優先させる誘惑に抗えない可能性すら有る。


「さて輸送車両を護衛してるヘリの連中はPMSC(民間軍事警備会社)だと言うが、お上品な正規軍とは違った所を見せて欲しいもんだな。

 よし、そろそろ雲の下に出るぞ。敵を見落とすな。

 第一次世界大戦の複葉機の時代から、撃墜される奴ってのは自分が撃たれる瞬間まで敵機の存在に気付かなかった間抜けがほとんどだって話だ。

 つまり、先に敵機を見つけた方が空中戦では圧倒的に有利って訳だ」

「よし、任せろ」

「随分と自信満々だな。まあ良い、敵に怯えてびくびくしてるよりはよっぽど発見の確率が上がるだろう。

 空中での航空機の見つけ方ってのは、経験から体得せんと中々掴めんもんだが。とにかくこっちの方が高度は上の筈だ、つまり相手は背景に紛れてる可能性が大きいからな」

 ハインドは雲の底からほんの僅か機体を覗かせる、コクピットは雲から出ているが頭上のメインローターはギリギリ雲の中にある。

「ビンゴ! インサイトしたぜ」

「え、どこだよ」

 ロックはすかさず再びハインドを雲中へと上昇させ、雲の底ギリギリの位置を保持する。

「あ、こっちはまだ見つけてないのに」

「苦労して、雲の中を飛んできた甲斐が有った。このまま、奴らの死角から接近するぜ」

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