第24話 出 撃

 出撃の時間が近づいた私達は、再びポンチョを被ってそぼ降る雨の中、格納庫テントへと移動を開始した。

 サーペントが格納されている大天幕へと、嵩上げされたパレットの歩道を歩く。

 格納庫天幕はFSAの外れに在る。理由は、ヘリの強烈なダウンウォッシュ(メイン・ローターからの吹き下ろし風)によって他の天幕が飛ばされない様に、又ターボシャフトエンジンの騒音を避ける為だ。

 格納庫に近づくに従って次第に米軍の施設に共通する独特の臭いが薄れて代りに濃密な泥と樹木の臭いが満ちてくる。

 機体は2機とも既に格納庫天幕の外に引き出されて、整備員の手でエンジン始動の準備が完了していた。私達はそれぞれの機体に取り付いてぐるりと一周し、コクピットへ収まる。

 実は日の出の時間に合わせて一度エンジンを始動して試運転を済ませてあったのだ。一度試運転をしておけば出撃の直前で機体や武装の不具合が出る事も無いし、エンジンの始動手順も2回目以降は簡略化出来るから素早く離陸出来る。だから毎日朝早く、まだ暗い中起き出して日の出には試運転が完了するように行動してるのだ。

 整備員は班長以下6人、各機の機付長が1名づつと、武装担当、通信電子担当が各1名、特に担当を持たないフリーの者が1名の構成、今は1機に3人づつが張り付いてくれてる。

 タブレットや手持ち資料、それにおやつが入ったバッグとポンチョを座席の下に押し込んで操縦席に収まり、内部点検を開始する。

 私は最初の出撃の時にポンチョを整備員に預けて離陸しようとしたんだけど、サッドに注意されちゃったの。何でかって言うと一度離陸したらもう一度ここに戻ってこれる保証が無いからだって、敵にやられて不時着する場合もそうだけど、それだけじゃ無く戦況の推移によっては展開地を放棄したり、前線付近に緊急展開地変換したり、場合によっちゃ航空機だけが先行して移動する、何て事も有るんだって。

 ほら、ヘリって固定翼機と違って飛行場が無くてもホンのちょっとした空き地が有れば何処にでも降りられるじゃない、その時に整備の人達の支援を受けられない可能性も大きい訳ね、取り敢えずヘリだけ先行して整備が追求して来る迄は自分達だけで何とかしなきゃなんない場合も有るって事。

 勿論不時着した時もね、だから手持ちの装備が多いに越したことは無いし、ずぶ濡れのポンチョも座席の下に押し込む事になる訳よ。一応言っとくけど、バッグに入れてるおやつも非常食を兼ねてるからね、別に食いしん坊キャラじゃ無いから。


 エンジンも無事始動を完了し、離陸準備も整った所でサッドが編隊僚機に確認の無線を飛ばす。

「スレイヤー、チェック・イン」

『2(ツー)』(2、レディ:2番機準備良し)

 すかさずダークが答える、それを聞いて私は離陸の通報をする。

「ポイズンスネーク・レディオ、スレイヤー・フォーメーション、FSA離陸」

『ポイズンスネーク了解』

 ポイズンスネークはFSAから前線地域一帯を管轄する空域管制所で、実際に人がいる場所は後方の首都に有る空港だ。そこからリモートで無線の遣り取りをしてる、但し空港の管制塔みたいにキッチリと管理してる訳では無く、ただ単に在空機の数を把握する程度である。

 まあレーダーも何も無いから仕方が無いんだけどね。

 私は、ポイズン・スネークの返答を聞くのと同時にホバリンク、離陸操作を開始する。雨はいつの間にか止んでいたわ、但し空を見上げても雲の底は境目がハッキリしない、いつまた雨が降り出すか分からない天候ね。

 ホバリングしているサーペントのローター・ブレードが、先端から螺旋状に白い水蒸気の尾を引いている。空気中の湿度が高い証拠だ。これも飛行機雲の一種に違いないが、多分一般の人は目にする機会がほとんど無いと思う。

 私はホバリングからエア・タクシーに移行し格納庫の大天幕から距離を取って風上へ機首を向けた。

 特に無線を出さなくても、ポイズン・スネークとの遣り取りを聞いている2番機は遅れずに付いてくる。

 サッドは今度は別の所と無線交信をしてる。

「ファブ、スレイヤーだ。コンボイのエスコート任務を開始する」

 ファブは、FSA(前方支援地域)のCP(Command Post:指揮所)よ。

『スレイヤー、ファブ了解。宜しく頼む』

『ラチェットも了解、ご武運を』

「スレイヤー」(スレイヤー、了解)

 ラチェットは、私達の格納庫天幕内にある整備員待機所の無線機よ。私がコ・パイとして操縦に専念してる間、機長のサッドは各所と色々遣り取りしてる。フォーメーションのリーダーってやっぱり色々と忙しいみたい。

 私達スレイヤーフォーメーションの2機はジャングルに向け離陸を開始、上昇中に使用するパワーは2番機が遅れずに付いてこれる様に普段の70%~80%に抑える。

『2、ポジション』

 さすがダーク、直ぐに2番機が定位置に占位した事を通報して来た。私ならもう少し時間が掛かる所だ。

 よし速度、増速。100kt(ノット)にセットよ。

「ジュリエット、マスターアーム」

「了解。マスターアーム、アーム

 アームド・ライト OK」

 マスターアームSW(スイッチ)、つまり全ての武装のメインスイッチね。それをアーム位置にして、何時でも射撃が出来る態勢を整えたって事。警報灯が集約されてるコーションパネルにマスターアームがアーム状態にある事を示すライトが点灯してる事を前・後席で相互に確認。

 武装関係のシステム・チェックは既に朝イチの試運転時に終了してるから、これで戦闘準備完了よ。

「ゴールド、スレイヤーフォーメーション。コプター×2(バイ・ツー)。

 エアボーン アット FSA、ノースバゥンド、エスコートミッション。

 リクエスト、インフォメーション」

『スレイヤー、ゴールド。レーダーコンタクト。(レーダーで捉えた)

 現在、FSA付近はノー・トラフィック(他機情報は無し)だ。

 リポート、ホテル(H地点で通報せよ)』

「リポート、ホテル。スレイヤー」(スレイヤー了解、H地点で通報する)

 今サッドがコンタクトしたのは空軍のAWACS(Airborne early Warning And Control System:エーワックス 早期警戒管制機)よ、コールサインはゴールド。

 AWACS(エーワックス)って言うのは、背中に大きなお皿みたいなレーダーを乗っけてる飛行機よ。

 レーダー波って直進するでしょ、だから遠くの敵を早く発見する為には高い場所にレーダーを設置するのが良い訳。ほら、航空自衛隊のレーダーサイトが周りに障害物の無い山のてっぺんに建てられてるのもそれが理由よ、って知らないか。

 それで、もっと高い場所にレーダーを置けないかって事になって、いっそ飛行機にレーダーを乗っけちゃえばいいんじゃねって事で出来たのがAWACSなの。

 そのAWACSが常時在空して戦域をカバーしてくれてる訳、流石米軍ね。

「ジュリエット、そろそろ高度を下げろ」

「了解」

 おっと、先に言われちゃった。まったく、同時に色々な事をよくもまあ出来るものだわ。

 FSA(前方支援地域)からある程度の距離が開いた段階で飛行高度を下げ、MSR(補給幹線)に沿って高速で飛行する。

 高度は100ft(30m)以下。平時に移動する時は2000ft~3000ft位を飛んでるから相当低く飛んでる事になる。

『スレイヤー、ゴールド。コンタクト・ロスト』(レーダーで捉えられなくなった)

「ゴールド、スレイヤー。CF(地形追随飛行)、現在高度100ft、更に低空へ潜るから無線も通じづらくなると思う」

『ゴールド了解』

 私達は更に高度を下げると共に一旦経路をMSR(補給幹線)から外す。ゲリラもMSRについては承知しているから、馬鹿正直にルート上を飛べば待ち伏せを食う可能性が有る。MSRから離れすぎる訳にはいかないが、飛行経路は毎回変化させているのだ。

 ハーレー達2番機も遅れずに付いて来てる。特にこちらから無線の指示は出さないが、飛行経路は離陸前に確認済みである。

 2番機のポジションは、経路上の地形や天候、敵情によって変化するので特に決められてはいない。高度も距離も状況に合わせて変化させるし左右どちらに付くかも任せてある。

 ただし、あまり長機に近づき過ぎて敵の照準に2機同時に捕らえられる事が無いようにだけは注意が必要だ。

 2機のサーペントは可能な限り低く、そして速く飛ぶ。今はまだ地形の起伏が緩やかだけどそれでも森の木々の先端すれすれ、梢を掠める様にする。速度はと言えば、100kt(ノット)を越え120kt(220km/h)に近づいていく。

 進行方向、障害物に注意しながらも私の目に映る地平線は空との境界が白く滲んで曖昧だ。視線を上に向ければ雲の底の輪郭もぼやけてハッキリとせず、今にも雨粒が落ちてきそうな様子である。

 視程も相変わらず良くない。離陸時は7kmって話だったけど、もしかしたら5kmを切ってるかも。

『後方、クリア』

 2番機が後ろを確認して報告してきた。さすがハーレー/ダークペア、一々指示を出さなくても必要な情報をタイミング良くくれる。

「リーダー」(こちら長機、了解した)

 返答はサッドに任せて、私はホンの僅かだけ速度を緩める。2番機は後方を確認するために経路を振っている(真後ろが見えないから確認の為に蛇行してる)筈だから、離れすぎないようにしないとね。

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