第22話 重大な情報
「うん、やっぱりキャプテンは女たらしだったわ」
「あー、わかるわー。私、バタ臭い顔は好みじゃないんで特にときめかなかったけど。
それよりダーク、帰ったら私にも真昼の星の探し方を教えて下さいよ」
私もサッドと初めて会った時の事を思い出して納得した。
「今の話を聞いた感想がそれ?
いや、別に特別な事は無いわよ。遠くを見る事、今は見えなくてもそこに必ず有る物を探す事。例えば高圧線、遠くて鉄塔しか見えなくても必ずその間には電線が通っている筈でしょ。
それが見えるようになるまで毎日見続ける事よ。
因みにアンタの視力はいくつ」
「1.5です」
「なら、まず視力をもっと鍛えなさいな。
レーダー装備機もそうじゃない機体も結局最後は目視で判断する事が多いからね、敵を先に発見した方が圧倒的に有利に戦闘を進める事が出来るわ」
「了~解」
「そろそろ時間ね、ピストへ行くわよ」
「はーい」
ピストってのはパイロットの待機所の事で寝床を兼ねる場合も有るのよ、今回は我々A・A社のCP(Command Post:指揮所)も兼ねているわ。
私達は頭からポンチョを被って外に出る、DZ(ドリズル:霧雨)は相変わらずだ。
地面は降り続く雨で泥濘化して一面水溜まりだらけだけど、主要な天幕の間にはプラスチック製のパレットで嵩上げされた歩道が敷かれているから足元は案外平気だ。
ピストにはまだサッドもハーレーも来てなかった、私とダークは二人でブリーフィングの準備を始める。
ここに来てひと月、私達は既に何度も輸送部隊の護衛に出撃していて、その内の数回は実際にゲリラの襲撃を阻止していた。
私は最初、敵に対して発砲する事に躊躇いが有ったけど、ある日の飛行後点検でコクピットの防弾板に食い込んでいた地上から発射された小銃の7.62mm弾を見つけた時に気持ちを割り切る事が出来た。こっちが相手を一方的に殺戮してる訳じゃ無く、自分が撃墜される危険は必ずある事に気付いたからだ。
今でもその弾はポケットに入っている。
私とダークはパソコンを立ち上げ、プロジェクターの準備をし、気象端末から最新の気象現況と予報、天気図などをプリントアウトしてホワイト・ボードへ展開する。
そうこうする内にハーレーとラークシィ整備班長がやって来た。
私が意外に思ったのは、この任務に整備班長自らが志願して現地へと付いてきた事だ。
線が細くていかにも事務仕事が得意な反面、野外活動は苦手そうに見えた整備班長だったけど、実は結構行動的だった。普段は現場をトーシュカ整備先任に任せてるけどホントは机の前に張り付いているのが苦痛らしい。
安い豆とはいえインスタントじゃないコーヒーが出来た所で皆で一服付ける事にする、タバコを吸う人はいないけどね。サーバーには保温機能が付いてるけど時間が経つ程煮詰まって味が壊滅的になるので入りたてを飲むのは基本よ。
敵情についてはミーティングに参加してるサッドの帰り待ちだけど、それ以外で気になるのはやはり天候ね。ホワイト・ボードの天気図と気象現況に皆の視線が集まる。
「18003、風は南風で3kt(ノット)か。
もうちょい強い風が吹いてくれたら、BR(もや)も解消するんだが」
「そうですね、FCST(フォーキャスト:予報)も視程に関しては良くありません」
「視程は現況で7000(7km)、予報はTEMPO(Temoprarily テンポ:一時的に)で3000(3km)か」
「雲もOVC(Overcast オーバーキャスト:雲量8/8の事、全天を8分割してその割合で雲量を表す。8/8は、全天が雲に覆われた状態)4000(ft:フィート)よ」
「うん、シーリング4000ね。いつも通りだな」
気象端末に表示される通報式で視程とは見通し距離の事で、水平に何km先まで見通せるかって意味。
雲についてはまず、雲の量を少ない順からFEW(フュー)、SCT(Scattered:スキャター)、BKN(Broken:ブロークン)、OVC(Overcast:オーバーキャスト)って表示されて、その後に地上からの高度をつけるの。
雲は大抵何層かに分かれてるから、通報式ではそれが3層に分けて通報される。例えばFEW003 SCT040 BKN150の様にだ。因みに雲量の次の数字003は300ft、040は4000ft、150は15000ftの事である。
で、さっき話に出てたOVC040は4000ftで全天が雲に覆われている状態だ。
この状態じゃ山の頂上付近は雲の中に入ってるから、平地ならともかく山岳地帯を飛行するには十分な注意が必要になる。
「戻ったぞ」
ピストの入り口の幕をかき分けてサッドが入って来た。
サッドはバッグからタブレット端末を取り出してそれをPC(パソコン)へ接続、直ぐにミーティングで明らかになった内容について説明を開始する。
「よし、聞いてくれ。
天候については見ての通り、雨期特有の低視程、低シーリングが持続する。
敵情についてはNC(No Change:変化なし)と言いたいところだが、重大な情報が一つもたらされた。まあ、国境付近での小競り合いは相変わらずなんだが」
「相手はいつもの?」
「ああ、中国に支援された反政府ゲリラだな。ほぼ人民解放軍が主力みたいな物だが、建前上はゲリラって事になる。中国もアメリカも全面戦争は望んじゃいないからな、政治って奴だ」
「それで、重大な情報ってのは?」
「ああ、話が少し逸れたな。それなんだが国境付近の中国領内でハインドが確認されたらしい」
「ハインド? WZ―10やWZ―19じゃ無くて、Mi(ミル)―24なのか?」
WZ―10もWZ―19も中国の国産攻撃ヘリだ、それに対してMi―24ハインドは旧ソビエト連邦が開発した攻撃ヘリである。
「中国はハインドを配備してないよな、一体何処から持ってきたんだ。それと機数は?」
「確認されているのは1機だが単機での運用は戦術的妥当性から考えられない、だから他にもいるに違いない」
「ふーん、何れにしても10機20機っていうオーダーじゃ無いんですよね。それなら、前線のアパッチで十分対処出来るんじゃないですか」
「嫌な情報がもう一つ有るんだよ。
傍受した無線交信の中に《ロック》って言うコールサインが確認されているんだ」
いかにも嫌そうにサッドが言うと、それを聞いたハーレーが思わずといった感じで声を上げた。
「まさかロック・ハンド! ミスター・ハイパワーが出張って来てるって事か、サッド」
「確証は無いが、俺はその可能性が高いと思う。なんせ、ロシア製のヘリだからな」
「えー誰さんですか、有名人?」
「コールサイン《ロック》又は《ロック・ハンド》、本名は不詳だがミスター・ハイパワーで通ってるヘリコプターパイロットの傭兵がいるんだ。
特定の組織には所属してなくて、その時々で色々な会社と契約してる」
「へえー、それじゃあ凄腕なんですね」
「単純に操縦の腕だけって訳じゃ無い。まあ腕も確かなんだが、なんせ奴は確か歳が50前後の筈だ」
「ええー、そんなにオジサンなんですか」
「ヘリコプターは戦闘機の様に空中戦で8Gとか9Gとか、体に極端に負担が掛かる機動をする訳じゃ無い」
「そうですね、私達の戦闘ヘリでも精々2、3G程度でしょうか」
「ああ、だから現役でパイロットを続けられる時間が長い、確かに反射神経なんかは若い頃に比べれば落ちるだろうがな。
しかしその反面、反射神経に頼らない戦い方を相手に強るずる賢さ、いわば老獪なテクニックを存分に磨く事が出来るって寸法だ。
全てのパイロットがその境地に達する事が出来る訳じゃ無いが」
「どゆこと?」
「ある程度の年齢に達したパイロットは多かれ少なかれ、ここまで生き残ったのだから、残された人生を全うしたいと思うようになるものさ」
「なる程、人並みの幸せより空を選んだ、そんなイカレタ人種が彼なんですね。
あー、じゃあサッドも同じ穴の貉ですね、絶対。
でもそんなに有名なんですか彼、皆知ってるようですけど」
「まあ、この業界でパイロットを続けているのはほんの限られた者だからな。
それにロックとは味方だった事も有るんだ、その時は武装されたMi(ミル)―8に乗ってたが」
【Mi―8】
ソ連製の中型輸送・汎用ヘリで、Mi―24ハインドの開発母体となった機体である。NATOが付けたコードネームはヒップ。
使用国は、旧東側諸国、アフリカ諸国だけでなくドイツ警察やアメリカの企業、個人も所有している。軍用タイプは現在でも第一線機として運用されている優秀な機体である。
「そうあのヒゲだるま、奴は味方に出来れば心強いんだが敵にすると相当に厄介だぜ。今回は腹を括るしかないなあ」
そんなハーレーの言葉を引き継いでダークもロックについての認識を確認する。
「それじゃあ、今回は単機か精々2機って可能性が大きいですね。ロックは個人営業の傭兵で誰かと組むのを好みませんから」
「そうなんですか?」
「ええ、分け前が減るからってコ・パイロットを乗せてない位よ」
「ええ~、凄っ。一人乗り操縦って事ですか、見張りも射撃も無線交信も戦術判断も一人でこなして、それで任務を達成して生き残ってるって事ですか」
「そういう事だ、だから今回も一人の可能性は大きい。しかし確定はしていない情報だ、安易に自分に都合のいい解釈をすれば痛い目に遭うぞ。いつも敵はこちらが最もして欲しくない事をしてくると考えるべきだからな。
〈我が任務達成に重大な影響を及ぼす敵の可能行動〉って奴だな」
「そうですね。ハインドについては我々の作戦地域に現れる可能性も有るとして、警戒を最大限に厳とするで宜しいでしょうか」
「そうだな、今の所はそれしか無いか」
「了~解、じゃあ俺達の任務に一番影響するMSR(Main Supply Route:補給幹線)についてはミーティングで何か有ったかい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます