第21話 真昼の星

「ダーク、私が読んだゼロ戦パイロットのエピソードに、昼間の星を探すってのがあったんですよ。その発想、凄く無いですか」

「あら私もお昼に星が見えるわよ」

「なんですと!」

「あれは私が飛行隊に配属になってまだ一年経って無い位の頃ね」

「あー、長くなりそうですか」

「いいから黙って聞きなさい、私とキャプテンの話なんだから」

「あー、やっぱりサッドが絡んでるんですか、そうですか」

「部隊の新人パイロットなんて、フライトと直接関係の無い仕事を色々押し付けられるのよ。今考えれば、それもまあ必要な経験だったんだけど。

 当時はなんかバカらしくてね。特に私、操縦は結構出来る方だと自分で思ってたし、だから尚更操縦がダメな先輩パイロットが偉そうにしてるのを見てると腹が立ってきて。

 そこで直接ケンカを売ったりしたらこっちにも色々と不都合が出てきそうで、そんな時は一人屋上へ行ってアタマを冷やしてたの」

「あ、ちゃんと自重出来たんですね、偉い」

「当り前よ、軍隊は階級社会なのよ。それにもしケンカ両成敗みたいになってフライトを止められたりしたら目も当てられないわ」


          ◆


 …あの時も、そんなイライラした気持ちを鎮めるため私は屋上の扉を開けたのだった。

 そしたらそこには先客がいたのだ。

「あ、キャプテン・バッツ」

 同じ飛行班のパイロット、バッツ大尉だ。ベテランパイロットだけど私の操縦教育担当を外れているのであまり接点が無い。

「お邪魔しました、失礼します」

 私は、そのまま屋上に足を踏み入れること無く回れ右をして出て行こうとした。正直、あまりよく知らない人の相手をするのが面倒だったのだ。仕方ない、気分転換は他の場所を探そう。

「まあ待て、少尉。

 何か用件が有ってこんな人気の無い屋上に来たんだろう。俺はもう帰るから」

 確かに今までこの屋上で他の人に遭った事は無い。それで今度は逆に大尉が何の為にここに居たのか気になってきた。

 大尉とは接点が無いって言ったけど、操縦の腕が確からしい事は部隊の皆の話からなんとなく推測が出来た。

 小隊長の資格を持ってる筈だけど自分で指揮を執ってる所はあまり見ない、だけど重要な訓練の時は常に指揮官機の副操縦士を担当している。よっぽど指揮官に信頼されてるんだろう。

 腕のいいパイロットは無条件で尊敬に値する。それだけじゃ無く、大尉は新人パイロットの私に対しても気遣いが出来る優しさが有る。

 どちらかと言うと人見知りで社交性が低い私だったが、この時は何故か大尉の事がとても気になってしまった。

「私は、ちょっとした気晴らしでここに来たんですが、大尉殿はどうしてここに?」

「はは、殿はいらないよ。タックネームで呼んで貰っても構わない」

「いえ、じゃあキャプテン」

 大尉のタックネームはサンダー(サッド)だった。だけど私は何となく皆と同じに彼を呼ぶ事が嫌に思えた。自分だけは違う呼び方をする事で、大勢いる飛行班の下っ端から私という個人を彼に認識して欲しいと思ってしまった。

「キャプテンは何でここに」

「うん、俺か。俺は星を見に来たんだ」

「???」

 私はちょっと混乱した、だって今はお昼の14時過ぎなのだ。つられて見上げた空にはちょっとした雲が浮かんでいるが澄んた青空が広がっている。

 太陽が眩しい。まあ、太陽も星と言えなくも無いけど…、それとも星を見るって言葉は何か別の事を指す隠語なのだろうか。

「少尉、君は視力いくつだ」

「はい、前回の航空身体検査では2.0でした」

 航空身体検査とは文字通りパイロットが定期的に受けなくてはならない検査で、これに合格しなければ操縦が出来ない。検査の内容は様々だが、視力に関しては遠距離、近距離、深視力、輻輳ふくそう近点、視野、斜位しゃい等々身体測定でお馴染みのものから聞いただけでは何をするのか分からないものまで様々ある。

「2.0か。それなら可能性は有るな、こっちへ来て」

 彼に言われて私は屋上の柵まで移動する。

 そして、私の隣に立った彼は空の一点を指さす。

「あそこだ、分かるかい」

「?」

「うーん、無理か。

 よし、あそこに赤い屋根の民家が有る、そこから右に拳二つ分、鉄塔が有るだろう」

「はい」

「よし、そこから上に鉄塔4つぶんの高さを移動した所」

「…??」

「あー、やっぱり角度が有るとピンポイントで地点指示するのは難しいな。

 よし」

 彼はそう言うと、私の真後ろに回り込んだ。私は彼と柵とに挟まれた形になる。

 ほとんど密着している態勢で更に彼は私の耳元で話し掛ける。

 近い、これじゃ恋人同士の距離だ。ほんのりと彼の体臭も分かってしまう。

 いや、この態勢じゃ私の体臭も彼に届いてるんじゃないか。

「うん、目標授受は縦に重なった方が正確だ」

 この人とんでもない女たらしなんじゃないの、これがわざとじゃ無く自然に出来てるなら尚更だわ。

 私が女に見られて無いなんて事は無いわよね、まさか。

 いや、有り得るわ。単なる同僚、後輩パイロット、小娘。

「もう一度、さっきの通り鉄塔の上を見るんだ」

 ああ、もう。こんな、らぶらぶカップルみたいな態勢じゃ胸の鼓動が大変なことに。

 ああ、もう。鉄塔の上に一体何が見えるって言うのよ。

 ああ、もう!

「どうだ」

「…」

 ああ、もう、ん、何?

「頭は動かさずに視線だけで探すんだ」

「…!」

 抜ける様な青空を背景に白っぽい銀、ほんの小さな点。

 これってホントに星、星なの?

 夜じゃ無いから光ったり瞬いたりはしない、ただの銀色の点。だけど確かにそれは空に有る。

「見つけたみたいだな、慣れない内は視線を外すとまた見つけるのが難しいぞ」

 白昼の残月、空に入り残る月が有るわよね。それをずっとずっと小さく、それこそ針で突いた位に小さくしたサイズの、それは本当に星だった。

「夜が明けても星は消えたりしない、目に見えはしないがそこに在る。

 そして、我々の様な人間だけがその姿を見る事が出来るのさ」

 彼は単に後輩パイロットとのコミュニケーションのつもりだったかも知れないけど、私はこの時恋に落ちたのだと思う。

 今この時、澄んだ青空に私達二人だけが星を見ている。

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