第20話 やっぱ戦闘ヘリって必要でしょ
「東南アジアでの任務が決まった」
サッドが飛行班へ入ってくるなりそう宣言した。
「どうした、帰ってくるなりそれか」
ハーレーが言った通り、サッドは朝からシアトル中心市街地に有るA・A社の本部オフィスに行っていたのだ。
「説明を」
流石にダークも無駄に整った顔に怪訝な表情を浮かべている。
「よし、聞いてくれ。
うちの営業が仕事を取って来た。
東南アジア地域で米軍が安定化作戦を実施しているのは知ってるな。いつもの様にその後方業務の大部分をPMSC(民間軍事警備会社)が請け負ってるんだが、兵站その中でも輸送業務に問題が起きているらしい」
「輸送に問題って事は、ゲリラにでもコンボイが襲撃されてるって事か」
「その通りだ、まだそれ程深刻化はしてない様だが楽観視は出来ないという判断らしい」
「ん、どういう事かしら。兵站、殊に補給線の確保は軍事作戦の基本だわ、糧食や弾薬が無ければ幾ら精強な部隊でも戦力を十分に発揮出来ないのは常識よね。つまり軍にしたって敵が補給線を狙ってくる事は分かり切ってた筈では?」
そんなダークの言葉を引き継いでハーレーも疑問を口にする。
「そうだよな、特にアメリカは制空権の確保が前提の作戦行動が基本だ。補給線が危ういってのはどういう事だい」
「ああ、その制空権の問題だよ。
制空権と言うか航空優勢は、まあ政府側が確保している状況なんだが、季節が良くない」
「季節?」
「ああ!
ハーレーもダークもいまいちピンと来てない様子ね。
「梅雨、いえ雨期が来たんですね」
やっと私も話に入れたわ。四季の有る国、日本出身ですからね。
でも残念ながら、なんで雨期が補給線の確保と関係あるか迄はさっぱりなんだけど。
「ああー、空軍のCAS(Close Air Support:キャス 近接航空支援)に支障が出てるのか」
ハーレーは、雨期っていう単語だけで理解したみたい。
「そうだ、CAS(キャス)はA―10の担任なんだが、シーリング(雲低高度)が低すぎるらしくてな」
「確かに、固定翼機のA―10じゃあ雲の下に潜り込むのはしんどいですね。特にゲリラによる襲撃みたいな彼我混交してる状況じゃレーザー誘導爆弾も使用に制限を受けるでしょうし」
ちぇ、ダークお前もか。
「あのー、もうちょっと詳しく教えて貰えませんか」
しょうがないじゃない、私だけ軍隊の経験が無いんだから。飛ぶ事ならばまだしも、軍事行動に関してはまだまだ素人同然なのよ。
「あー、CASは分かるか?クローズ、つまり地上部隊と密接に連携した航空攻撃の事なんだが。
で、A―10って言うのが対地攻撃を得意とする空軍の攻撃機だ。
対地攻撃が得意って言うか、元々対地攻撃するために開発された機体でな。対地攻撃に特化してるから当然低空・低速で攻撃力を発揮出来るし、敵の対空攻撃から生き残る為の工夫も随所にされてるタフな機体なんだ」
「へえー、そうなんですか」
「ほら、これが画像だ」
ハーレーがパソコンでA―10を見せてくれた。
「ほうほう、これがA―10ですか。確かに普通の戦闘機とはちょっと違いますね。
翼が真っ直ぐだし、エンジンの場所も、翼の下や胴体の中じゃなくっておしりの方に外付けなんですね、チヌークみたい」
チヌークはCH―47って言う大型の輸送ヘリコプターの事よ、メイン・ローターが前後に二つ付いてるのが外見上の特徴ね。
「湾岸戦争では、同じ対地攻撃を担任するアパッチが砂漠の環境に対応するのに苦労してたのとは対照的にA―10は大活躍したんだよ」
アパッチはAH―64って言う戦闘ヘリよ、今も米陸軍航空隊の主力戦闘ヘリね。
「そう、作戦環境が砂漠地帯で晴天続きだった事がA―10にとって幸いだった様だ。
ここで今回の雨期に話が繋がる訳だ、いくら低空・低速の運動性能が良好とはいえ、所詮固定翼機であるA―10では低シーリング(雲低高度が低い)環境の中では十分に能力を発揮できない、今度はヘリの出番って訳さ」
「まあそうですよね、地面に近い空で最大限に性能を発揮できるのは、我々ヘリコプターの独壇場ですから」
「そう言う訳で、輸送部隊の護衛をヘリにって話になったんだが。現地に派遣されてる軍のヘリコプター部隊はA―10に代わって今のところ前線に貼り付けになってるらしい。もともとの数にも余裕が無かった様で、他の任務に回すには厳しい状態らしい。
輸送部隊への被害がまだそれ程深刻で無い事も軍が積極的に動かない理由の一つに有る様だが、だからといって放置する訳にもいかずウチにお鉢が回ってきたって寸法さ。
名目は輸送支援だ」
「なる程ね、まあ分かる話か。攻撃ヘリコプター不要論なんてものが囁かれてる様なご時世、A―10に代わって任務を遂行するとなりゃあ航空隊の上の方じゃ俄然張り切るだろうし前線に出てる人間に否は無い。後方業務が重要とは言え現に任務を遂行している前線から戦力を引き抜くのは難しいだろうなあ」
「え、そんな攻撃ヘリ不要論なんて有るんですか?」
「何時の時代もそう言う事が起こるものだ。今話題に上がったA―10も湾岸戦争の活躍が有るまでは他の機種へ任務を明け渡して退役する流れだったし、ベトナム戦争前はミサイル万能論でその当時開発された新型戦闘機には機関銃が搭載されなくなった。更に遡ると第2次世界大戦の前は爆撃機の高速化で戦闘機不要論なんて、今考えれば馬鹿げた考えが軍に蔓延った事も有るぞ。
他の装備に代替出来る様な任務であれば、統合整備されて消え去って行く兵器もあるだろうが、今々戦闘ヘリが無くなる事は有るまいよ。現に我々にお呼びが掛かってるしな」
「そうですか、なんか安心しました」
「サッド、じゃああの二人も合流するのか」
あの二人?ああ、中東の方へ派遣されたままのメンバーね。えーと誰さんだっけ。
「マジックとスージーは来ない、我々と入れ違いにここシアトルに戻って来る予定だ」
「まあ、奴らもいい加減ホームに帰ってゆっくりしたいだろうしな」
あら、残念。
「そういう事だ。だから、向こうにはここにいる4人とサーペント2機で向かう。
出国は10日後だ」
◆
と、言う訳で話は冒頭へと繋がるのよ。
私は居住コンテナに戻りつつダークにこう告げた。
「DZ(ドリズル:霧雨)もそうだけど、雨が止んでても常にBR(ビーアール:もや)やHZ(ヘイズ:煙霧)が出てるから自慢の視力も活躍の場が無いわね」
BRもHZも視程障害現象よ。厳密に何m以上とか何m以下とか基準があるけど、ま、そこまではいいわよね。
うん。この前、ダークと視力について話題になった事があったの。
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