第18話 昔のサッドって
サッドとハーレーが所用で席を外した為ダークと二人きりになった私は、取り敢えず共通の話題を探して話し掛けてみた。
「あの~ダーク、サッドって操縦が上手いのは勿論だけど、人に教えるのも上手だよね」
隣の机でパソコンを使って書類作業をしてたダークが、ギュンって音が聞こえそうな程の勢いでこちらに向き直った。
怖っ、どんだけサッドが好きなの。
「キャプテンは私やハーレーとは違う、多分あなたとも」
「?」
「私やハーレーって自分で言うのも何だけど操縦のセンスが有るわ。あなたは飛行学校でどれだけ苦労した?」
「まあ、そこそこは」
「私が初めて部隊に配属された時、キャプテンは既に今の彼だったわ。
機長として後輩の指導もしてたし、操縦の技量よりも判断能力を求められる指揮官職がフライトする時には、その副操縦士として乗り組んで任務に当たったりもしてた」
「え、機長資格を持っててもコ・パイロットとして飛んだりしてたんですか」
「そうよ、軍は階級社会だもの、階級が上の者とペアを組む時は当然コ・パイロットとして乗務する事になるわ。
特に指揮官機のコ・パイロットは、部隊指揮官でもある機長が操縦以外の戦術的判断に集中できるように、操縦に関して安心して任せられる技量を持つ人間が指名されるのよ。
更に言えば、軍における昇進って操縦の技量とは全く関係ないから」
「え、全く関係ないんですか」
「早くに昇進するような軍人はね、現場と中央のポストを行き来する事で昇進していくの、だからずっと現場で操縦技量を磨いてる様な、つまりキャプテンみたいな人に操縦では敵わないのよ。って言うか、もうそっちはお任せって感じね」
「へえー、そうなんですね」
「そう、偉くなる人も必要だけど、現場を任せられる人も必要。
キャプテンは軍で栄達するより、操縦を極めたいと思ったみたいね」
「はー、そうなんですか」
さっきから私相槌しか打ってないけど、ダークの話は色々と興味有るわ。ダークって口は悪いけど、やっぱりサッドの事になるとちゃんとするのね。
「部隊に配属されたばかりの下っ端パイロットの仕事にはね、部隊に所属する全ての操縦士の飛行記録の管理があるの。飛行時間の管理は勿論パイロットがそれぞれ自分でするけど、飛行記録を管理する用紙に月毎印刷して管理者の決済を受けたり、個人毎の簿冊にまとめたりするのが当時の私の仕事だったの。
だから、キャプテンの過去の飛行記録を見る機会も有ったんだけど、操縦学生時代の彼の飛行時間って凄く多かったの、それは学生時代に他の人より多く飛行訓練をしてたって事よ。
これが意味する事が分かる?」
「え、えーと、訓練に熱心な学生だったって事ですか」
「違うわ。軍の飛行学校では操縦学生に与えられてる訓練時間って皆一緒よ、民間と違ってお金を払って自分だけ多く訓練する事なんて出来ないわ」
「じゃあ、一体どうやって」
「人より多く飛行してる理由は一つ。訓練の査定に落ちて補備教育を受けているからよ」
「査定?」
「そう、軍の飛行学校は民間のそれと違って適正の無い者を何時までも学生として置いておく事は出来ないわ、機材も燃料も税金で賄われているんですもの。
だから、一定の期間内で一定のレベルに達していない者はエリミネート、つまり操縦学生をクビになってしまうの。厳しいかも知れないけど、本人にとっても適正の無いままズルズルと操縦訓練を続けるより新しい道へと進んだ方が為になると思うしね」
「じゃあ、サッドは今は操縦が上手いけど、昔は下手だったって事?」
「私も、飛行記録を見た時はそう思った。ああ、キャプテンも昔は操縦に苦労したんだって。でも」
「でも?」
「それにしても、学生時代の飛行時間が多すぎる。これじゃあ、ほぼ全ての査定に落ちまくってなきゃならない」
「まあでも、そんな事も有るんじゃ無いですか。サッドだって昔はただの学生だったんですから」
「そう、そこが問題なの。あなたは民間の飛行学校でライセンスを取得したから分からないと思うけど、軍の飛行学校では入学から卒業までのマスタースケジュールが決まってるのよ。どういう事か分かる。
さっき、査定の事を話したわよね。査定で不合格になっても即クビって訳じゃないの、一応再査定を受ける事が出来るんだけど、査定に落ちてるんだからレビュー、すなわち再訓練を一定時間受けて、それから改めて再査定を受ける事になる訳ね。
で、再査定に合格すれば、他の皆と一緒の次のカリキュラムへと進めるのよ。
ここで問題となって来るのがマスタースケジュールが決まってるって話。全体の卒業の日程が決まっている訳だから、査定に落ちて再訓練を受けた学生はどうなると思う。
再訓練と再査定を受けた時間だけ他の学生よりカリキュラムが遅れてるわよね、だったら一人だけ卒業が遅れる?
ううん、査定に落ちた学生の為なんかに教育期間を延長する訳が無いわ。卒業式は皆と一緒よ、だったらどうするか。
普通の操縦学生が一日一時間のフライトで進める所を、一日一時間三十分フライトするのよ。遅れた分は一回のフライト時間を多くして調整するの」
「なる程、後が決まってるんだからそうするしか無いですよね」
「簡単に言うけどジュリエット、あなた分かって無いわね。
あなたの飛行練習生時代を思い出してみて、ついこの間の事でしょ。
一日一時間、三日かけて課目を習得するのと、一時間三十分のフライト二日で課目を習得するのとでは同じだと思う?
1フライト毎に教官から指導を受け、自分でも振り返って反省して次の課題を決めて翌日のフライトに臨むでしょ。それが3日あるか、2日しか無いかは大きな違いだと思わない、学生にとっては特にそうでしょうね。
しかもよ、査定に合格した組が3日で、不合格だった方が2日なのよ、もともと技量が劣ってて査定に一度で合格できなかったのに、他の合格した者に合わせる為にフライト時間を調整させられるって事なのよ。
キャプテンの学生時代の飛行時間は査定に落ちた回数が一度や二度じゃ済まない多さだったの。
それって逆に凄くない?
飛行時間は多くても常に厳しい状況で訓練を受け続けなきゃいけなかった筈なのに。
ホントそんな状況なのにどうやってカリキュラムに追いついてたのか凄く疑問に思ったし、実は査定には落ちて無くて他に何か理由が有って飛行時間が多かったんじゃないかって思ったりもしたわ」
「それ、サッドに確認したんですか」
「うふふ」
「え、なに勿体ぶってるんですか。教えて下さいよ」
「あなたも、キャプテンの素晴らしさを噛みしめるといいわ」
「もう、どんだけサッドの事が好きなんですか」
「ふふ、勿論ライクじゃ無くラヴの方だから」
「はいはい、分かってました。私はパイロットとしては尊敬してますがそれだけですから、そこの所宜しくお願いしますね」
「私がこれだけアピールしてるのに、なんでキャプテン振り向いてくれないのかしら」
「え、そうなんですか。他に付き合ってる人がいるとか」
「うーん、何て言ったらいいかしら。
今キャプテンには付き合ってるって言うか、ステディな関係の女性が3人いるのよ、いや4人だったかしら。
だからもう一人くらい増えてもいいと思わない」
「え、4人の女の人と同時にお付き合いしてるんですか。
え、おかしくないですか」
「キャプテンって凄くモテるのよ。それに誰かと結婚してる訳じゃないし、彼女達もそれぞれ納得してるんだから問題ないでしょ」
「そうなんでしょうか。いやいや、やっぱオカシイでしょ」
「いいの、さっきも言ったけど私が納得してるんだから」
「まあ、実際今付き合ってる人全員と別れてダークと付き合ってくださいとは、なかなか言い出せないですかね」
「そう、それも有る。ただキャプテンが誰とも結婚を考えてないみたいだからまだバランスが保たれているのよ」
「何なんですかそれ、もうそんな事私の手に負えないですよ。ラノベの主人公ですか、ハーレムエンドですか。
はああ、サッドが振り向いてくれない理由ですよね、じゃあ単にダークが好みのタイプじゃ無いってだけなんじゃないんですか」
「あなた…、殺すわよ」
「直截すぎぃ。
いやダーク、だってあなたって凄く美人さんでしょ。自覚あるわよね、じゃあ後は相手の好みの問題なんじゃないのかなって。
うーん、それともアピールの仕方が悪いのかも?
てか、それより話を元に戻してくださいよ。
恋バナは好物ですけど、流石に関係が複雑で把握しきれてないですから。
で、サッドの査定の件はどうだったんですか」
「そう仕方が無いわね、じゃ話を戻すけど。キャプテンはやっぱり査定を落ちまくってたそうよ。
キャプテン曰く、才能は無かったけど、適性は有ったんじゃないかって」
「うーん、良くわかんないですね」
「でも、こんな事を言ってたわ。学生時代小手先の誤魔化しはなるべくしない様にしてたって」
「小手先?」
「そう、例えばトラフィック・パターンでの離陸上昇からのレベルオフ。タイミングによっては第一旋回と被ってしまう事有るわよね、上昇から水平飛行へと移らなきゃならない時に一緒に旋回もしなきゃならないなんて学生にとっては悪夢に近い忙しさでしょ、一つの事に気を取られて他が疎かになるなんて、しょっちゅうだったしね。
だから、ある程度飛行に慣れたら教官にこう言われなかった? 自分で自分を難しくしてるんじゃないって。
それってつまり、レベルオフと旋回のタイミング一緒になりそうだと分かったら、それを上手く調整する為に、決められてる上昇率を微調整(誤魔化)して早めに上昇して旋回より先に水平飛行に移行してしまえって事よね。
でもキャプテンは、それをしなかったの。タイミングが悪くてもその状況の中で何とかしようとしたんだって。まあ、飛び始めたばかりの学生がそんな状況を上手く捌ける訳が無いから、当然教官からは技量が劣るって評価を受けてたみたい。
キャプテンは、小手先の技なんてこれから技量が伸びてくれば幾らでも身に付くものだから、今は愚直に基本を追求しようって決めてたんだって」
「へえー、意外と頑固って言うか、らしいと言えばらしいのかも」
「そうね。でもあんまり査定に落ちるもんだから、一度再査定の時小手先の誤魔化しを積極的に使った事が有ったんだって。そしたら、その時の査定官から、この学生が何故再査定を受ける事になったのか分からないって手放しで褒められたらしいの」
「へえー、それは凄いですね。やっぱり、ただの下手くそじゃ無かったって事ですね」
「でも、それには落ちが付いててね。
再査定に無事合格したキャプテンだったけど、その時の担当教官から面子を潰されたって逆に怒られたんだって。まあ、その時の教官同士でどんなやり取りがされてたかは分からないけど」
「う、それはヒドイ。せっかく合格したのに怒られちゃったんだ」
「キャプテンは、自分は操縦が下手だから人よりも努力を積み重ねなきゃって思って、ずっとやって来たって言ってたわ。幸いフライトが好きだから努力って言うほど刻苦勉励した意識は無いとも言ってたけど。
ある本で読んだんだけど一流って言われてる人達に共通する事があって、それは努力を本人は努力って思ってない、強いて言うなら努力する事、努力そのものを楽しんでいるって事なんだって。
私、キャプテンを見てそれを思い出したわ」
「なる程、操縦の指導が上手なのもその辺に理由が有るんですかね」
「そうね、私やハーレーとは確かに違うタイプよ。
因みにアンタも直感で動くタイプみたいだから、注意しときなさい。才能の上に胡坐をかいてたら技量の伸びは止まるし、直ぐに死ぬわよ、比喩的な意味じゃなくね」
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