第17話 守破離 

 って言う事で、話はハーレーとダークのオートロ訓練に戻るわね。

「サッド、私オートロの訓練って学生時代は真っ直ぐに降りる方法しかやってないんですけど?」

「ああ、基本は直進オートロだ。しかし安全に降りる為にはそれなりの着陸適地ってものがあるだろう。それが進行方向に無ければ、旋回してそこへ向かう事も当然必要になる」

「なる程、それが旋回オートロなんですね」

「そうだ、そしてそれは基本180°(ワンエイティー)か、360°(スリーシックスティー)になる訳だ」

 ふむふむ、確かに180°と360°が出来ればそれを応用して大抵の状況に対応できるわよね。


「だからハーレー、今回は失敗したけど次は絶対上手くいくわ。間違いない」

「ダーク、そもそもブリーフィングでは360°オートロしか計画してなかったじゃ無いか。事前に打ち合わせも無く勝手に訓練内容を変更するなよ」

「う、仕方ないじゃない! 閃いたのよ。そしたら試したくなるでしょ」

「何をそれがさも一般的な事の様に言ってるんだ、そもそも閃きって言うけど、お前のそれは思い付きって言うんだ、バカ」

「何よ、閃きと思い付きって何が違うのよ、このファ●ット」

 うん、ダーク今ハーレーにバカって言われてそれ以上の事をさらっと言い返したわね。

 こんなに可愛いのに、残念すぎる。

「いいか、サッドが言えば閃きでお前が言えば思い付きだ。あと俺は男は嫌いだ」

「キャプテンを引き合いに出すなんて卑怯よ」

「それに360°以上回って何に使うんだ。意味が有るのかよ」

「そ、それは…。あ! そうよ、サークルを広く取れない様な狭い地形の時に役に立つわ」

「お前それ、今思い付いただろう。それにそんなやり方フライトマニュアルに載ってないぞ」

「何よ、操縦教程に載ってる課目しか訓練しないなんて、ちっとも面白くないわ」

「! それって、破ですよね!ダーク」

 私は思わず二人の会話に割り込んでしまった、だってこんな事思ってもみなかったんだもん、凄いわ。

「ハ、何。マ●ッツ」

「破です、破。日本語なんですけど、えーと。日本の武道のですね、修行の過程を表した言葉で、守・破・離って言うんですよ、元々は茶道から来た言葉って言われてるんですけど」

 突然の私のテンションにダークもハーレーも呆れてるみたい、でも止められないわ。

「えーとですね、修行って言うのはまず師匠から習った型を徹底的に守りますよね。うーん、操縦で言えば基本基礎の徹底に当たるんですかね。それが守です」

「そう、それで」 

「でもそれじゃ、半人前な訳ですよ。だって言われた事しか出来ないって事ですから。だから、そこから自分なりのアレンジって言うんですかね、試行錯誤が必要になって来るんです。それが破です」

 勢いで話し始めちゃったけど、とりあえず皆聞いてくれてるみたい。ダークも一応興味があるような態度だし続けていいよね。

「それで最後が離です。破の段階から更に修練を重ねて、師匠の型、自分の型、つまり操縦教程に載ってる様な基本とそこから自分で工夫した技の両方に精通する事で、いわば型から離れて自在になれる訳ですよ。

 独創性って言いますか、うーん新しい技を生み出す事? 武道で言えば自分の流派を生み出す事ですかね。それが、離って事なんです。

 私、ヘリの操縦って教程に載ってる事以外はしちゃイケナイって思ってたんですよ、勝手に。でも、そうじゃないんですよね当然。一つの道を極めようと思ったら自ずとそこには、その人なりの工夫があって然るべきなんですよね!」

 そんな私の勢いにやや呆れながらも、サッドがこう言ってくれた。

「その通りだ、何もマニュアルに書いてある事が全てじゃ無い。俺も先輩パイロットから伝授された技や自分で編み出した独自の技を持っているからな。

 創意工夫の精神は重要だと俺も思う。

 ただ、マニュアルから外れた操縦をするなら、尚更安全には万全を期さなきゃならないぞ、それにはクルー相互の意思の疎通が大事だ。新しい事をしようと思ったら、事前の準備をしっかりしなくちゃ駄目だ。

 ダーク、そういう事だ」

「はい、キャプテン」

 さすがサッド。私の暴走も合わせてなんか上手くまとめたわ。でもサッドが編み出した技ってどんなのかしら、今度私にも見せて欲しいわ。

「ジュリエット、ブドーってサムライのアートなのかい?やけに詳しそうだけど」

「ええ、ハーレー。実は私、抜刀術を学んでまして。所謂日本刀を使った戦闘技術なんですけど」

「へえ、ジュリエットはサムライ・ガールなんだな」

「いや、その言い方はちょっと」

 うん、うちの田舎がなんか居合の始祖と関係が有るとか無いとかで小学校に上がる前から道場に通わされてたんだよね。だから普段はあまり意識しないけど、そういう所作なんかが生活の一部になっちゃってるのよね、体の使い方とかが無意識に流派の動きになってるらしいんだけど。

 私の名前もそうなのよね、田舎の風習的なモノみたいで本家の曾ばあちゃんが周りの意見を押し切って付けたみたいなの。

 それにしても熊って… あ~、因みに第2候補は虎だったらしいわ。

 まあ、うちの田舎って意外と古い風習が残ってるのよね、地名にしてもそう。役所に届けてるものと地元の人が呼んでるのとじゃ漢字は同じだけど発音が全然違ってたりするし。それ以外にも、お祭りの旗竿や鯉のぼりの竿みたいな物は一切掲げないとかあるのよね、多分理由を聞けば知ってる人もいるんだろうけど、私はあんま興味無かったから知らない。

 この仕事に就くときも、PMSC(民間軍事警備会社)なんて普通は女の子って事で反対されそうに思うけど、意外とすんなりと認めて貰ったのよ。やっぱり血筋だみたいな事を言ってたけど、武闘派が多い家系なのかも。

「よし、話を戻すぞ。ダーク、旋回オートロで回り切れなかったみたいだが、何が原因か分かってるのか」

「はいキャプテン、多分エントリーした時にボールの修正が遅れて、なかなか機体の滑りを止められなかったからだと思います」

「なる程、そうだな。エンジンをアイドルにした時、機首が左を向こうとするからその初動を上手く制しないと機体が安定しない。

 特に旋回中にボールが飛んでいれば(旋回傾斜計についている機体のドリフトを示すボールが中央から外れていれば=機体が滑っていれば)機体の降下率はとても大きくなってしまうからな」

「はい、自分が思った以上に高度損失が大きくて驚いてしまいました」

「うん、逆に言えばノーマルのアプローチ時、停止目標をオーバーしそうな時はわざとボールを滑らせて降下率を調整してゴーアラウンドを回避する事も出来るぞ」

「あ、ハーレーがやってるのを見たことが有ります」

「ハハ、いやーホントはそんな風にオーバーしそうになる前にキチンと機体重量やエントリ―位置やなんかをアレしておけば良いだけなんだけどな。まあ、知っておいて損は無い技術では有るけどね」

 ふーん、私も今度試してみよ。ハーレーって性格が軽いからあまりそうは見えないけど、操縦の腕は確かなのよね~。

「俺が操縦学校を卒業して初めて配属された部隊のあった飛行場は、比較的市街地に近い場所にあってな。近隣への騒音対策やその他諸々の事情でトラフィック・パターン(場周経路)が四角じゃ無くて変則的な形をしていたんだよ。

 特に風向きによってはファイナル(最終進入)の直線部分が短くてね。オートロ訓練の時には、エントリーしてから機体を90°捻りながら降下しなくちゃならなかったんだよ。だから、自然と機体の滑りをコントロールする技術は上達したな」

 へー、皆色んな経験をしてるのね。

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