第四章 フライトはそもそも命懸け 第12話 接敵機動
空においては無謀でない程度に積極的でなければならない。
敵が不利な状況では必ずイニシアチブを取れ。
常に視力と体力の向上に努め、何事かを考える前に自動的に機体を操れるよう手足と目を完璧に同調させよ。
ロイヤル・エアフォース 少佐 マーマデューク・パドル
「正面の稜線を超越したら、右旋回して谷沿いに飛行します」
私は、サッドにそう報告してサーペントを僅かに上昇させる。
今の状況はと言うと、飛行場からほど近いある場所の谷底を這いずり回っている最中。
外を見ると、V字型の斜面が左右から迫っていて更にその頂が自分の目線より上にある。
普通なら完全に航空法違反だ。
通常の場合、どこにでも着陸出来るヘリコプターといえど地面や建造物などからある程度の距離を取って飛行しなければならない。
自由気ままに、地面に降り立つ事は出来ないのだ。
たまに飛行場以外に着陸しているヘリを見かけるかもしれないけど、それはキチンと事前に許可を取っているのである。
で、私達が今飛行している場所は、会社が国から許可を受けている低空域訓練エリアって訳。
正面からは谷の斜面が迫ってくる。私はその斜面に近づきすぎない様に、十分手前から上昇を開始する。
サッドに報告したように稜線を越えなくちゃならないんだけど、上昇し過ぎてもいけない。
今は接敵機動の訓練中。
何の為に谷底を飛行してるかって言えば、敵のレーダーや偵察部隊の目から逃れる為なの。だから稜線を越える前に向こう側がどうなっているか確認する必要が有るけど、敵に暴露する可能性の有る行動は極力避けなきゃならないって訳。
私は、機体を稜線より僅かに高く上昇させ進路の奥、稜線の向こう側を確認。すぐに高度を下げる。
稜線より向こうの安全は確認した。
「前方クリア」
それから改めて斜面に沿って上昇を開始、稜線を超越する際はスキッドが梢を擦るギリギリのクリアランスで飛行する。
超越後はそのまま斜面に沿って降下、次は右の隘路へと滑り込む。
サーペントの巡航速度は150kt(ノット)だけど現在の速度は70ktまで減速してる。とは言え70ktって時速130キロ程度だからそれでも相当の速さで吹っ飛んでる事になるんだけどね。
私の感覚は地面にいる日常から空中のそれへと完全に切り替わっている。
速度感覚はkt(ノット)、距離はNM(ノーチカル・マイル:海哩)、高さはft(フィート)へと。そして、谷底を70kt(130km/h)で飛行する事になんら不安を感じず平然とそれに対応出来る領域に意識がシフトしている。
現在の様に、谷底を飛んだり、斜面に沿って上昇、降下したりする飛行方式を「CF」(カンター・フライト)〈地形追随飛行〉と呼ぶ。
接敵機動は大きく3つに分けられており、敵の脅威の度が低い順に
「LLF」(Low Level Flight)〈超低空水平飛行〉
「CF」(Contour Flight)〈地形追随飛行〉
「NOE」(Nap of the Earth)〈匍匐飛行〉
となっており、敵情・地形に応じてそれらを適宜組み合わせて飛行するのだ。
CF(地形追随飛行)から、更にNOE(匍匐飛行)になると、一定に保っていた速度を地形に応じて変化させる様になる。
逆に言えば、NOEは一定の速度を保ってなんて飛べない所を飛ぶって事になる。木と木の隙間や障害物の間を縫い、溝や窪地、河床まで利用して地表面に膚接して飛行する事になるのだ。
NOEは、直訳すると「地球のしわ」になるのだが、日本語訳の「匍匐飛行」って言葉の方がピッタリだと思う。正に歩兵が地形を利用して敵に近づく感じとヘリの飛び方が合っている。分隊や小隊で行動する時など、一方が掩護態勢を取っている間にもう一方が前進する、なんて事もするのだ。
そんな接敵機動だが難しい点は、地面近くの障害物を避けて飛ぶ事もそうなのだけれど実はもう一つある。それが「地点標定」だ。
有視界飛行で飛ぶ場合、今自分がどこを飛んでいるかを判断するのは地表の様子、つまり地形・地物を参考にしてる。
だから、飛行の準備段階では地図を使って航法を計画し、その計画した経路を実際に今、正しく飛行出来ているかを判断するのに、地上の街や著明な建物、道路、河、山の形などを見ているという事である。
では実際に接敵機動中の航法で何が難しいかという話であるが、接敵機動の場合、飛行してる高度が問題なのだ。
地表面の様子を確認するには高い所を飛んでいる方が有利である。その理由は、飛行高度が高ければ高い程、遠く或いは広い範囲の目標を早くから確認出来るからだ。
つまり、接敵機動の様に飛行高度が低くなればなる程、確認できる地上の範囲は逆に狭くなり、結果目標とする地形が突然目の前に現れる事になる。
経路上に村落や川などがあればいいが、人っ子一人居ない山奥の谷間を飛行していて、今目の前に見える稜線や谷が、計画した地図上のどこなのかを判断するのは難しい。
車の様に道路の上を走ってる訳じゃ無い、空中には標識も無ければ交差点も無い。航法の為に用意した地図に自分で計画した経路を示す線が引いてあるだけなのだ。
谷底に沿って飛行しているかと思えば、分かれ道でもないのに、右や左に旋回したり、稜線を幾つも越えたりしなければならない。
そんな時、もし飛び越える稜線を一つ間違えたとしたら?計画とは全然違うトンデモナイ場所に行きついてしまうかもしれない。
では、経路を逸脱しない方法とは何か。
一つは、飛行経路の一般方向を意識すること。
概ね何度の方位を目指して飛べばいいかを知っておけば、地形に沿って左右に蛇行しても最終的に間違った方向へ飛んでないかだけは、判断できる。
そして、時間管理だ。
変針点から次の変針点までの距離が分かってれば、自分が何ノットで飛んでるかで到達時間が分かる。
だから、その辺の情報は予め航法計画をした時に割り出しておいて、飛行経路図をプロットした地図に書き込んである。
そして最後は、地図の読み方。
一口に地図と言っても色々な種類が有る。一般の人に馴染みが有るのは道路地図や、観光地図などだろうか。よく書店に一つのコーナーとしてまとめられていると思う。
でも私たちが使うのは、航空図と地形図である。
航空図には、飛行場やその管制圏、使用周波数、ヘリポートや滑空場などが載っている。それ以外にも航法無線援助施設の位置と周波数、ラジオ放送局のアンテナと周波数、それに障害物の場所と高さ等だ。
航法無線援助施設と言うのはいくつか種類があり、何れも地上に設置された施設から電波を発射している。
航空機はその電波を受信する事で電波の方向、つまり無線施設の位置を知る事が出来る仕組みだ。無線施設の種類によっては方向だけじゃ無く距離を教えてくれる物もある。
無線施設の位置を知る事で自分の位置が確認出来る訳だ。
航空図というものは、航空機の航法用の地図なのである。
そして接敵機動で活用するのは、もう一つの方の「地形図」である。
地形図?地図と地形図とは違う物なのか。言葉が違えば、当然その意味する物も違う。
地形図と云うのは、土地の起伏を表現する地図の一種なのだ。地形だけではなく自然の状態や、施設を含めた土地の状態も表示しており、地形の表現には等高線が用いられている。
だから登山をする人には馴染みが深いかも知れない。大きな書店には、アウトドアのコーナーに地形図が置いてあったりする。
私達はその地形図を見て、計画の段階からこれから飛ぶ経路の実際の地形がどうなっているのかを具体的に頭の中に思い浮かべられなければならないのだ。
地図から受けるイメージと、実際に飛行して機上から見た情景が始めから一致してる人は少ないと思う。
地図上では凄く目立つ目標に見えても、実際に飛んでみると周りの景色に紛れて標定するのに苦労した、なんてことはヘリのパイロットではよく聞く話だ。
だから、地点標定能力を向上させる為には、普段のフライトから地図と実際の地形との差を意識する事が重要になってくる。
良く言われるのは、「大観小察」。
地形には相似形を成している物がよく有る。
川の屈曲部を変針点の目標に設定した場合、その屈曲部だけを見ようとすると、近くにある他の似たような地形に惑わされてしまう事があるのだ。
川の屈曲部を目標にしたら、その周辺の地形や地物も併せて把握しておいて、全体の位置関係がどうなっているかを頭に入れておかないと正しい地点標定は難しい。
正しく目標を標定する為には、目標そのものだけで無く地形を大きく捉えて周辺の状況からも正しい目標かどうかを判断する必要があるって事だ。
余裕が有れば正しい経路を飛行する為の目標だけでは無く、これが見えたら正しい経路から外れているという目標も把握していれば完璧だろう。まあ、これはなかなか難しい事だけれど。
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