第11話 3舵のコーディネート
それじゃ、管制塔からの許可も出てるし、移動を開始しましょう。
私は誘導員の指示に合わせ両足のラダー・ペダルをジワリと操作して方向を変える。まずは高度が変化しない様、位置がずれない様、ホバリングしているポジションをキープする事に気を付けながらその場で旋回だ、旋回の中心軸は間違っても自分じゃ無くてローター・マストよ。
次にサイクリック・スティックをほんの少し前方へ倒す。するとローターディスクも前に傾き機体はゆっくりと前進を始める、滑走路へのエア・タクシー開始だ。
ただし、そのままだと機体は降下を始めて放っておくと地面に接触してしまう。
理由はホバリング状態で釣り合っていた上方への推力成分が、ローターディスクが前進の為に前方へ傾くことで減少してしまったから。
だから、減少した分の上方への推力を補うため左手のコレクティブ・レバーをやはりほんの少し上に操作する。
コレクティブの操舵量が多過ぎれば、機体は上昇を始めてしまうし、少なければ降下が止まらない。丁度いい量の操作が必要だ。
ここで残念なお知らせがあります。
高度を維持する為にコレクティブを操作しましたが、コレクティブを操作するとトルクが変化するので、そのままだと機首の向きが変わってしまいます。
前にも説明した「操縦のカップリング」である。機体が降下しない様にコレクティブを上げると、機首は右を向いちゃうんでラダー・ペダルの左を少し踏み込んで、機首方向が変化しない様にしなきゃならない。
当然これも、ラダーの踏み込む量が適切である必要があります。
多ければヘリコプターは左を向いちゃうし、少なければ右を向いちゃいます。
ホバリングしているヘリコプターが前進を開始する時の操縦は次の3つ。
1 サイクリック・スティックを前方に倒す
2 コレクティブ・レバーを上げる
3 ラダー・ペダルの左を踏む
以上をすべて調和させなければならないのだ。
このサイクリック、コレクティブ、ラダーの調和を「3舵のコーディネート」と言いヘリコプター操縦の重要な基本要素となっている。
これが出来ないと、ただ真っ直ぐ進むだけでも高度が変化し、機首方向が定まらず、酷くみっともなくなってしまう。
ただ単純にホバリングから前進するだけでもこれだけの事が必要なのだ。
基本中の基本だから、今では特別に意識しなくても自然とそれぞれの操作が出来る様になったけどね、慢心なんてしてる暇無いわ、操縦の道は奥が深い。
それに私、操縦は基本的に楽しいし、上達の為の努力も不思議と苦じゃないのよね。
さて。
エプロン(駐機場)からランウェイ(滑走路)までは舗装されたタクシーウェイ(誘導路)が通っているけど、ホバリングしているヘリは空中に浮いてるわけだから地面の状態に関係なく移動出来るわ。
もちろん、管制官から「ディレクト」(直行せよ)って指示があったから直接滑走路に向かってるんだけどね。場合によっては「ヴィア A(アルファー)タクシーウェイ」(Aタクシーウェイを経由せよ)って指示が来ることもあるわ、その時は空中に浮かんだ状態でタクシーウェイに沿って移動するのよ。
管制官からは「ランウェイ34」って指示も同時に出ていたけど、それって現在のアクティブ・ランウェイは34(スリーフォー)ですって事。
全世界の飛行場共通で滑走路には磁方位に基づいて番号が付けられてる。
レントン飛行場の滑走路は一本だけど使用する方向によって、340°方向のランウェイ34か反対方位160°のランウェイ16(ワンシックス)になる訳。
ランウェイが34だから、私は滑走路へ向けて移動(エア・タクシー)しながら160°方向を確認する。
ランウェイ34なのに、なんで反対方向の160°を確認するかって言うと。
ファイナル、つまり最終進入方向を確認して着陸して来る航空機が無いかを確認したの。他の航空機が着陸しようとしてるのに滑走路に進入なんかしたら大事になっちゃうわ。
たとえ管制官から指示が出ていても最終的な責任はパイロットにあるからね。航空機の運航に関する最終的な全ての責任は操縦士(機長)に有るのよ。
「クリアド・ファイナル(滑走路に最終進入してくる航空機無し)、ランウェイに進入します」
サッドに報告して、タクシーウェイからランウェイに進入する。
ランウェイの中央でホバリングしている私は、離陸前にもう一度周辺を確認する。
「右後方良し、左良し、クリアリング・ターン」
クリアリング・ターンとは。
その場で90度旋回して、ファイナルや、その他離陸に支障がある物が無いかの最終確認をする事よ。
今回左に旋回するのに右後方を確認したのは、機体の後方で回ってるテール・ローターに注意する為。
テール・ローターは操縦席から10m以上離れている、だから旋回した時にきちんとテール・ローターの通り道に障害物が無いかを確認する事は重要だ。
「よしジュリエット、出発しよう」
クリアリング・ターンを終え、ランウェイ上で安定した事を確認したサッドがそう告げる。
「はい、離陸要求します」
管制塔からはランウェイへの移動許可しか貰ってないから、ここで改めて離陸の許可を要求する。
「レントンタワー、サーペント09。パターン・フライト、レディ」
(レントン管制塔へ、こちらサーペント09。場周飛行の為の離陸許可願います)
『サーペント09、レントンタワー。ランウェイ34、ウィンド330(スリースリーゼロ)アット10(ワンゼロ)、クリアド フォー テイクオフ』
管制塔から離陸の許可が来た、アクティブランウェイは34、風は330°方向で10ノット、ほぼ正対風ね。
正対風、つまり向かい風って事よ。
一般的に向かい風って慣用句としてはあまり良い意味では使われないけど、こと航空関係で言えば逆の意味を持つの。
翼が揚力を発生させるにはその周りを空気が通り過ぎる事が必要よ、だから飛行機は常に前進し続けなければいけないし、或る速度を切ってしまえば失速して墜落してしまう。
ヘリコプターが空中の一点で停止できるのはローターが回転し続けて、常に風を受け続けている状態を作り出しているからよ。
そんなヘリコプターでも、必ず向かい風で離陸や着陸をするの。
「ランウェイ34、サーペント09」
(使用ランウェイは34、サーペント09離陸します)
ランウェイ方向は重要なので必ずタワーにリードバック(復唱)する。
そして、最終的に各種計器の指示に異常が無いかを確認して、機長へ報告。
「N2 100(%)(ワンハンドレッド)、ワーニング、コーションOFF、フュエル1180(lbs:ポンド)、離陸」
N2(エヌツー)とは、N2回転計の事。エンジン計器の一つで、パワータービンの回転数を表示しているの、通常の計器指示は100%、所謂フルスロットル状態を示しているわ。
それと、ワーニング・ライトとコーション・ライトが点灯してないかも確認よ。
最後に燃料計の値を確認。
その理由は、飛行に必要な燃料があるかだけでなく、機体の重量が現在幾らあるかも併せて確認してるのよ。前に話した通り、燃料の量によって機体の重量が大きく変わってくるの、操縦装置の操作に対して機体がどんな反応を示すのかを常に把握しておく事はとっても重要よ。
私は、サイクリック・スティックをそっと前に倒して離陸操作を開始する。
サッドがラジオ(無線機)のチャネルを変更して、会社の通信班へ連絡を入れる。
「アルファルファ、サーペント09パターンフライト開始」
『サーペント09へ、こちらアルファルファ了解』
アルファルファは、A・A(エア・アーマー)社のカンパニー・ラジオのコールサインで、私達の格納庫にある通信班との無線交信に使用するの。
当然周波数も、タワー(管制塔)とは別になっているわ。
タワーとの交信は、飛行場周辺を飛行する全ての航空機がモニターしているから、直接飛行場の運航とは関係ない会社関係の通信は、それ専用の周波数を使って行ってるのよ。
例えば昼飯に遅れそうだから、弁当を買っておいてくれ。なんて、タワーに連絡出来ないでしょ。
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