第10話 安定性とクロス・カップリング 

 みんなが見慣れてるヘリコプターのスタイルって、機体の中央に大きな回転する翼(ずばりそのもの回転翼って言うわ)を持っていて、後ろに伸びた尻尾の先にもう一つ小さな回転翼が配置されている形式よね。

 これがヘリコプターの典型的な形態の一つでシングルローター・ヘリコプターって呼ばれるものよ、私達のサーペントもそうね。

 大きい回転翼はメイン・ローターって呼ばれていて、機体の重量を支え、また推進力を作り出すの。

 一方小さい回転翼はテール・ローターって呼ばれて、メイン・ローターのトルクを相殺し、また方向制御のモーメントを作り出してるのよ。

 うーん、難しいかしら。専門的な事を専門用語を使わずに説明するのって意外と苦労するのよね。

 いい、右手のサイクリック・スティックを動かすことでメインローターの回転面(ローターディスク)が動いて、それに合わせて機体も動くの。

 前進したいときは、スティックを前に倒せば、ローターディスクが前に傾いて機体もそれに追随するって訳。

 車だったら、加速するためにはアクセルペダルを踏むし、飛行機だったらスロットルレバーを操作するわ。

 でも、ヘリコプターが加速する時は操縦桿を操作してローターディスクを大きく傾けるのよ。

 ヘリコプターにも、エンジンの回転数を制御するスロットルが付いているけど、通常はいつも全開になってるの。常にフル・スロットルよ。

 メイン・ローターやテール・ローターの回転数を増やしたり、減らしたりして推力を調整してる訳じゃないの。ローターの回転数は常に一定で、各ブレードの角度を変更することで揚力(推力)をコントロールしているのよ。

 左手のコレクティブ・レバーについては、さっきも説明したかもだけど、機体の上昇、降下をコントロールするのよ。(厳密に言えばちょっと違うんだけどね)

 コレクティブを操作することで各ローターブレードの角度を同時に変えて、それによってローターディスク全体の揚力を増減させているの。

 最後は両足で操作するラダー・ペダルね。

 頭の上でブンブン回ってるメイン・ローターには当然反トルクが発生するから、そのままだと機体はローターの回転する方向とは反対に回りだしちゃうわ。

 それを制御してるのが尻尾の先で回ってるテール・ローターなのよ。

 両足のラダー・ペダルを操作する事でテール・ローターのブレードの角度を変えて揚力(推力)を増減させて、機首の方向をコントロールしてるの。

 とっても大雑把だけど、これがヘリコプターの飛ぶ仕組みよ。


 次に飛行機の安定性って事について話すけど、聞いてね。

 普通の飛行機って安定性が「正」なの。でもヘリコプターは逆、安定性は「負」なのよ。

 これって重要!

 じゃあ、どうゆう事なのか説明するわよ。

 2つのボールを思い浮かべてみて。

 一つは紐にぶら下がっている。そのボールに外側から力を加えても、ボールは時間が経てば元の位置に戻るわよね。これが安定性が「正」って事。

 次にもう一つ、これはボール板の上に乗っている。ただしその板は真ん中が出っ張ててボールが動いたら元の場所に戻ることは無い。これが安定性が「負」って事ね。

 普通の飛行機は飛行中に風なんかで姿勢が乱されても、紐にぶら下がってるボールが元に戻る様に、勝手に元の姿勢に戻ろうとする力があるの。極端な話、操縦桿から手を離せば、機体が勝手に元の安定した姿勢に戻ってくれるのよ。

 でもヘリコプターは違うの、姿勢が乱れたらパイロットが自分で機体を操縦して元の姿勢に戻さなければ、バランスを崩して最悪墜落してしまうのよ。

 さっきの例えで言うなら、板の上のボールを真ん中に保持し続けなきゃなんないとして。もしボールが動いてしまったら、その板を傾けてボールを元の真ん中に戻そうとする様なものね。

 戻そうとした板の傾きがちょっとでも大きければボールは元の位置を通り過ぎて逆方向に行き過ぎちゃうし、傾きが小さければ元には戻らないわ。或いは戻るのに時間が掛かりすぎるかもね。

 それと傾けた板を戻すタイミングも重要になって来るわ。

 正しい向きに正しい角度で傾けて、正しいタイミングで傾きを戻さなくちゃならないし、場合によっては一度逆に傾けてボールの惰性を上手く殺さなくちゃならないかも。

 ヘリコプターの操縦ってのは、その繰り返しなのよ。


 次はヘリコプターならではの飛行、ホバリングについての説明よ。

 ホバリングを安定させるコツは、視界を広く持ってなるべく多くの目標を取る事かしら。

 板の上のボールの場合は、外から俯瞰で見てるからボールが中心から動けばすぐに分かる、だから修正の動きも小さくて済むわよね。

 じゃあ、自分がボールの中に居たらどうかしら。

 ヘリのコクピットから、ほんの数10センチ、或るいは数センチの動きを判断しなきゃならないわ。

 操縦を始めたばかりの時は、まあ当然そんな事は出来ないわ。機体が数メートルも動いてやっとそれに気づいて修正の舵を使う訳。

 その時教官パイロットから教えられるのは「元の場所に戻ろうとするな、まずその場所で止まって、それから改めて元の場所に移動しろ」って事。

 板の上のボールと同じ。ボールを長い距離動かして一気に元に戻そうとすれば、それだけ板を傾ける角度を急にしなきゃならないし、ボールにも勢いが付いて止めるのも難しくなるわ。

 操縦を始めたばかりの素人に、そんな事は無理。例えそうしようとしても、あっという間に自分の操縦でバランスを崩し、教官に助けてもらう羽目になる。

 いかに早い段階で機体が動いてしまったのかを判断出来る様になるかが重要ね。動きが小さい内に気が付ければ、それを修正する舵も当然小さくて済む道理よ。

 だから、機体と周りとの位置関係を把握する事が大切なの。

 ここで最初に言った、広い視野で多くの目標を持つことが重要って所に繋がる訳ね。

 目標の見え方、位置関係が変化すればそれは機体が動いているって事よ。

 更に経験を積めば、姿勢の僅かな変化だけで実際に機体が動き出す前にそれを感知する事も出来る様になるわ。

 そして、もう一つホバリングを難しくしてるのが、操舵感覚の体得ね。

 例えばスティックをどれだけ動かせば、機体がどんな反応をするかを知っておく事も重要って事ね。

 単純に操縦に対する機体の反応だけじゃなくって、機体の動きに対する惰性、慣性力も考慮しなくちゃならないわ。機体の動きが早ければ慣性の力も大きくなるし、機体の重量が重ければ、それも慣性の力が大きくなる要因よ。

 重量の話が出たから、それについても説明しちゃおうかしら。

 機体の重量って1回のフライト中でも結構変化するのよ。まあ、増える訳ないから減る方向だけどね。

 理由は燃料の消費(戦闘時は弾薬もね)。フライト始めの燃料を満載した状態と、フライトの終盤では操縦してても機体の挙動にハッキリとした違いが分かる位の変化が有るわ。

 因みに、ヘリの燃費を分かりやすく説明すると、ペットボトルの蓋を外して逆さまにした時にこぼれる量がそのままヘリコプターの燃料消費のイメージよ。


 今までの説明でヘリコプターの操縦についてなんとなく分かってくれたと思うけど、ヘリコプターには更に不安定を助長する要素が発生するのよ、どれだけ人に優しくない機械なのかしら。

 で、それが何かと云うと「クロス・カップリング」なの。

 カップリングって言っても別に、突然恋愛の話をしようって訳じゃないわよ。まあ、性格によって相性のいいヘリってのは有るのかもしれないけどね。

 そうじゃ無くって、操縦のクロス・カップリングって言うのはね、サイクリック・スティックやコレクティブ・レバー、そしてラダー・ペダルなんかの操縦装置の単一な操作に対して、それとは関係のない動きが出る事を言うのよ。

 うーん、良く解らないかしら?

 具体的な話をすると、例えばホバリング中に高度が上がり過ぎたとしたら元の高度に戻るためにコレクティブ・レバーを下げるわよね。

 すると、当然高度は下がるわ。でもそれと同時に機首が左を向いちゃうの。

 もう一度言うわよ、機体の高度を変えるためにコレクティブ・レバーを操作しただけで機首の方向も動いちゃうの、機体の向きを操作する為のラダー・ペダルを全く操作してないのによ。

 どう、訳が分からないわよね。

 いや、そうなる理由はちゃんとあるんだけどね。

 単一の操作に対して他の動きが介入して来るからパイロットとしては、操縦→カップリング分の修正→修正した舵の分を更に修正。

 って具合に繰り返しになる訳。まあ、慣れたらそれを特別意識しなくても出来る様になるけどね。ってか、出来なかったらヘリコプターのパイロットになれないけど。

 ホバリング一つにしても、これだけ色々な事を必要としてるのよ。

 最初、こんな事ホントに私が出来る様になるのって思ったわ。

 訓練生時代に教官から安定したホバリング状態で機体のコントロールを渡されても、その状態を30秒も保てずに、機体が大波に翻弄される木の葉みたいになっちゃうんだもん、もう。

 教官が実際にホバリングして見せてくれたから、それが可能な事なんだって思えたけど、先達が居ない真っさらな何もない状態で、空中の一点で停止してみろって言われても絶対無理って思っちゃうわ。それ位ムズイって事よ。

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