第二章 就職先はPMSC  第5話 タックネームはジュリエット

 空を飛ぶ者として大事なのは、目まぐるしく変化する戦闘場面のごく一瞬を逃がさない事であり、それは精神的なことでも言える。空戦で成功すると言う事は、自機のパワーや武装への信頼で裏打ちされるものだが、それだけではなく訓練によって敵とうまく渡り合えるという自信を持つ事も重要だ。


 ソビエト連邦空軍 元帥 

 アレクサンドール・イワーノビッチ・ポクルイーシキン





「クマ・アテラザワです、よろしくお願いします」

 私はサッドとの約束通りパイロットとして彼の所属するPMSC(Private Military Security Company:民間軍事警備会社)へと入社した。

 あのレントン飛行場の爆破事件と怒涛の初飛行から、1年が過ぎていた。

 入社自体は高校卒業と同時だったけど、その後すぐにヘリコプターの事業用ライセンスを取得するため飛行学校へ行っていたのだ。(もちろん学費は会社持ちよ)

 そして今、私の目の前には3人の人間がいる。全員パイロットでこれから私の同僚となる人達である。

 一人はたった今、みんなに私を紹介してくれたサッド。彼は社のヘリコプター操縦士を統括する飛行班長という役職に就いているらしい。

 そして

「よう、久しぶり。あの時は迷惑かけたな、それとお互い命が有って良かったよ。何にしても礼を言うぜ、ありがとう」

 そう、ハーレーだ。怪我はすっかり良くなって、無事仕事に復帰できた事は聞いていたけど。相変わらずノリは軽いわね。

 最後の一人は女性だ。年は私より少し上くらい、白銀に近い金髪で、瞳は薄い青。

 儚げな印象のある美人で、所謂ファンタジー小説に登場するエルフって言えばイメージ通りかな。

 エルフの様って表現をしたけど、表情について言えば美人にありがちな無機質な物では全然なくて、目元がちょっと強気な感じ。でも彼女の美しさをより印象的なものにしているのは強気に見える目元の中、瞳だけは哀しそうな光に彩られているトコかしら。ま、結局美人なんだけどね~。

 でも、なんでパイロットの瞳ってこんなに綺麗に澄んでいるのかしら。サッドやハーレーにしてもそうよ。

 いつも空を見てるからって言えばちょっと詩的すぎるわよね。或いは日常的に危険と付き合ってるから、将来についてある意味諦めを無意識に感じているからなのか。いつか来る空との別れを予感しているからか。

 実は私自身も瞳が綺麗だって言われたことがあるのよね。でもそれはちっともロマンチックな状況じゃなくて、パイロットの資格に必要な航空身体検査を受けた病院での事なの。担当の眼科医に言われた台詞なんだけどね。純粋に眼科的に瞳が綺麗なんだって。う~ん、褒められてはいるんでしょうけど、正直微妙よね。

 おっと、エルフ似の彼女が自己紹介をするわ。

「私は、ヴァルマ・カリラ。よろしく、●●●●・●●・●●」

 え?なに、最後ファッ●ン何とかって聞こえたんですけど。この人、エルフはエルフでも悪いエルフ、悪エルフだわ。

「こいつのタックネームは、ダークだ。」

 ってハーレー。普通に会話を続けてるけど、フ●ッキン~の件はスルーなの?いいの?

 そう、タックネーム。うん、タックネームね。

 タックネームと言うのは、軍のパイロット(特に戦闘機や戦闘ヘリ搭乗員)に付けられてるあだ名みたいなものだ。上空で無線交信する時に便利なように、言いやすい短い単語が選ばれる。

 管制官などと通話する時は、フライトプランに記入した正式なコールサインを使うが、それは機種毎或いは、部隊や会社毎に決まっている。

 例えば、日本の航空会社の日航なら「ジャパンエア〇〇(数字やアルファベットの組み合わせね)」、全日空なら「オールニッポン〇〇」って言うコールサインを使ってる。

 自衛隊も同じで、「ハンター〇〇」、「ガージ○○」、「バトラックス(バトルアックス)○○」って感じ。だから、同じ部隊の航空機が作戦行動中にお互いを呼び合う場合、末尾の数字だけで識別するのは混乱が生じ易いし、何より咄嗟に言うには長ったらしい。

 そんな訳で、空中で個人を呼ぶ時に便利なように使われ始めたのが、タックネームなのだ。

 ちなみに、大抵は自分で決めることは出来なくて、先輩が名づけるみたいね。

 だから今まで呼んでた、〈ハーレー〉や〈サッド〉もタックネームだったって訳。

 最初にサッドから正式に自己紹介された時、違う名前を言われて、??ってなっちゃったわ。だってタックネームなんて普通に暮らしてたら知りようが無いでしょ。

 一応サッドの名前を紹介しとくと「ヘルムート・バッツ」って言います。

 因みにハーレーは「ジルベルト・コルス」よ。うーん、何故かコレジャナイ感が半端ないわ。

「キャプテン、彼女のタックネームはどうしますか」

 そうそう、タックネームの話だったわ。

 エルフ似の美人(ただし悪)さん、ダークがサッドに話しかける。

 ん、キャプテン?今サッドにキャプテンって呼び掛けたけど、サッドとダークって何かスポーツクラブのチームにでも所属してるのかしら?それとも、また新しい隠語?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、ハーレーが補足してくれた。

「サッドとダークは軍で一緒の部隊にいた事があるんだよ。だから、サッドをそん時の階級で呼んじまうのさ。それと、ダークの口の悪さも軍隊仕込みなんだよ」

 あ、キャプテンって軍隊の階級なんだ。

 うちの社は、民間軍事警備会社って言うだけあって、軍出身の人が多いし、会話にちょくちょく軍事用語が飛び出すのよね、後で日本語で何て言うか調べとかなくちゃ。

「どうする、サッド。俺は、これまで通りジュリエットでいいと思うんだけど」

 出た!そうよ、ジュリエット問題。なんで、左沢熊(あてらざわ くま)がジュリエットになっちゃったのか。

 実は、ある意味自業自得みたいな所もあるのよ。あの時初めてのヘリ操縦に混乱してた私は、自分のコトを女子高生、JKって言ったみたいなの。まあ、よく覚えてないんだけど。

 それでね、無線なんかの音声通信用語では「J」はジュリエット、「K」はキーロウなの。だから、「J・K」は「ジュリエット・キーロウ」、それで「ジュリエット」

 まあ、向こうも混乱してたし。それで、私の名前がジュリエットだと誤解が広がった感じね。

「クマ、日本語の漢字にはそれだけで意味を持っていると聞いた事がる。君の名前のクマにはどんな意味があるんだ」

 サッドがそんな質問をしてきた。

 うう、答えなきゃダメだよね~。

「ベア」

「ん、何だって?」

「ベア、です!」

「―女性に付けるには随分と勇ましい名だな。いや、君の国の習慣にとやかく言うつもりは無い、単なる個人的感想だ」

 サッドぉ。

「へえ、ジュリエットの本名はベアかぁー」

 やけに、嬉しそうだなハーレー。

「ベアは可愛い、ヴォイテクとか」

 ダーク、あんた。微妙にフォローかどうか判断に迷う発言よ。それに、ヴォイテクって何?誰?

「よし、もう既に本名の他にジュリエットと呼んでいた事だし、更に別の呼び名を付けるのも混乱するか。

 但しジュリエットじゃあ〈J〉の通信用語と被ってしまうからな、どうする」

「うーん、ジュリエット、ジュリエット…ジュリ、ジュリア。ジュリアか~、イタリア語だとジュリアはGから始まるんだよな~」

 いやハーレー、別にJに拘らなくても。

「ジュリアか、ドイツ語読みだとユリアだな」

 ドイツ?

「フィンランドでもユリアです、キャプテン」

 フィンランド?

「お、そうだ!ユーリア、ユーリア(尿)はどうだ。確かトイレを探してて格納庫に迷い込んだんだよな」

「ちょっ、ハーレー!」

 あんた、何良い事思い付いたって顔してるのよ!バカなの!

「うん。ユリアもユーリアも大差ない」

「ダーク!やめて!乙女の名前に尿って。

 ジュリエット、ジュ・リ・エット、でお願いします、サッド!」

「そうか…そうだな。じゃあジュリエット、よろしくたのむ」

 おい、いま一瞬迷ったよねサッド。迷う要素あった?ねえ、

「ジュリエットね。ま、よろしく」

 ダーク、残念そうな顔しない!

「なんだ、ユーリアもナイスだと思ったんだけどな~」

 ハーレー、あの時殺しておくべきだったかしら。

 あっぶなー、ジュリエットとユーリア(尿)じゃ、天と地、月とスッポン、雲泥の差よ。

「改めまして、よろしくおねがいしまう」

 あ、最後噛んじゃった。


          ◆


 私達が居るのはあのレントン飛行場で、爆破された格納庫は新しく建て直されている。そして、それに隣接する様に建っている平屋の建物が飛行班のある事務棟で、飛行班の他に庶務関係の事務を担当する部署が入居している。

 因みに整備関係の部署、整備班や通信班などは、格納庫の中に併設されている部屋を待機所や事務室にしている。

 飛行班の事務室は一人に一つ机が割り振られていて、新人の私にも机がある。

 班長のサッドは部屋の奥、窓を背にして座っていて、それ以外の私達の机が縦に2列で向かい合わせに並んでいる。

 机の数からすると、まだ飛行班には他にもメンバーがいて良いみたいだけど、どうなんだろ。

「ダーク、飛行班のメンバーってこの4人だけなの」

 だとすると、私がここに来る前は3人しか居なかった筈だから、二人乗りのヘリを運用するには少ない人数だ。

「ええ、そうよ。他にマジックとスージーが居たけど、もう二度と帰ってこないわ」

 え、事故か何かで殉職したって事、それとも職場復帰できないほどの大怪我とか。この職業じゃ、十分可能性の有る話だわ。

「おいおい、ダーク。二人とも死んじゃいないし、その内帰ってくるだろ、…多分。

 お前、自分の願望を混ぜるんじゃないよ」

 えーと、あと二人メンバーがいるって事でいいのかしら。

「ジュリエット、飛行班にはあと他にマジックとスージーっていうパイロットが居るんだが、二人とも中東の方に出向中なんだよ。…まあ、いつ帰ってくるかは未定なんだが」

「そうなんですか、スージーって事は一人は女性なんですね」

 パイロット6人中半数の3人が女性なのね。

「スージーもマジックも、むさいオッサンよ。その上いつもケンカしてて、うざい」

 ひどい言われようだ、スージーは男なのね。そして何時もケンカしてる二人が一緒に出向中っと。

 で、今現在はこの4人でオール・プレゼントって事ね、了解。

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