第一章 女子高生、ヘリコプターを操縦する 第1話 フィジカルエマージェンシー
それじゃ、ここで私が何でこんな状況になったのか。説明する為に少し時間を遡るわね。
◆
「アテラー、何してんの」
「ごめん、ちょっとトイレ、待ってて」
私は左沢熊、苗字は左沢と書いて〈あてらざわ〉と読む。下の名前については…、触れないでほしい(くま…くまって、女の子に付ける名前?いつの時代よ)。
今私は高3の夏休みを利用してアメリカに来てる、所謂短期留学ってやつね。これからの針路については付属大学へ進むつもり、受験に関しては結構気楽なカンジかな。
「わかったアテラ、場所わかる?」
「うん、さっき標識でてた。ちょっと行ってくるねエレン」
エレンは、ホストファミリーの娘さんで、私の2つ下の16才、金髪碧眼の可愛らしい女の子で将来は日本語の先生になりたいみたい。
今日は、エレンのお父さんの職場を見学させてもらう予定なの。
で、今いるのはレントン飛行場っていう所、シアトルにある飛行場で旅客機なんかを作ってるボーイング社の工場があるんだって。
シアトルの空港って言えばシータック(シアトル・タコマ)空港が有名だけど、ここはそれと比べて随分とこじんまりしてる感じね。
ついでにシアトルについて簡単に説明しちゃうわよ。
シアトルはアメリカ合衆国の太平洋沿岸にあるワシントン州の最大の都市で、かつアメリカ西海岸有数の世界都市でもあるの。
ボーイング、アマゾン、スターバックスなどの大企業の誕生の地でもあって、特にボーイング社の関係者は人口の3割を占めてるのよ。
そう、エレンのお父さんはボーイング社で働いてて、今日は飛行機を見せてもらう予定ってワケ。
ああ~。途中で寄ったスタバのラテ(そう、シアトルだからね)が原因か、おしっこが近い。早くおトイレにいかなきゃ。
「迷った…」ここ、どこ?
うう、やばい、乙女のぴんちよ。
あせって、近道しようとしたのが悪かったみたい、完全に方向を見失ったわ。
しかも切迫したナニ(もうっ!尿意よ、察して)のせいで、考えがまとまらない。
ここは明らかにバックヤードっぽい廊下だし、さっきから誰ともすれ違わない。
うう、色々とやばいかも。(主に下の関係が)
そんな時、廊下奥のドアが開いて人が出てきた。かなり体格がいい(特にお腹周りね)中年の男の人だ、私を見て怪訝な表情をしている。でも、このチャンスを逃すわけにはいかない、相手が男だろうと、恥ずかしがってる場合じゃない。(しつこいようだが、せっぱ詰まってるんです、主に下の関係が)
「あの、」
思い切って声をかける。
私の拙い英語力でも、何とか相手に通じたようで(こっちの必死さが伝わったようだ)、彼が今出てきたばかりのドアを指さしてこう言ってくれた。
「オーケーお嬢ちゃん、この奥にトイレがある、職員用だが、なあに構やしない遠慮しないで使いな。フィジカル・エマージェンシーってやつだろうからな」
おじさんは、そう言って首から提げたIDカードでセキュリティーを解除してドアを開けてくれた。
そうして、私は乙女の危機を脱した。ホントに危なかった、危うく新たな扉を開きかけた位には危なかったわ。
トイレから出た私は、ようやく周りを見渡す余裕が出た。(しつこい様だが、ほんっとーに危なかったのだ。主に…以下略っ)
そこは、整備場?格納庫?のような場所だった。中に飛行機は無かったけど、色んな工具が載ってる台や、部品を並べておく為の棚なんかがあって、それ等がキチンと整頓されていた。
私が入ってきたドアと反対側には、天井近くまである大きな扉が半分開け放たれていて外には飛行場が見えている。
「へえー、こういう所ってもっとごちゃごちゃしてるかと思ってたけど、意外ときれいなのね」
後から聞いたけど、格納庫や駐機場では小さなねじや工具類なんかが一つでも見あたらなくなると、それが見つかるまでみんなで探すそうよ。だって当然よね、整備中の機体の中に工具を置き忘れたり、エンジンの中にねじを落として気付かなかったりしたらどうなるか。考えるだけでも恐ろしいわ。
だから、工具は一目で使っている物とそうでない物が分かるようになってるし、機体から取り外した部品は小さなねじ一つでもどこから外したものか分かるように保管しておいて、再度取り付ける時に、余ったり足りなかったりが無い様にしてるらしいわ。
プロの仕事場なのね。
なんとなく興味を惹かれて、つい格納庫の中を見てたけど、さすがに部外者の私がいつまでもいていい場所じゃないよね。
「さてと、じゃ戻りますか」
早く戻らないと、エレンが心配してるわね。用事も済んだし長居は無用。
私がもと来たドアへと歩き出したその時、飛行場へと通じてる大扉から男の人が飛び込んできた。
「お、良いところにいた。すまんがちょっと手伝ってくれ」
なにか急いでいるのか、そう早口で言うと、男の人は強引に私の手を引いて外に連れだそうとした。
「え、ちょっと!」
何故か私をここのスタッフと勘違いしてるようだ。私の格好も誤解の一因になってるのかもしれない、今日は飛行機を見学する予定だったから、下はパンツだし、要するにそれらしい服装に近いっちゃ、近いかもしれなくも無い。無いか?
まあ、好意的に考えればセキュリティーのかかってる場所にいるんだから、少々らしくなくても関係者かと思ったのかもしれないけど。
でも、普通間違える?
「あの、ちょっと、待って」
私は状況を説明しようとするけど、焦ってるのと英語力のせいで、なかなかうまく伝わらない。そうこうする内に、そのまま外に連れ出されて格納庫のすぐ外、大扉の 正面に駐機してある一機のヘリコプターのそばまで来てしまった。
「すぐ終わるから、ほんのちょっとだけ、全然痛くないし、棒を握ってるだけでいいから」
「え、なに、スティックって、え、ちょっと待って」
突然何、下ネタ?セクハラ?
改めて相手の男の人を見ると、年齢は30を過ぎてるようにも見えるし、大学を出たての様にも見える。落ち着きが無いというか、全体的に貫禄不足といった感じ。ただし、妙な人懐っこさがある。
そして私はいつの間にか操縦席に座らされていた。
操縦席は座席が縦にって言うか、前後に二つ並んでる。
このヘリって、二人乗りみたい。
地面から操縦席までは結構な高さがあったのに、軽々と抱えられて前の方の座席に放り込まれてしまった。
この人見た目より力が有るみたい。その時見た瞳が今まで見た誰のものより綺麗で思わず、見とれてしまった(全くそんな場合じゃ無いんだけど。なんなのよ、もう)。
早く誤解を解きたいんだけど、たいした抵抗も出来ずにあれよあれよという間にシートベルトとショルダーハーネスを付けられ、ヘッドセットを付けられてしまった。
「ヘッドセットのマイクは、唇に軽く触れるまで近づけてね。コクピットの騒音を拾わないようにわざと感度を落としてるから。それと、シートベルトは、ここのレバーをこっちに捻ると解放されるから」
男の人はこっちの事はお構いなしに、勝手に事を進めていく。
流されるようにここまで来たけど、もう仕方がない。(今さらどうこうするより、この人に協力した方が早く解放されるよね。すぐ終わるって言ってたし)
私は半ばやけになってそう思った。もう、なんかあったって責任はこの人に全部押しつけよう、そうしよう。私は悪くない、うん。
「いやー、ごめんね。こいつを飛ばさなきゃならないんだけど、相棒が便所に行ったまま戻らないんだよ。確保してる時間は限られてるし、いったいどこまで小便しにいってるんだか」
ぎくっ、もしかして私があのトイレを使ってたから彼の相棒とやらが遠くのトイレまで行くことになったのかしら。う~ん、この状況少しは、(そう、ほんの少しね)私にも責任があるのかも…
「そういう訳だから、取り敢えず先にエンジンだけは始動して準備しとこうって事なんだよ。
すまんけど、協力頼むわ」
彼は、操縦席の横から、ステップに乗ってこっちに身を乗り出し説明してくれる。どうやら本物のパイロットらしい。よく見ると緩くウェーブした金髪が澄んだ青い瞳にかかって結構男前に見えなくもない。ただニヤケ顔が基本だからとっても胡散臭い、笑顔は笑顔なんだけど、なんか爽やかって感じじゃ無いのよね。
「あなた、名前は」
今更だけど、なんとかコミュニケーションを取らないとね。
「え、ああ、どうりで見ない顔だと思ったらキミ、新人さん?俺はハーレーだ。よろしくな」
「私は、クマ・アテラザワよ」
「え、何、アテ、アタ、アターザ?まあいいや」
ようやく、会話が成り立ったと思ったのに、こいつ。
「うん、とにかく今からこいつのエンジンを始動するから。
本来なら一人でも問題ないんだけど、コイツ昨日からバッテリーの調子がイマイチなんだよね。だから機体の搭載バッテリーを使わないで、外部から電源をもらうんだ。ほらこれが電源車だよ」
左を見ると、ヘリにぴったり寄り添うように車が止まっている。車の後部座席部分が荷台になっていて、なにやら大きな機械が据え付けられている。これが電源車ね。 たしかに、車と機体が束になった太いケーブルで繋がれているのが見えるわ。
「この後エンジンがかかったら、電源車とつながってるケーブルを機体から取り外さなきゃならないんだ。そん時俺は一度機体から降りなきゃならないんで、キミに操縦桿が動かないように持っててほしいんだよ、簡単だろ」
「わかったわ、でもなんで他のスタッフが誰もいないの、普通なら整備の人がこんな事手伝ってくれるんじゃないの」
「うん、俺もちょっと不思議に思ってるんだけど何でだろ、今は昼飯時でもないし。でも時間が無いんだよ、キミが居て助かった」
ホントにいいんだろうか?てかハーレーさん、あなた適当すぎない。
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