SSー3 七夕に願いを込めて

 「七夕たなばたってなんだ?」


 学院に張られたポスターを眺め、エルタが首を傾げた。

 それには、隣にいた銀髪の生徒会長──レオネが返す。


「そっか。エルタは七夕知らないんだ」

「レオネは知ってるの?」

「うん。八年前に異国から伝わった文化でね」


 レオネは、ポスターを指差しながら説明をした。


 王都では、毎年夏に『七夕祭り』が開催される。

 学院前には短冊用の巨木が立てられ、街では屋台や出し物が開かれるという。

 異国のやり方をそのまま体現しているようだ。

 

 現在は、王都防衛線から数か月後。

 アステラダンジョンから帰還して一年目のエルタは、七夕を知らなかったのだ。


「七夕も毎年規模が大きくなってきててね、去年なんかすごかったんだよ!」

「へー! それは楽しみだな」

「でしょでしょ!」


 そんな七夕も、二週間後に迫っている。

 ならばとレオネはエルタを誘った。


「じゃあさ、当日はわたしが案内するよ」

「え、いいの!」

「もちろん! えへへっ」


 二人は約束を交わし、レオネは満面の笑みを浮かべたのだった。

 

(エルタと二人っきりでお祭り。楽しみだなあ)


 だが、浮かれていたレオネは冷静さを欠き、忘れていたのだ。

 エルタは鈍感のごんであることを。




 七夕祭り当日。


「おーい、レオネ~」

「あ、エルタ!」


 二人は時間通りに集合する。

 エルタは、早速レオネの格好に口を開く。


「浴衣って言うんだっけ! すごく似合ってるよ!」

「……! ほんと!?」

「うん! レオネの特別な衣装だね」

「~~~っ!」


 この日のため、頑張って着付けを覚えたのだ。

 それを褒めてもらい、特別と言ってもらえたことが嬉しかった。


 ──だが、レオネはエルタの後ろに目を向ける。

 途端に冷めた目で。


「それで、後ろの人達は?」


 エルタの後ろには、もう三人がいたからだ。


「どうも、お姉さんのジュラです」

「騎士団副団長のセリアだ」

「妹のティナです」


 彼女らの姿に、レオネは天を見上げた。


(しまった……)


 エルタに“二人っきりで行こう”と伝え忘れていたのだ。

 対して、エルタはレオネにたずねる。


「大丈夫? ボーっとしてるけど」

「うん。ところで、どうしてみんなを?」

「みんな居た方が楽しいかなって!」

「……あぁ」


 その回答で、レオネは確信した。

 エルタは、二人っきりで祭りに行く特別さを分かっていなかったのだ。


(まあ、そうだよね)


 エルタは基本的に常識を知らない。

 誘った時、もう少し冷静になるべきだったと反省した。

 それから、三人がずいっとレオネに寄ってくる。


「お姉さん、抜け駆けは許さないよ?」

「というより、ワタシも同じ日に誘われたからな」

「なんとなくこうなると思ってました……」

 

 エルタは友達を大事にする。

 あの時二つ返事をしたのは、みんなも誘うつもりだったらしい。

 もっとも、三人も二人っきりで行くことを期待していたようだが。


(ま、みんなで行くのもお祭りっぽくていいか)


 ならばと、レオネも切り替えて楽しむことにしたようだ。

 すると、後ろから四人にエルタが話しかけた。


「みんな、どうしたの? 早く行こうよ」

「「「あんたのせいだけどね!」」」

「え?」


 やはり鈍感なエルタであった。




「うわあ、すごいね~!」


 王都を回りながら、エルタが目を輝かせた。

 両手にはわたがし・りんご飴など、多くの食べ物も見られる。

 初めての七夕祭りにウキウキである。


 また、なんやかんやで他の四人もしっかり楽しんでいた。

 射的ではジュラが無双し、

 

「お姉さんにかかれば余裕よ。ふっ」

「「「おお~」」」


 小魚すくいではレオネが凄腕を見せる。


「この入射角と速さなら! ほっ!」

「「「すごーい!」」」


 ちなみに、エルタは多数の店で出禁になっていた。


「また壊しちゃった……」

「もう来ないで!」


 主な被害屋台は、輪投げや空き缶当て。

 つい張り切り過ぎて、エルタは悲しき怪物と化していたのだ。

 それでも、エルタ達は王都中から人気の存在である。


「エルタさん、こっちなら壊してもいいですよ!」

「セリア様、剣を見て行きませんか!」

「ティナちゃん、学院からも店出してるよ~」


 行く先々でたくさん声をかけられ、満喫した五人だった。

 

 それから、祭りは屋台だけでない。

 各団体からの出し物も存在する。

 中には、とにかく目立とうとユニークなものもあった。


 祭りに全く関係ないボディビルを行う、団長シュヴァと騎士団。


「さあ、みんなも一緒にマッスル!」

「「「マッスル!」」」


 仮面を被った不思議な“なんでも屋”。


「俺に言ってくれれば何でも手伝うぜ」

「「「助かります!」」」


 そして、謎の魔法少女(おばさん)まで。


「星に願いを! ビルリンからの贈り物よ! きらり~ん☆彡」

(((きつい! けどこれが癖になる!)))


 七夕文化を継承しつつ、この街らしさも入り混じっている。

 王都防衛線からの数か月間で、王都が一番盛り上がった日であった。

 



 そして、七夕祭りも終盤。


「じゃあみんな、短冊を飾りに行く?」

「「「……!」」」


 エルタの言葉に、四人はパッと目を開く。

 彼女らは、この時を待ち望んでいたのだ。


(((ついにきた……!)))


 七夕文化を受け継ぎ、王都でも人々は短冊を飾る。

 だが、加えて一つ、独自の言い伝えがあったのだ。


『同じ願いの短冊を重ねると、お互いの願いが叶う』


 同じ願いとは言うが、名前は違っても良い。


 つまり──


 「Aさんと幸せになりますように」

 「Bくんと幸せになれますように」 


 というのも許される。


 これはすなわち、恋人同士やカップルに向けての言い伝えだ。


 ただの言い伝えだが、ジュラ・セリア・レオネはしっかり準備していた。

 『エルタと幸せになれますように』と書かれた短冊を。


(((これをエルタと……!)))


 もちろん、お祭りも存分に楽しんだ。

 しかし、彼女達にとってはここからが本番と言っても良い。

 祭りではなく、戦争の本番ではあるが。


 そして、いよいよ一行が学院前に到着した。

 

「うーん、何て書こうかなあ……」

「「「……!」」」


 エルタはここで初めて願いを書く。

 すると、すぐさま四人の攻防が始まった。


 最初に仕掛けたのは、ジュラだ。


「ねえねえエル、お姉さんの言う通り書いてくれたら……魔装作ってもいいよ?」

「え、本当に!?」

「あと、お楽しみもね……ふふっ」


 浴衣から肩を出しながら、うっふんとセクシーなポーズで誘う。

 お色気には全く興味ないが、エルタは魔装には興味をそそられる。


 それはまずいと、セリアが声を上げた。

 

「待てエル君! だったらワタシも、言う事を聞いてくれれば……」

「くれれば?」

「ワタシもぬ、ぬ、いや脱がんわー!」

「いてっ!」


 だが、ジュラの真似をしようとするも、恥ずかしさで爆発。

 結局自ら筆ペンを投げつける始末となってしまった。


 それには、周りの人達がため息をつく。


「「「脱がないのかー」」」

「なんだお前たちは!?」


 エルタ達が面白そうなことをしていると、野次馬が集まってきていたのだ。

 彼女ら四人がエルタを狙っているのは、すでに周知の事実である。


 そんな空気の中でも、レオネは前に出た。


「エルタ! わ、わたしの言う通りに書いてよ!」

「レオネ?」


 だが、その顔は夜でも分かるほどに赤い。

 それにぐっと胸も抑えている。

 まるで今から何かを伝えようとするみたいだ。


「わたしは……わたしは、エルタのことが好──」

「あぶないレオネ!」

「え?」


 しかし、遠くからふいに星型の物が迫った。

 レオネに当たりそうな所を、エルタが庇ったのだ。


「大丈夫?」

「う、うん」

「それで、何を言おうとしたの?」

「……もう、何でもないです」


 言おうとしたことを、さえぎられたレオネ。

 もう一度言葉にするほど、心臓は強くなかった。

 ちなみに、星型の物は魔法少女の会場から降って来たようだ。


 そうして、最後にティナが近寄った。


「お兄ちゃん」

「ん、ティナ?」

「お兄ちゃんには、こう書いて欲しい」

「……うん。最初からそのつもりだったよ」


 必殺技、妹の上目遣いだ。

 さらに、エルタは迷わずに書き始める。

 対して、ジュラ達三人は戦慄した。


(((な、なにい!?)))


 完全にやられたと思い、三人はぐったり倒れる。

 すると、エルタは不思議そうな顔を浮かばせた。


「みんな、どうしたの? 早く飾りに行こうよ」

「だって、エルが……って、あれ」


 だが、チラリと見えたエルタの短冊には、思ったことは書かれていなかった。

 それを証明するよう、エルタは自分の短冊を読み上げた。


「僕は『みんなと幸せになれますように』って書いたよ」

「「「……!」」」


 セリアは、思わずティナへ視線を向ける。


「ど、どうして?」

「今日一日でやっぱり思いました。私はみんなで笑顔でいたいなって」

「……!」

「だから、私もこう願ってます」


 ティナも、自分の短冊を三人へ見せる。

 そこには同じく『みんなと幸せになれますように』と書かれてあった。

 その笑顔は、噓偽りのない本心だ。


 すると、ジュラ達三人も笑みを浮かべて立ち上がる。


「お姉さん達、何やってるんだろうね」

「フッ、本当だな」

「わたしもちょっと焦っちゃった」


 そのまま、三人も一緒に新たな短冊を作る。

 『みんなと幸せになれますように』との願いを込めて。


「じゃあ飾ろっか」

「「「うん」」」


 そうして、五人の短冊は重ねて飾られた。

 また、エルタはふと思う。


(来年、再来年……いつかは、もう一枚も重ねられたらな)


 頭に浮かべているのは一人。

 幼馴染であり、親友のあいつのことだろう。


 こうして、七夕祭りを終えたエルタ達。

 レオネのがっかりから始まり、色々なことも起きたが、祭りを存分に楽しんだようだった。


「「「あはははっ」」」


 言い伝え通りならば、五人の願いは叶うだろう。

 否、むしろ言い伝えなどなくても、今浮かべている表情はすでに幸せなことを表していた。

 



 ちなみに、後に三枚の無名の短冊が見つかった。

 そこには『エルタと幸せになれますように』とちゃっかり書かれていたという。

 





───────────────────────

SS三本目は、季節に合わせて七夕回でした!

本当は昨日出したかったのですが、間に合わなかったです泣


また、お久しぶりの更新になりましたが、エルタ君たちのSSは書きやすいですね!

割と個性集団なので、勝手に人物が話し始めます笑。


まだの方、よければ★★★で本作のご評価をお願いします!

物語全体を考えてでも、今回のSSだけの分でも構いません!

少しでも頂けると、また更新しようかなと、すごく励みになります!


それでは、不定期ですがまた次回のSSでお会いしましょう!

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