第17話 王都騎士団“団長”

 「あれが噂の少年か」


 鍛え上げられた肉体を持った男──シュヴァは、騎士団拠点の陰からつぶやいた。

 彼はこの王都騎士団の団長である。


 現在は、エルタとアジルの対決が始まる少し前・・・

 シュヴァは外の仕事でしばらく顔を出せておらず、普段の騎士団の様子を覗くため、今日は隠れて訪れていた。

 セリアから報告を受けていたからだ。


『ワタシの幼馴染を招きます』


 そんな言葉から始まる報告書には、面白いことがずらりと書かれていた。

 主に、エルタが地上へ帰還してから起こした数々のことである。

 また、彼の名はシュヴァの耳にもしっかり入って来ていたようだ。


(エルタ君と言ったか。話は軽く聞いたが、さてどんなものか)


 一人でニヤつくシュヴァの視線の先で、エルタとアジルの対決が始まった。


『はじめ!』


 そうして始まってすぐ、シュヴァは驚くことになる。


(なんだあれは)


 剣の扱いは素人だが、エルタの身のこなしは控えめに言って異常だった。

 動き出し、力の入れ方、次の動きへの速さ、全てが人間離れしている。

 むしろ“獣”と言われた方が納得できる自由奔放ほんぽうさだ。


(というより、あの動きは……!)


 そして、シュヴァの頭にはよぎるものがある。

 エルタの動きが、なぜかかつての苦い記憶・・・・と重なるのだ。


(アステラダンジョンが頭に過る……!)


 エルタが落ちた、アステラダンジョン。

 そこはSランクという最上位難度のダンジョンであり、ここ十年で数々の大物が挑戦しては夢破れてきた。


 そんな大物の一人が、このシュヴァだ。

 彼は常に強さを求め、探索者としての活動もしている。


 そして、彼がようやくAランクになった時。

 Sランクに挑むことを認められたパーティーメンバーと共に、いよいよアステラダンジョンへ足を踏み入れたのだ。

 しかし、彼らが到達できたのは“中層”の入口までだった。


(あそこの魔物は化け物ばかりだ)


 中層以降のあまりの魔境ぶりに、命からがら引き返してきたのだ。

 その時の魔物の動きと、エルタの動きが似ているように感じてならない。


 だが、シュヴァが一番驚いているのはそこではない。

 それ以上・・・・にエルタの恐ろしい部分が見えていたのだ。

 その考えが表れるよう、ちょうど模擬戦の展開が変わった。


「とうっ!」

「んなっ……!?」


 エルタがついにアジルの剣を止めたのだ。

 シュヴァも剣士ならば、これがどれほど異常かを理解できる。


(この成長速度、まさに化け物……!)


 そう、エルタの一番恐ろしいところは、スピードでもパワーでもない。

 この“圧倒的な成長速度”だ。


(アジルは身体能力に恵まれないが、剣筋は一流だ。それこそ、俺やセリアの次と言っていいほどだろう。その剣を受け止めるか……!)


 団長であるシュヴァが、ごくりと固唾かたずを飲む。

 ここまで才能にあふれた者は見た事がなかったのだろう。

 しかし、これだけでは終わらない。


(見落としがある気がしてならない………)


 エルタの動きは、アステラダンジョンの魔物を彷彿ほうふつとさせるが、まだ何かが引っかかる。

 そんな違和感は、次のエルタの攻撃でぬぐい取られた。


最強種族トモダチシリーズ、その二──【鬼神の拳パンチ】」

(……ッ!?)


 壁を破壊するほどの拳を見て、シュヴァはようやく理解したのだ。

 エルタの動きは、自分が見たアステラダンジョンの魔物と似てはいるが、そんな次元ではない・・・・・・・と。


(まさか、もっと下・・・・なのか……?)


 エルタは、謎の部屋に落ちて偶然助かったと言っている。

 だが、最強種族トモダチシリーズで直感してしまった。

 彼の動きは、自分が見た魔物の“上位互換”だと。


 それからシュヴァは、さらなる恐ろしい妄想をしてしまう。


(すでに学んだとは、言わないだろうな……)


 エルタの一番の武器は、圧倒的な成長速度。

 もしその速度で、さらに下層の魔物の動きを学んでいたら?

 どうなってしまうかなど想像すらできない。


 さらに、学べる期間は十年もあった。

 もし妄想通りなら、エルタがどの領域まで辿り着いているかなど、皆目見当もつかない。


(なんなのだ、この少年は……!)


 成長速度、鈍感さ、最下層の魔物と友達になろうというメンタル。

 エルタは最下層に落ちたから最強なのではない。

 エルタ最下層に落ちたから最強なのだ。


(面白い! 実に面白い! もっと彼を見なければ!)

 

 そんなエルタに、シュヴァは強者としての心が躍る。

 何としてでも、彼と関係を持っておくべきだと考えたのだ。


(セリアもただならぬ感情を抱いているようだし、彼は騎士団の発展に必要だ!)


 拳の風圧により、幸い・・壁がぶっ壊れた。

 こう見えてシュヴァは、団の発展のためなら手段を選ばない男である。

 秘密裏に様子を覗くつもりだったが、シュヴァは陰から飛び出した。




 そうして、今に至る。


「君を“騎士団特別顧問”に任命したい」

「えええええっ!?」


 声を上げるエルタは、両手を振りながら続けた。


「そ、そんな! 僕は剣については何も知らないですし!」

「ああ、だから君は相手になってくれればいい」

「相手に?」


 そもそも“特別顧問”などという役職はない。  

 シュヴァがテキトーに思い付いた役割だ。

 そのためシュヴァは、団の発展になる形でそれっぽい提案をする。


「そうだ。君が団員と戦って勝つ、その時々の反省点は俺とセリアが指導しよう。君は相手役というわけだ。幸い君は、魔物について詳しいようだし」

「……!」


 対して、エルタも少し目を見開く。


魔物友達の動きを真似したことに気づいてる……!)


 シュヴァに対し、より尊敬を強めたようだ。

 だが、あくまでエルタはほそぼそと生きたいだけ。

 そんな思いから、助けを求めるようにセリアの方を覗き見た。


「ですが、セリアがなんというか……」

「そうしましょう。いえ、絶対にそうするべきです!」

「ちょ、えっ!?」


 さっきとはまるで真逆の姿勢だ。

 エルタが驚くのも無理はないが、セリアは心底喜んでいた。


(エル君ともっと一緒にいられる!)


 彼女の表情に、こりゃダメだと諦めたエルタは、団員の方を振り向く。


「じゃ、じゃあ団員さんたちは──」

「お前ら、俺のメニューをやるか?」

「「「……っ!」」」


 しかし、エルタをさえぎるように、シュヴァ自身が声をかけた。

 すると団員たちは顔を青ざめさせ、一斉にエルタに頭を下げる。


「「「エルタさん、お願いします!」」」

「ええっ!?」


 勧誘というより、もはや懇願こんがんだ。

 よく見れば、団員たちはぶるぶると体を震わせている。

 団長の鍛錬を思い出してしまったのだろう。


(団長さんのメニュー、どんだけきついんだろう……)


 なんだかんだ言いつつ、エルタもお人好しである。

 ここまでされてしまっては、首を縦に振るしかなかった。

 それで壁の件を許してもらえるなら良いか、とも考えたようだ。


「講師もあるので毎日は難しいですが、壁のために働きます……」

「そうか、ありがとう!」


 その了承にシュヴァは握手を強め、それに続いて団員たちも声を上げる。


「「「ありがとうございます!」」」

「あ、あはは……」


 こうしてエルタは、学院講師 兼 騎士団特別顧問となったのだった。


「っし!」


 セリアだけは人知れずガッツポーズをしていた。




 同時刻、王都のとある場所にて。


「帰ったよー」


 それなりに大きな拠点に、お姉さんの雰囲気を持った女性が帰ってくる。

 彼女には、拠点内にいた者が駆け寄った。


「お帰りなさい、あねさん!」

「こらこら、だからその呼び方は物騒だって。せめて“お姉さん”にしな」


 お姉さんが担いでいるのは、たくさんの収穫物だ。

 長期のダンジョン探索に行っていたようである。


 お姉さんは、ふぅと荷物を下ろすと、その中身に満足そうな顔を浮かべた。


「今回もそれなりね」

「これでまた、“魔装”の研究が進みますね!」

「ええ」


 この拠点に置かれているのは、薬品や魔物の素材、見たこともない道具など。

 魔物を研究して、新しい技術を生み出そうとしているようにも見える。


 そんな中、“お姉さん”へ部下が伝える。


「そういえば、最近すごい噂の人がいるんですよ」

「すごい噂?」

「はい、なんでも“エルタ”って言う人で──」

「えっ!?」


 だが、名前が出た瞬間、“お姉さん”はものすごい形相で聞き返す。


「ちょっと! その話詳しく!!」

「は、はい。良いですけど……」


 彼女はその名前を知っていたようだ。


(まさかエル・・が帰ってきたの!?)





───────────────────────

圧倒的な才能に、団長シュヴァの心まで掴んだ(?)エルタ君。

お人好しなばかりに、騎士団特別顧問になってしまいました。

なにげに一番得をしたのはセリアかも?笑

ちなみに、幼馴染はもうすぐ出揃います!

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