第16話 必殺の一撃

 「最強種族トモダチシリーズ、その二──【鬼神の拳パンチ】」


 エルタの拳が、アジルへと迫る。


 だが、アジルの目に見えていたのは──巨大な“鬼”。

 幻覚が見えてしまうほど、エルタが放つ威圧感が大きかったのだ。


「……っ!」


 ギリギリかわせる速さではある。

 しかし、アジルは動かない……否、動ない。

 “上位騎士”の称号を持つアジルが、恐怖で足がすくんでしまったのだ。


 不幸中の幸いは、腰を抜かしたことだろう。


「うわあああああああっ!」


 目の前に迫った拳に声を上げながら、アジルは尻もちをつく。

 その瞬間、ドガアアアアという轟音ごうおんと共に、エルタの拳からとてつもない風圧が放たれた。

 アジルに当たる寸前で、エルタが拳を止めたのだ。


 しかし、同時に団員たちが声を上げる。


「おい、あれ見ろよ!?」

「まじかよ嘘だろ!?」

「まさか風圧だけで!?」


 彼らは、揃って同じ場所を見ている。

 エルタが拳を放った方向だ。


 そこには──


「「「拠点の壁がぶっ壊れた……!?」」」


 拠点の壁が一面破壊されていた。


 王都騎士団の拠点は、特注の強力な壁で造られている。

 それこそ魔物の襲撃や、反乱でさえも簡単に突破できないほどに。

 そんな頑丈の壁が壊れたのは、拠点が完成されてから初めてだ。

 もはや「剣関係ねえじゃん」とはツッコむ気にもならない。


 さらに、エルタは直接拳を当てたわけではない。

 アジルの目の前でピタっと止め、その際に発生した副産物・・・の風圧だけで、あの強固な壁を破壊したのだ。

 拳本体の威力など計り知れない。


 これには、アジルも変な声を出すことしか出来ない。


「……へ、へぁ?」


 最強種族トモダチシリーズ、その二──【鬼神の拳パンチ】。

 それは“鬼”と呼ばれる種族において、トップに立つ“鬼神”から学んだ拳である。


 エルタが過ごした最下層には、最強種族が跋扈ばっこしている。

 その化け物揃いの中で、戦闘種族と評される鬼は、まさに力の権化ごんげだ。


 そんな鬼のトップ──鬼神と友達であったエルタは、共によく山ごもりをしていた。

 鬼神もまたエルタを気に入っており、彼に“闘気”という体内に流れる力の扱い方を伝授した。

 地上では未発展の概念だが、闘気で繰り出されるのが、この必殺の一撃。


 最強種族トモダチシリーズにおいて、その一【神狼の爪ひっかく】が“速さ”のわざならば、その二【鬼神の拳パンチ】は“力”の業だ。

 シリーズの中でも、屈指の威力を誇る拳である。


「「「……っ」」」


 団員たちは息を呑み、何も話せないでいる。

 目の前のことが現実かどうか戸惑っているようだ。


 それから、張本人エルタはというと──


「し、しまった……」


 完全に焦り散らかしていた。


 事前に頑丈な壁と聞いていたため、威力をそれなりに・・・・・高めたのだ。

 元よりアジルに当てるつもりはなかったが、まさかこうなるとは思っておらず。

 周りの反応どうこうより、“弁償か否か”しか頭にない。


「大丈夫だ、エル君」

「!」


 そんなエルタには、スタっと降り立ったセリアが声をかける。

 すでに勝負アリと見て出てきたのだろう。


「こうなったのもワタシの指導不足だ。ここは副団長として受け持とう」

「セ、セリアぁ~! ありがとう!」

「……!?」


 慈悲の一言によっぽど安堵あんどしたのか、エルタはセリアの手をぎゅっと握る。

 その瞬間、セリアはかあっと顔を赤くした。


「エ、エル君!? 手が、手が……!」

「あ、ごめん。でも迷惑かけるね」

「ううん、これぐらい当然だもん!」


 セリアの声のトーンは高く、口調も昔に戻っている。

 急に手を握られて気分が高揚したのだろう。


 一安心したエルタは、さらにセリアへ声(追い討ち)をかけた。


「これでまたセリアと会えるね」

「~~~っ! ……もう、エル君ったら」


 今の言葉は、セリアの頭から一生離れることはないだろう。

 対して、そんな光景を目にしたアジルは、負けを認めるしかない。


「くそっ!」


 抜けた腰で立てないながら、弱々しく地面を叩く。

 だが、その声にハッとしたセリアが、態度を正してアジルに寄った。


「アジル」

「ふ、副団長……」


 命令を破って勝負をした上、無様に敗北したのだ。

 アジルは追放されても仕方ないとさえ考えていた。


「気にするな。エルく──エルタが強かっただけだ」

「はい、俺の完敗です。どんな処罰でも受け入れます」


 だが、セリアはそんなことはしない。


「そんなものはない」

「え?」

「その代わり、君にはもっと強くなってもらわないとな」

「……! は、はい!」


 その期待の言葉で、腰が抜けていたアジルはようやく立ち上がることができる。

 また、そのままエルタの方へ振り返った。

 

「エ、エルタさん!」

「ん?」


 アジルが浮かべているのはどこか清々しい表情だ。

 呼び方が『お前』から『エルタさん』になったのも、エルタを認めた証拠だろう。

 アジルはニッと笑いながら、拳を突き出す。


「これからも副団長のこと、頼みます」

「え、うん」


 冷徹なセリアに憧れたアジルだったが、優しい彼女も悪くないと思ってしまった。 

 それどころか、セリアには笑顔が似合うとさえ思ってしまったのだ。

 つまり、アジルはちょろかった。


 しかし、エルタは真意を理解しておらず。


(ただの幼馴染に頼んだってどういうこと?)


 やはり幼馴染の境界は越えないのであった。


 とにもかくにも、アジルとエルタの一件は解決した。

 すっかり正気を取り戻したセリアは、団員たちに向けて指示を出す。


「一旦、瓦礫がれきをどかすぞ。弁償代はワタシの方に──」


 そんな時、どこからともなく声が聞こえてくる。


「いいや、ダメだ」

「「「……!」」」


 野太く、拠点内によく通る声だ。

 同時に、ドコオっとエルタの隣に男が降り立った。


「君には弁償してもらう」

「え?」


 思わず声を漏らすエルタだが、男の姿に周りは一斉に頭を下げた。


「「「おはようございます! 団長!」」」

「だ、団長さん!?」


 エルタが見上げるほど高い男は、まさに筋骨きんこつ隆々りゅうりゅう

 切り揃えられた黒髪に、どこか余裕を持った態度だ。

 騎士団長のバッジを胸にするも、全く名前負けしていない立派な風貌ふうぼうである。


 男は大きな手をエルタへ差し出す。


「王都騎士団、団長のシュヴァだ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

 

 男の名は──『シュヴァ』。

 栄光ある王都騎士団、その団長である。

 騎士団の中では、唯一セリアより上の位に就く者だ。


「それで話の続きなんだが、君には壁を弁償をしてもらわなければならない」

「うっ!」


 全く怒っている様子はないが、シュヴァはエルタにそう伝える。

 だが、それにはセリアが間に入った。


「団長! ここはワタシがもちますので!」

「まあ、セリアは黙って聞いていろ」

「?」


 それでも、シュヴァはうなずきながら返す。

 そのニヤリとした顔に、何か考えがあるのかもしれないとセリアも一旦引いた。

 すると、エルタから申し訳なさそうに口を開く。


「すみません、給料日がまだで今すぐにはちょっと……」

「フッ、ならば簡単な話だ。その分、騎士団に貢献すればいい」

「え?」


 シュヴァは歓迎するように、再度手を差し出した。


「君を“騎士団特別顧問”に任命したい」

「えええええっ!?」





───────────────────────

最強種族トモダチシリーズの二つ目【鬼神の拳パンチ】により、勝利を収めたエルタ君。

無事に解決かと思いきや、またも巻き込まれ体質を発揮したみたいです。

団長の意思、そして騎士団特別顧問とは……?

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