第12話 彼女だけの特別

 「レオネ、だよね?」


 生徒会室を訪れたエルタは、レオネの様子をうかがいながら口にする。

 それは、ずっと気づいてもらえたなかった彼女の名前だった。


「……っ!!」


 もう半分諦めていたレオネだったは、ハッと目を見開く。

 カランとハサミを落とすと、すぐさまエルタに抱き着いた。


「そうだよ! わたし、レオネだよ!」

「や、やっぱり?」

「バカぁ! 全然気づいてくれないんだから!」


 レオネの目元にはしずくが溜まっている。

 それはエルタと十年前に分かれて以来、初めて人前で見せる涙だ。

 生徒会長らしからぬ姿だが、逆に昔の彼女らしい姿でもあった。


 それを見て焦ったエルタは、思わず言葉をこぼす。


「ほ、本当にごめん! その、別人みたいに綺麗に見えて……」

「……もう、そんなこと言って」


 抱き着いているために見えないが、レオネは人知れず顔を赤らめる。

 それから体を離すと、今度は真っ直ぐ視線を合わせた。


「でも、変わったのはエルタもだよ」

「え?」

「今日一日を見てて思った。エルタはすごく立派になったんだなって」


 レオネもはっきり伝えたかったようだ。

 だが、エルタは首を横に振る。


「そんなことないよ。僕なんか失敗続きで……午後からの『戦闘訓練』は、反応もあまり良くなかったし」

「うん、それはドン引きしてただけだね」


 エルタの様を思い出して、レオネはふっと笑う。

 『魔物学』では奇跡的にすれ違っていたが、『戦闘訓練』では実践を行ったために、エルタの実力を隠し切れていなかったようだ。


 また、レオネはふと、ティナと交わした会話を思い出していた。


『レオネさん、覚悟しておいた方がいいかもしません』

『どういうこと?』

『お兄ちゃんの鈍感さ、十年でさらに加速して人外の域になってます』


(本当だよ……)


 思わず笑みを浮かべてしまうが、ティナはこうも言っていた。


『でも根本は変わらなかったです』


 そんな言葉を今一度思い出して、レオネはたまっていた涙をあふれさせる。


(その通りだったね)


 ティナと同じことを思ったのだ。

 鈍感さはひどくなっているが、やっぱり最後にはエルタらしいところを見せてくれたなと。


 それから、レオネの方から尋ねてみる。


「ね、どうしてわたしだって気づいてくれたの?」

「さっきの髪を切ろうとしてる姿が似ててさ、もしかしたらって」

「……! “あの日”のこと覚えたの?」

「な、なんとなくだけど」


 エルタは少し曖昧あいまいそうだが、レオネは構わなかった。


 なぜなら、エルタにとって“あの日”は、何気ない日常に過ぎないのだから。

 それでも、レオネにとっては、一日たりとも忘れたことのない人生で一番大切な日だ。


 レオネは思い返す。

 銀髪を伸ばすきっかけになった“あの日”から、これまでのことを。


────


 

 ある日、孤児院内。


「やだぁ……」


 幼きレオネは、一人で暗い場所で泣いていた。

 鏡を見ながら、誰にもバレないよう頭頂部の髪を切っているようだ。

 そこから生えてきているのは──銀色の髪。


「どうして生えてくるの……」


 レオネにとって、銀髪は“コンプレックス”だった。

 他人では見たことない色だったため、自分がおかしいと思っていたようだ。

 先日セリアに気づかれそうになった時、とっさに隠して誤魔化ごまかしたのはこのためである。


 そんな時だ。

 彼女のコンプレックスを、“チャームポイント”に変える人物が現れたのは。


「あれ、何してるの?」

「……!」


 レオネに声をかけたのは、たまたま通りかかったエルタだ。

 しまったと思った彼女は、とっさにハサミを隠す。

 だが、落ちている髪から何をしていたかはバレバレである。


「髪を切ってたの?」

「……っ!」


 最悪だ。

 レオネは強くそう思った。


 よりよって、気になっている男の子エルタに気づかれてしまったからだ。

 もう泣きたくなるレオネだが、エルタは何気なく口にする。


「レオネの銀髪、似合ってるよ」

「え?」


 いつだってエルタはエルタだ。

 打算的な気遣いなど全くない。

 今もただ、思ったことを言っているだけである。


 しかし、だからこそ、その“本心からの言葉”がレオネには素直に刺さった。


「ほんと? へ、変じゃない?」

「うん! 他には誰もいないから、レオネだけの"特別”だよね!」

「……っ!」


 衝撃だった。


 “他にはいない”から、レオネは銀髪をコンプレックスに感じていた。

 だが、それをエルタは“特別”だと言ってくれた。 

 この日、レオネの銀髪は、コンプレックスから“彼女だけの特別”になったのだ。


 だったら、もっと“特別”になりたい。

 エルタに、もっと銀髪を見てほしい。


 そう思ったレオネは、この日から銀髪を受け入れ始める。

 今までは嫌だった髪色に、むしろ感謝をするように。

 それから自然と銀髪の割合は増えていった。


 しかし、銀髪を認識できる頃には、すでにエルタはいなかった。


 それでもレオネは諦めなかった。

 なんとしてでもエルタを救出したい。

 そして、“特別”になった姿を見てほしい。


 そんな思いでレオネは学院に入ることを決意する。

 一刻も早くエルタを迎えに行くために、誰にも負けないほど努力もした。

 

 そうして、重ねた努力は裏切らず、レオネは生徒会長まで上り詰めた──。


────


 これまでを思い返すと、さらにあふれてくるエルタへの想い。

 それをぶつけるように、レオネは下からぐっと顔を近づけた。


「わたし、ずっと銀髪を伸ばしてたの! とある人に見せたくて、“特別”って言ってほしくて!」


 顔はかあっと赤くなり、拳はぎゅっと握られている。

 生徒会長になった今でも、本当の彼女はまだ臆病なのかもしれない。

 これは、今のレオネができる精一杯のアピールだ。


 対して、エルタは──


「そうなんだ!」

「へ?」


 とある人を自分のことだとは思わず。


 天性の鈍感さから、やはり向けられている感情に気づいていない。

 だが、エルタはニッコリと笑って言葉を続けた。


「きっとその人も、“レオネだけの特別”って言うと思うよ! 僕はそう思うもん!」

「……もう」


 もはや呆れを通り越して、笑うしかない。

 しかし、エルタらしいと言えばエルタらしかった。

 それに、また“特別”と言ってもらえたことが、今はなによりも嬉しかったのだ。

 

 だからレオネも、ふっと笑って返す。


「エルタは、いつまでもエルタだね」

「どういう意味?」

「なーいしょっ!」


 こうして、エルタは幼馴染のレオネと再会を果たした(気づいた)のだった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る