第11話 最下層の生き証人
「で、では『魔物学』の講義を始めていきます」
大勢の期待の視線にドギマギしながら、エルタは講義を開始した。
すでに学院生たちに行き渡っているのは、
急に講師となったため、初回のみ昨年のものを使用するよう言われていたのだ。
それを
「こんな風に“ライオン系魔物”は……って、あれ?」
だが、エルタは序盤からいきなり首を
むむむと資料を眺めた後、うんっと
「これはちょっと違うかも」
「「「……?」」」
困惑する生徒たちの中、エルタは説明を加える。
資料には『ライオン系は独自に進化した系統である』と書かれているが、エルタが見聞きしたものとは異なっていたようだ。
「ライオン系は独自に進化したんじゃなくて、実は意外な魔物と同系なんだよね。それは──」
両手を前に、エルタはにゃおんとジェスチャーをする。
「ネコ系」
「「「……!」」」
生徒たちは一斉に目を見開く。
なんと、この最高峰教育機関の資料が間違っていると言うのだ。
ならばと質問する生徒も出てくる。
「小さくて素早い、あのネコ系ですか?」
「うん、そうだよ」
それに対しても、エルタは当然かのように話をした。
「ライオン系にも『ネコじゃらし』をうりうりって近づけると、興味津々で、すーって寄ってきたりするんだ」
「えーかわいい!」
「中には
しかし、その“結構”は両者で食い違っているだろう。
人サイズのライオンを思い描く生徒たちに対して、エルタが浮かべているのは自身の何十倍もの巨大なそれである。
その食い違いは解消されなかったが、エルタは同じ調子で講義を続ける。
すると、資料を
「たしかに足は弱点だけど、実はもっと弱いところがあるんだ」
エルタはふんふんと少し上を見上げながら話す。
思い出しているのは、友達との十年間だろう。
この国において、ダンジョンの歴史は
ここ十年でようやく規定が整備されたことからもわかる通り、ダンジョン探索はまだまだ
それもそのはず、初めてダンジョンが発見されたのが、およそ三十年前。
当時は一部のもの好き程度しか潜らなかったが、宝が眠っている、魔物の素材は便利等が見出されて、ようやく人気に火が付いたところである。
ならば、魔物についてもまだ大半は分かっていない。
そういう状況下で、エルタは誰も到達したことがない最下層で十年過ごしたのだ。
知識量、実力は現代から大きく先に進んでいる。
そんなエルタに一番驚いているのは、生徒会長レオネである。
(こんな話、聞いたことがない……!)
レオネはその肩書きにふさわしく、学院で習えることは全て習得している。
そこらの上級探索者よりもよっぽど物知りで、実力もあるだろう。
そんな彼女が聞いたことがないということは、今まで発見されていない可能性が極めて高い。
また、エルタは時折“最下層エピソード”を混ぜることで生徒の心も掴む。
「それで、僕の
「「「あはははっ」」」
エルタの言う友達とは、もちろん最強種族たちのことだ。
だが、あまりに
しかし、やはりレオネだけは
彼女には、とある考えが頭を
(もし、小話が全部真実だったら……?)
そう思うと、恐ろしくてたまらない。
聞くだけで震えてしまうような魔物が、より大きな魔物と戦い、敗れる。
そんな光景をエルタは日常的に体験していたことになる。
だが、一番怖いのは、それをエルタが“笑い話”にしていることだ。
一体どれほど乗り越え、一体どれほど強くなれば、ただの小ネタとして扱えるのか。
レオネ自身が強者であるからこそ、エルタの底の見えなさに震えてしまう。
(これが……エルタなんだ)
とんでもないどころの話ではない。
学院生は今、“最下層の生き証人”を目の前にしているのだから。
だがその内、あまりに多い新説にレオネでさえ付いていけなくなった。
(まあ、全部が真実だと
そう思うことにし、途中からは周りと同じく半信半疑でただ楽しんでいた。
エルタが嘘を付くとは到底思えないが、レオネの賢い頭が、それ以上理論的に受け入れることができず。
つまり、エルタの最下層エピソードが、レオネの理解を超えてしまったのだ。
そうして──
「あ」
授業終わりのチャイムが聞こえ、エルタは話を止める。
やべっと思ったエルタは、バッと頭を下げた。
「ごめんなさい! 色々話し過ぎちゃいました!」
しかし、それに反して生徒の声は大盛況。
「もう終わっちゃったの!?」
「講義が一瞬だったー!」
「エルタ先生、また来ます!」
「今度は前の方取らなくちゃ!」
ほとんどが大満足の表情を浮かべていたのだ。
「ほんと! それは嬉しいなあ」
そんな反応にエルタはほっと
不安だった講師も、これなら続けられるかもしれないと少し自信を持てたようだ。
「それでは、次回の講義で」
「「「ありがとうございました!」」」
こうして、エルタの初講義は異例の大好評で終えたのだった。
お昼休み。
「お兄ちゃん!」
「お」
広場に来るよう言われていたエルタは、ティナの声に振り返る。
タッタっと急いで向かってくる手には、可愛らしい弁当箱を持っていた。
「ごめんねお兄ちゃん、講義が長引いちゃって」
「いやいや、全然」
『魔物学』の授業後は暇だったエルタだが、ティナには講義があったようだ。
また、エルタはちらりとティナの隣に目を向けた。
「せ、生徒会長さんも来たんですね」
「……」
ティナの隣にはレオネも付いてきていたのだ。
だが、その距離感に彼女はぷくっと
「敬語はやめて」
「わ、わかりまし──わかった」
エルタはレオネの正体に気づいてないため、まだどこかぎこちない。
ならばと、そんな二人の間に入るようにティナが手招きした。
「とにかく、お兄ちゃんの分もあるからお昼にしよ」
「本当だ! ありがとうな」
そして、三人でお弁当を開く。
そんな中で早速レオネが仕掛けた。
「エルタ、これ食べる?」
「え」
目の前に出されたのは、一口大の卵焼きだ。
もちろんレオネの手作りである。
彼女はそれを持つ箸をぷるぷるさせながら、固唾を飲んでエルタの様子を見守る。
「卵焼き、好きだったよね」
「うん! ありがとう!」
すると、
「んん! おいしい!」
「〜〜〜っ!」
エルタが浮かべた満足げな表情に、レオネも頬を若干赤める。
それから、エルタが不思議そうに聞き返した。
「どうして僕が卵焼きが好きだって分かったの?」
「……!」
卵焼きはエルタの一番の大好物だが、彼女に伝えた覚えはない。
ならば、昔の彼を知らないとこれは用意できないはずなのだ。
つまり、これはレオネの“思い出せアピール”である。
しかし──
「生徒会長さんって、相手の好物まで当てられるんだね!」
「……っ!」
やはりエルタは気づかない。
レオネは思わず天を
(そんなのできるかー!)
ここでも気づいてもらえないレオネであった。
★
放課後。
「……」
生徒会室にて、レオネは姿見に向かっている。
掴んでいるのは、銀色に輝く長い髪だ。
「
初講義、お昼休み、とエルタに思い出してもらえるようアピールしていたレオネ。
その後も何度も試すが、結局名前を呼ばれることはなかった。
「……ん」
そこで視界に隅に入ったのは、セルフカット用のハサミだ。
ふと思い立ったレオネは、すっとそれを手に持つ。
「もう切っちゃおうかな、
ほとんど冗談だが、少し本気でレオネはハサミを構える。
この銀髪には何か思い入れがあったのかもしれない。
だが、そんなところに──
「あれ」
「……!」
後ろから声が聞こえてきた。
よほど気が散っていたのか、レオネは生徒会室の扉は閉め忘れていたようだ。
入ってきたのは──エルタだ。
「何してるの?」
「髪、切っちゃおうかなって」
「え! い、いいの!?」
レオネの代名詞を切ろうとしているのだ。
エルタもとっさに止めようとするが、レオネは言葉を続ける。
「うん、気づいてほしい人に気づいてもらえなくてさ。だったらもう、いらないかなって」
「そ、そんなの……」
「!」
エルタが浮かべた悲しげな表情に、レオネも少し早まりすぎたかと自覚する。
ならばと話を切り替えした。
「というか、エルタはどうしてここに?」
「用は特になかったんだけど……
するとエルタは、様子をうかがうようにレオネを覗き見る。
まだ確信には至ってないが、どこか意を決したような表情だ。
そうして、口にしたのは──
「レオネ、だよね?」
「……っ!!」
正真正銘、彼女の名前だった。
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