第10話 思い出話と過度な期待
<三人称視点>
「生徒会長を怒らせたー?」
ティナはそう言いながら、首を
今しがた帰ってきたエルタと、生徒会長レオネの話になっているようだ。
「そうなんだよ」
「いや、そんなことあるかな……?」
当然、レオネが兄の幼馴染だと知っているティナは、うーんと考え込む。
するとエルタは、詳細を伝えるように続けた。
「僕が生徒会長の名前を調べていかなくてさ」
「……はい?」
「すごく失礼だったよね。その後、名前を当てる勝負になって、当てられたら許してくれるって」
「いやいや、調べるも何も──」
そこまで言いかけて、ティナは口を止めた。
(ああ、そういう……)
ティナもそれなりに頭は回る。
エルタの鈍感さ、レオネのこと、さらに女の勘も働いて今回の件を全て察したようだ。
(レオネさん、私達の中では
そうは言うものの、さすがに気づいてほしいとティナも思っている。
ならばと、ティナは兄を試すように思い出話を持ち出す。
「ねえお兄ちゃん、孤児院でよくドッジボールしてたの覚えてる?」
「もちろん!」
それにはエルタも、
「僕とティナ、あとセリアと“レオネ”でよくやってたよね」
「それは覚えてるんだ」
「おいおいティナ、僕もさすがに幼馴染を忘れるわけないよ」
「……そうだね」
名前出てるんですけど、とため息をつくティナと共に、エルタは思い出にふける。
────
「それーっ!」
高く幼げな声と共に、金髪の少女セリアがボールを投げた。
セリアが投げた先にいるのは、相手チームのティナだ。
「きゃっ!」
少し速いボールに、ティナの体は思わず縮こまってしまう。
だが、そんな彼女を守るように、横から体が飛び出してくる。
「ほっ!」
間に入り、兄エルタが見事にキャッチしたのだ。
「ティナはぼくがまもるよ」
「お兄ちゃん……!」
そのたくましい姿に、ティナはわあっと立ち上がる。
エルタは今と変わらずだが、この時のティナは兄の背中に守られるばかりだった。
ならば、チームのバランスが悪いように思えるが、そんなことはなく。
なぜなら──
「エルタ、すっごぉーい」
レオネもひ弱な方だったからだ。
男の子エルタと、
男勝りなセリアと、ひ弱なレオネ。
これで両チームのバランスは取れていたようだ。
この時のイメージが強いエルタは、まさかレオネが学院の生徒会長になっているとは思わないだろう。
また、この時のレオネは
「レオネ、ぎんいろが生えてきてる?」
「……っ!」
セリアがふと言葉に出す。
全体的には
対してレオネは、さっと頭の頂点を隠した。
「き、気のせいだよ……」
「ふーん、そっかぁ」
特に疑問に思わなかったセリアは、それ以上は突っ込まない。
しかし、レオネ自身はちゃんと知っていた。
自身の頭頂部から、
十年後は全体にわたって輝く銀髪も、この時のレオネは隠していたようだ。
なぜ隠さなくなったのかは──また後の話である。
そして、エルタは二人に呼びかける。
「おーい。セリア、レオネ、なげるよー」
「あ、エル君が投げ返してくる! レオネはワタシのうしろだよ!」
「う、うんっ!」
こうしてエルタ達は、この日も疲れ果てるまで一緒に遊ぶのだった。
────
思い出話を終え、エルタはうんうんとうなずいた。
「懐かしいなあ。レオネもティナみたいだったよね」
「……うん」
「そういえば、レオネは今何してるんだろうなあ」
「……はぁ」
そんな兄の発言には、ティナは頭を抱えるしかない。
だが同時に、思い出話で安心できたこともある。
やはりエルタは、決してレオネのことを忘れたわけではなかった。
もし忘れていたらどうしようかと思ったが、そこまで人でなしではなかったことに、ほんの少し
しかし、これ以上話を進めれば、エルタも「まさか」と勘づくかもしれない(勘づきそうにないが)。
ティナはこの辺で話を切り上げることにした。
「じゃあお兄ちゃん、勝負がんばってね。早く名前を当ててくれないと、私も生徒会の一員として気まずいから」
「だよね。ごめんな、迷惑かけて」
「だ、大丈夫……」
(うん、悪い人ではないんだよね……)
素直に謝ってくる辺り、ティナもレオネと同じくそう思っている。
ただ、突き抜けた"鈍感さ”が
こんなところも、エルタらしいといえばエルタらしいのだが。
「じゃ、明日からは学校でもね。おやすみ」
「おやすみ〜」
そうして、エルタは講師としての生活をスタートさせた。
★
次の日。
「新しく講師になった、エ、エルタです!」
大講義室の
前日に何度も練習したが、表情には緊張が見られる。
それもそのはず、エルタの視界にいるのは──たくさんの学院生。
「あれがビルゴ教頭に勝ったっていう?」
「そうらしいぞ!」
「私達もとあんまり年変わらなくない?」
「ああ、十八だってさ」
「なのにそんな強いの!?」
「え、なになにすごい人?」
学院生たちは、エルタの姿を前に早速ざわざわしている。
ビルゴ教頭との模擬戦から、すでにエルタの噂が広がっているようだ。
「えと、僕はこの『魔物学』と『戦闘訓練』を担当するので、よ、よろしくお願いします!」
だからこそ、エルタの講義にはかなりの人数が押し寄せていた。
王都エトワール学院の授業は、“選択式”。
生徒それぞれが受ける講義を選択し、一定の成果を上げることで単位を取得できる。
となれば、講義によって人気不人気も出てくるというもの。
そして、エルタの講義はというと──
(な、なんでこんなに人が……?)
大人気も大人気だった。
混雑を予想して用意された一番大きな講義室でも、人が入り切っていない。
後ろの方には立っている者までいるほどだ。
だが、その中でも、エルタはちらりと最前席に目を向ける。
そこに当然のように座っているのは──ティナだ。
(最前席なのかよ!)
(朝から並んでますから……!)
二人はアイコンタクトで会話を交わす。
ここまで通じ合うのも兄妹ならではだろう。
“朝から並ぶ”という学院では中々見られない行動も確認したところで、エルタはその
もう一人、気になる者がいたようだ。
そこに座っているのは、すでに必要単位を取り終え、講義にはほとんど参加しないはずの生徒だった。
「ふふん」
「……っ!」
生徒会長レオネだ。
最前席で腕を組み、目立つ専用赤マントを
決意した通り、早速エルタに思い出してもらうための全力アピールを始めているようだ。
その姿には、周りの学院生も注目せざるをえない。
「まじかよ、生徒会長が来てるぞ!」
「もう講義は参加してないんじゃなかったか?」
「ていうか、教える側の方が大変だろ!」
「ああ、ほとんどの教員よりは知識も実力も上だろうからな」
それと共に、さらにエルタの期待度が高まる。
レオネが見に来るほどの授業とは、一体どんなものかと。
(え、えぇ……)
ティナに巻き込まれて講師に
今度はレオネに巻き込まれる形で、過度な期待をされてしまっていた。
だが、これから始まるのは、そんな期待をも上回ることになるエルタの初講義である──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます