第6話 懐かしい雰囲気

<三人称視点>


「かんぱーい!」


 エルタが元気にコップをかがげる。

 ──が、同じテーブルに座る二人は続かない・・・・


 それどころか、何やら言い合っていた。


「副団長様が兄に何の用ですか?」

「そちらこそ、生徒会のお仕事は良いのか?」


 同じテーブルに座っているのは、妹ティナと、幼馴染セリアだ。


 騎士団での一件があって、現在は夕方。

 ティナと放課後に約束をしていたエルタだったが、幼馴染のセリアと会ったことで三人で食事をしようと提案した。


 記憶の中のティナとセリアは大の仲良しだったため、特に問題ないだろうと思っていたのだ。

 だが今、こうして二人はなぜかバチバチしている。


「……かんぱーい」


 肩身が狭いエルタは、人知れずコップを下げ、寂しく自分の左拳と合わせた。

 そんな悲しい仕草しぐさすら目にせず、二人は未だにらみ合う。


「お兄ちゃんは、私の兄なんで!」

「ワタシが一番仲良しだったもん!」


 十年間会えなかったエルタを取り合っているようだ。

 その気持ちを爆発させ、セリアの口調も昔のものに戻っている。


「あ、あの……」


 だが、二人には仲良くしてほしいエルタ。


(こうなったら……!)


 ならばとバッと間に入って宣言する。


「二人とも、今日は楽しくしよう! 僕がなんでも言う事聞くから!」

「「ほんと!?」」

「えっ」


 言い合いをやめてほしくて、エルタは注目されるようなことを口走った。

 だが、その瞬間にピタっと止み、予想以上の食いつきを見せたのだ。

 真顔のエルタは「もしかしてやらかしたかも」と今更ながら後悔する。


「え~? お兄ちゃんに何頼もうかなあ」

「エル君と……なんでも……」

「ちょいちょい、お二人さん」


 急に自分の世界に入り始める二人に、エルタは焦りを隠せない。

 だが、ニヤついた二人は互いに話し始めた。


「何にします~? セリアさん」

「迷うねー、エル君は鈍感さんだから」

「……!」


 そんな様子に、エルタは目を見開く。

 図らずも、二人の関係が変わっていない部分が垣間かいま見えたからだ。


(なんだ、やっぱり仲が悪くなったわけじゃなかったのか)


 この懐かしいような雰囲気に、心から安堵あんどする。

 まさに一件落着というやつだ。

 お願いを聞く約束をしたこと以外は。


「じゃあ二人とも、気を取り直して」

「「……!」」


 そうして、すっとエルタが掲げたコップに、今度は二人も続いてくれる。


「かんぱい!」

「「かんぱーい!」」


 カンっと気持ち良い音と共に、ようやく三人の団欒だんらんな会が始まる。

 この久しぶりの再会に、存分に話に花を咲かせたようだった。


 

 


「そういえばお兄ちゃん、例の件なんだけど」

「あー」


 会もしゅうばんに差し掛かった頃、ティナが話を持ち出す。

 “エルタを学院の講師に推薦する”と言っていたことについてだ。


「今日、学院長に推薦してきたよ」

「ははっ。本当にしたのか」

「それで結果はね──」


 だが、エルタは軽く笑って返事を待つ。


 なにしろ王都エトワール学院は、国の最高峰教育機関。

 そんな場の講師に、自分のような怪しい奴が通るとは思えなかったのだ。

 どうせ却下されたんだろうと予想したのも、つかの間。


「無事に通ったよ」

「そりゃそうだろ……って、え?」


 すでに準備していた言葉のはずが、途中で違う返答に気づく。


「だから“通ったよ”って。しかも明日面接したいって」

「ええええ!?」


 思わずガタっと立ち上がったエルタ。

 だが、ティナは当然と言わんばかりの誇らしげな表情で続ける。


「私がお兄ちゃんのすごいところいっぱい伝えたから! そしたら、学院長がすごく興味を持ってね」

「おいおい……」


(その学院長、大丈夫か?)


 そう思ってしまったエルタだが、口には出さないでおく。

 また、そんな会話にセリアも入ってくる。


「エル君、これはすごいことだぞ。今は学生ですら中々入れないのに、そこの講師だなんて」

「でも、まだ決まったわけじゃないだろ?」

「たしかにそうだが、面接に進むだけでも立派だぞ。学院は講師を募集しているとは言え、取るに足らない者は容赦ようしゃなく却下するからな」

「僕なんて取るに足らない筆頭でしょ……」


 エルタには素直に喜びたい気持ちもあるが、やはり自分なんかに務まるのかという不安が勝る。


 これも、常識を学ぶ十年間をダンジョン最下層で過ごしたからだろう。

 学院という場に行ったことすらないのに、生徒に教えるなど、さらにハードルの高いことだからだろう。


 だが、そんな様子のエルタを、うきうきした表情のティナが後押しする。


「大丈夫だよ! だって、アステラダンジョンから帰還したんだもん!」

「だからそれは魔物がいなかったからで……」

「むうう」


 そして最後には、強引に話をまとめ上げた。


「とにかく面接だからね! 明日一緒に来てもらうからね!」

「……はい」


 妹の言葉には、首を縦に振るしかない兄であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る