第7話 進路
沈む夕陽によって赤に染められた女神鉄塔にいる二人の会話を聞くものは、秋の空を飛ぶ蜻蛉と鳥だけだった。
「まずは、お前はもう遺族からの復讐を待たなくてもいいし、怖がる必要もない!なぜならオレがそれをさせないからだ!!」
自分のハンカチで涙を拭いながら鼻水を啜る愛夢の前に、美剣はあぐらをかいて座る。
「お前が三歳の頃の事件だから、もう十五年も苦しんだんだ。刑期並みだろ!今日で終わり!ぐだぐだ言うやつはオレが燃やす!もう大丈夫だ!」
その声と同時に美剣の指がパチンと鳴り、一瞬だけ紅炎が奔(はし)る十五年背負ってきた枷に火が点り、燃え尽きていく、そんな気がした。警察と自衛隊をも殺したアスピオンよりも強い美剣がくれた"大丈夫"が、殻を壊された愛夢の心を優しく守る。
沢山の言葉をくれる美剣に、愛夢は笑顔も相槌も返事すらしていない。それなのに優しい言葉が、まだ降り注ぐ。
「他には?怖いこととか、不安なこと、ないか?オレが、全部燃やしてやるから言ってみろよ!」
愛夢は泣いて、しゃがれた声で微かに囁く。
「ここから、落ちそうで、怖い・・・です」
「もし落ちてもオレが絶対に助けてやるから心配すんな!でもお前、本当は違うこと考えてるだろ?」
ここへ登ってきたときから心配でたまらなかったことを、美剣に吐き出す。
「美剣さんが呆れて・・・、私をここに置いていってしまうかもって、歩いて帰れって言われる気がして怖いっ!」
怒られるかもしれない、嫌われるかもしれない、しかし美剣のことを信じたいから、最後に試すように本当の心の声を告げた
「ネガティブ過ぎだ!お前の中でオレはそんな屑男なのか!?ショックだ・・・。まぁ、いきなり変われというほうが無理か!わかったよ、んっ!」
あぐらをかいたまま美剣は愛夢に向かって両手を広げた。
「・・・んっ?」
その意図が分からず首を傾げ、もらった言葉をそのまま返す。
「オレにしがみつけ!そしたら落ちても大丈夫なうえに、オレに置いていかれる心配もないだろ?」
美剣はいつも愛夢の斜め上をいく。口約束で置いていかないと言ってくれれば、それでよかった。自分なんかが美剣に抱きつくことが申し訳なく感じ、戸惑いまた下を向く。
「お前は今から、落ちたくなくて、置いていかれたくなくて、仕方なくオレに抱きつくんだろ?」
大人の余裕からなのか、愛夢がわかりやすいからなのか、美剣はいつも心をよんだように、そのときに欲しい言葉をくれる。
「どのみち、抱きついてもらえなきゃお前を下に降ろせない。だから・・・こいよ」
美剣がひどく落ち着いた声色の優しい声で愛夢を呼ぶ。その声は、まるで"おいで"と言ってくれているようで、吸い寄せられるように彼の腕の中に飛び込んでしまう。
シャツに顔を埋めると香水と汗に紛れて、ほんのりとする煙草の香りが愛夢の鼻腔をくすぐった。
美剣は愛夢の許可なく体に触らぬよう、抱きしめることはせずにあぐらの上に手を置く。
「私っ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃでっ!美剣さんのシャツ、汚してごめんなさいっ!」
「いいよ、そんなもん。お前が戦ってくれてありがとうって言ってくれて、お巡りさんからも守ってくれようとしてくれたから、逆にお釣りが出るくらいだ。ありがとうな」
ただそれだけなのに、ありがとうを言ってくれた。漁火も、今が平和だと言ったことに対しありがとうをくれた、それで報われると。こんな愛夢の言葉で満足してくれるのだから、きっとメテウスは優しすぎる人に宿るのだろう、同時に、だから自分にはメテウスはきっと宿ってはいないだろう、と愛夢は思った。
「さぁて、今、一番不安なこと、怖いことを聞かせてくれ。じゃないと心配でオレはお前を帰してやれん」
耳元で聞こえる優しい声に遠慮や謙遜が解かれる。
「学校が・・・、怖いっ!」
「何があった?言える範囲でかまわん教えてくれ」
「何をしても嫌われる!頑張ったら周りから嫌な顔をされて虐められる!頑張らなかったらやっぱり底辺負け組ってバカにされる!」
「そうか・・・、他には?」
「ご飯を食べてるだけで嗤われてっ!ちょっと目を瞑っただけで、寝ているって先生に告げ口されて揶揄われるっ!歩いているだけで死ねって言われるっ!掃除当番の日は誰も一緒にしてくれないからバイトに遅刻するっ!ひどい時にはゴミをばら撒かれてっ!机や下駄箱に入れられているっ!」
美剣の腕の中で、しゃくり上げた声がくぐもり、涙が彼のワイシャツに染みをつくる。
「ツライことを思い出させてごめんな。今までよく頑張ったな」
「あんな場所、大嫌いだけどっ!無くなればいいって毎日思ってるけどっ!私以外の人には大切な場所だからっ!私がっ・・・私なんか消えちゃえばいいんだって、毎日思ってる!」
「オレがなんとかするから、心を殺すのも、土下座するのも、そんな風に自分を蔑むのも、頼むからもうやめてくれっ・・・!」
美剣の手が愛夢の髪に、背中に優しく触れる。
「許可なく触れてすまんっ!嫌ならオレを殴れ」
自分を包む体温と鼓動が、ひどく懐かしく感じる。
最後に養母に抱きしめてもらったときを思い出す。この人は母ではないと自分で線引きをしてからは一切、甘えることをしてこなかった。そんな子供の頃の自分をも丸ごと抱きしめてもらえた気がして、美剣の背中に手を回して啼泣(ていきゅう)した。
「オレが琴美さんに頼んで、お前を明日から学校に行かんでいいようにしてやる。どうしても行かなきゃならんときは保健室に登校しろ。卒業までそれで過ごせ、いいな?」
「・・・琴美さんって?」
「お前の学校の教頭先生だ。今日の説明会の前に少しだけ話をしたんだ。だから少し遅れた」
美剣は話をしながら子供をあやすように愛夢の頭を撫で続ける。
「でもっ・・・私、こんなんだからっ、"ちゃんと"してても難しいのに、しないと余計に就職できないって・・・みんな言うからっ!」
「お前を守ってくれないやつの言う"ちゃんと"なんて聞くな!どんなことになっても、オレが絶対にお前を助けてやるから!」
「もし、私にメテウスがなかったら?そんなによくしてもらっても私は何も返せないのにっ・・・!?」
「メテウスなんてもの、ないほうがいい!!あってもなくてもお前が心から笑って幸せになれる道を一緒に探すから!それで幸せになってくれたら十分だ!!」
「私にそこまでする価値なんてないのに、なんで?」
頭を撫でる美剣の手が止まり、肩を掴まれる。抱きしめられていた体が引き離され向き合わされる。愛夢は先程まで自分を包んでくれていた体温を名残惜しく感じてしまう。
「そんなこと言うな!ここまで頑張って耐え抜いて生きてきた"お前"が自分を否定することはオレが許さん!価値とか、生きた意味とかそんなもん誰かが決めるもんじゃねぇよ!」
「美剣さんは凄い人だからそう思えるんです!」
「凄いって誰が決めたんだ?お前か?オレの何が凄いんだ?追弔のことか?」
「だってあんなに強くて凄くてみんなを守って・・・」
「つまりお前に認められれば価値がある人間になれるってことか?強ければいいのか?お前の言う守られたみんなは、誰もオレがアスピオンを追弔してることなんて知らない。そのまま死んでも誰もそれを知らずに気付かずに感謝すらしてくれんのにか?」
「でもっ、戦ってくれた事実は変わらない・・・」
「誰の記憶にも残らんぞ」
「美剣さんには仲間がいるじゃないですか」
「なら、仲間がいなくて一人で戦ってるやつのほうがもっと強くて凄くないか?」
「そう、ですね・・・」
二人の長い問答の決着がつく。結果は美剣の勝利の笑顔で終了となった。
「じゃあ、お前はオレより強くて凄いな西宮愛夢!」
「えっ?」
「あんな地獄みたいな場所で、たった一人で戦ってきた!本当は逃げてほしかったけど、今日までよく戦った!追弔なんかよりずっと凄えよ。」
「なんの意味もない、誰の記憶にも残らない戦いです」
やっと、止まった涙がまた目尻に溜まる。
「オレが忘れない!お前が認めるオレより強くて凄い西宮愛夢の戦いを、死ぬ瞬間まで忘れない!」
愛夢の完敗だった。漁火の言った報われるとは、重さがどれほどに違うのかはわからない。だが愛夢も今日、その言葉で報われたことに違いなかった。
「私も・・・美剣さんの戦いを死ぬまで忘れません!」
「ーーっ!最高のご褒美だな!ソレ!」
美剣は腕の中に飛び込んできた愛夢を優しく抱きしめて返す。自分が誰かの記憶に残れるなら、それは生きた証となる。ましてや、それが"あの"美剣なのだから少しだけ今日までの人生を生きてきてよかったと思えた。
「言っておくがお前のいいところは何も強くて凄くてオレの記憶に残ることじゃないからな?これから嫌なこと全部忘れて、やりたい仕事について、やりたいことを全部して、心から笑って楽しむ。それを生きる意味にするんだぞ?」
「よくわからないです。私、これからどうするのか、まだ何も決まってないし・・・」
学校という狭い場所でもうまくやれなかった自分が、社会という広い場所にでる日のことを思うと不安で仕方なかった。
「養母さんへの仕送りのことばっか考えてて、別にやりたい仕事があるわけじゃないのか。じゃあ、お前の得意や好きを・・・って、んん〜?」
何かを深く考え込んだ後、美剣は愛夢からそっと体を離した。
「うーん、悪い、さっきの一旦無しにしてくれ!」
「えっ・・・?」
美剣のその言葉に、先程までかけてもらったあたたかいもの全てが奪われてしまったような気がして愛夢は一瞬で深い絶望感に苛まれる。
「金の話は抜きにお前、やりたいこと、なりたいもの、本当は何かあるんじゃないのか?就職希望って聞いてたからLETに勧誘したけど、本当は進学して勉強してみたいことあるんじゃないか?」
「えっ?」
その発言に虚をつかれてしまい、思考が止まる。
「学校は嫌いでも勉強はそうでもないんじゃないか?だってお前、テストをわざと間違えるくらいには勉強できるってことだろ?」
新しいこと、知らないことを学ぶことは確かに楽しかった。
同級生たちは皆、夢を追う為の知を求めていた。その先の教えられ学ぶものは先人たちの生きた証で、意味で、価値だ。
今日、追弔を支えてくれて人たちがそれを学び活かし生きているように、同級生たちもそう生きていくだろう。
愛夢はそんな夢の知識を得られる機会も場所も、自分には無縁だと諦めていた。
「運動はどうだ?本当のお前は本気を出せば学校で一番凄いんじゃないか?オリンピックで金メダルだって夢じゃない!そしたらファン1号はオレだな!」
ワクチン接種後の体育の授業で、自分が追い抜かしてしまった陸上部の生徒の顔を思い出す。夢を追い、それを自分の価値にしていたあの女生徒の驚愕と絶望の顔が、泣き顔が、忘れられない。だから、足をかけられて転んでも、すれ違いざまに死ねと言われるのも仕方のないことだと自分に言い聞かせた。
そこからはずっと皆んなの後ろ姿を見ていた。
あの背中たちに追いつけるなんて、追い越せるなんて厚かましい夢は抱いてはいけないと思っていた。
「別に得意だけが選択肢じゃない!お前の好きなものをもっと好きになるための勉強も、新しい好きなことを探す勉強とかでもいいからさ!なりたい自分になれるようにオレが協力してやる!金のことなら心配すんなよ?オレが面倒みてやるから!」
好きなものを壊されたり嗤われるのが嫌だから好きなものをつくらないように生きてきた。好きなことも、同じことをしている誰かに嫌な顔をされたくなくて、ずっと好きなことに気付かないフリをした。
「オレは卒業してから家業手伝いしてたから進学するって思考が全くなかった。だからお前の気持ちを勝手に決めてた。ごめんな?」
美剣が優しい言葉をかけてくれるたびに胸が紅炎が灯ったように熱くなる。毎晩、枕を濡らしていた涙とは全く違う熱を持った涙が愛夢の頬を濡らし続ける。
「まだ考えてる途中ならそれでもいいから。一年でも二年でも悩んで大丈夫だ!お前は諦めなければ何にだってなれるんだからさ。その手伝いをさせてくれないか?」
自分自身ですら信じられなかった可能性を美剣が全力で信じてくれた。教師ですらくれなかった言葉をくれた。抱きしめて頭を撫でてくれた。
あたたかくて優しい言葉をかけてくれる美剣はまるで愛夢の想像の中にいる理想の家族のようだった。
「その言葉だけで十分です。そこまでしてもらう理由がありません」
そう言い、愛夢は心からの感謝を込めてお辞儀をした。
「まぁ、いきなり現れたおっさんがオレを信用しろって言ってきて、金出すって進学勧めてきたらさすがに引くわな」
美剣のその言葉に胸に棘が刺さったような痛みがはしる。
話したいのに言葉が出なくなり、涙が止まる。
「理由になるかはわからんが、昔オレはお前みたいに周り中が敵だらけで毎日嫌がらせをされてて悔しくて悲しくてそこから逃げ出した過去がある。だから一人で頑張って戦ってるお前を見て助けてやりたくなったんだ」
「美剣さんみたいに強くて優しい人がっ・・・!?」
本当は逃げてほしかった、一人で戦って凄い、と美剣は愛夢に言っていた。
かけてくれた言葉が美剣自身の経験を基に言われたことがわかってから全てが先程までとは重みが違って感じられた。
「昔からこうだったワケじゃねぇけど、嫌がらせの理由はオレが傷害の前科持ちだったからだ。まぁ自業自得?因果応報?ってやつだな」
「えっ?」
愛夢は信じたくないと思った。
自分は今日出会ったばかりの美剣の何を知っているわけでもない。
漁火に脇固めをきめたときは、勘違いではあったが愛夢を助けるためだった。
美剣が誰かを傷つけたのはきっと理由があったからに違いないと強く信じられた。
「すまん、怖いし気持ち悪いよな?前科持ちなんて」
また言葉につまり、胸に痛みを感じる。
「ごめんな?ろくな学歴もないバカな前科持ちのおっさんが女子高生の手助けしてやりたいなんて言って。見返りを求めてると思われても仕方ねぇよな」
悲しそうに笑う美剣の言葉に呼応して胸に感じる痛みが大きくなる。
気付くと言葉が口から勝手に飛ぶように放たれていく。
「私のために言ってくれたのにそんなこと言わないでください!今日かけてもらった言葉に私は救われました!美剣さんが前科持ちでも何も関係ないです!」
「そっか、ありがとう・・・、気を使わせてすまん」
愛夢は美剣が謝るたびに胸の痛みが増すことに気付く。痛みの正体は"悲しみ"だった。
「謝らないでください!謝まったらっ・・・、美剣さんがくれた優しい言葉が、私が嬉しかったことが全部、否定されてるみたいでっ・・・、悲しいっ!」
やっと止まった涙が蛇口が壊れたように溢れ出す。
美剣が傷害の罪を犯していても、迫り来るアスピオンの脅威から自分たちを守ってくれたこと。
美剣が前科持ちゆえの傷から、殺人犯の娘である愛夢の傷に寄り添い励ましてくれたこと。
それらに変わりはないことを、感謝を伝えたいのに子供のように大きな声で「うわあぁん」と泣くことしかできなかった。
「あー、笑ってほしいだけなのにまた泣かしちまったー!どうしたら泣き止んでくれる!?謝るのはダメなんだよな?あー!困ったぁ・・・」
どうしていいのかわからないのは二人とも同じだった。
オロオロと猫のように右往左往する美剣に愛夢は震える手を伸ばす。
鉄塔の高さと置いていかれる恐怖にに怯える愛夢を宥めるために美剣がしてくれたように。「んっ」の言葉は鼻水を啜っているような音がして美剣にうまく伝わったかはわからなかった。
「訴えられたらオレの負けだな」
美剣は一瞬、驚いた顔をして困ったように笑い、ため息をついた。そしてゆっくりと愛夢の腕の中に収まり背中に手を回す。
「美剣さんっ、ごめんなさいっ・・・!」
愛夢は鉄塔に登ってくる途中の美剣との会話を思い出す。「オレのために言ってくれたんだろ?バカじゃねえよ!嬉しかったから謝らないでくれよ!」そう言い優しく笑ってくれたときのことを。
今、自分のためにかけられた言葉を否定されることの辛さを、心に棘が刺さる痛みをその身で知った。
美剣はそのことを怒鳴るでも殴るでもなくただ言葉で優しく諭し気付かせてくれた。
「おっ?今度はオレも泣いちゃうぞ〜!」
わざとらしい明るい声が耳に届く。
美剣の手はまた子供をあやすように優しく愛夢の背中をさする。
誰かに泣かされれば本気で怒ってくれた。
閉じこもっていた殻を壊してくれた。
諦めて閉した道を歩ませようとしてくれた。
間違えたら正しい方へ優しく教え導いてくれた。
そのあり方が物語の中にいる理想の父親のように感じられて「美剣さん、お父さんみたい」と口に出してしまいそうになる。
美剣からの答えを想像する。
「そんな年じゃねぇよ!」きっと彼はそう言うだろうと考えると自然と口元に笑みが浮かぶ。
抱きしめあっているために、その顔は美剣に見られることはなかった。
愛夢の顔に美剣の無造作に伸ばされた赤髪が触れる。写真や映像でしか見たことがないが、ゴワゴワしてあたたかいそれはまるで立髪のようだった。
"お父さん"とは言えないので変わりに感じたことをそのままに言う。
「美剣さん、ライオンみたい」
突然怒ったり、笑ったり、オロオロしたり、でも最後には優しく寄り添ってくれる美剣が猫のように思えた。ライオンは猫科だから間違いではない。
「そっか・・・、嫌いじゃないよライオン」
優しく怒られると思っていたが受け入れてもらえたことが嬉しくて抱きつく力を強める。それに答えるように美剣も愛夢の背中をトントンと優しく叩く。
「とりあえず自分がどうなりたいのか、どうしたいのかゆっくり考えろ。いくらでもオレが力になるから」
美剣は愛夢から体を離し肩に手を置き、目を見つめ優しく力強くそう言った。
「・・・はいっ!」
夕陽はとっくに沈み空は宵の顔をしている。
「さて、もう暗い、急いで帰らにゃならん。時短のために帰りはここから飛び降りたいんだが、お前が怖いなら登ったときみたいするぞ?」
美剣はそう言い立ち上がり愛夢に手を差し伸べる。
「大丈夫です。美剣さんを信じていますから」
美剣の手を握ると力強く引き寄せられる。
「存分に信じてくれ!さて、三階から飛び降りたときの抱え方か、登ってきたときの抱え方、あとはコレ!どれで降りたい?」
コレ!と言う声と同時に太ももの裏を抱えられ愛夢の体が浮いた。
立っている美剣の腕に座って体を預けている今の姿は側から見れば"抱っこ"の状態であり、まるで自分が小さな子供になったようで気恥ずかしさを覚える。
「どれがいい?どれを選んでも傷一つなくお前を下まで降ろしてやるぞ!」
答えは決まっていた。愛夢は恥ずかしさを隠すために美剣の首に強く抱きつく。
「コレで、お願いしますっ・・・」
「任せておけ!!」
高らかな美剣の笑い声と共に格子の上を歩く音が鳴る。そして体が落下していく感覚が愛夢を襲う。
三階から飛び降りたときとも、鉄塔に登ったときとも違い美剣を信じているから恐怖は微塵も感じなかった。
この嬉しくて優しい気持ちのままなら、たとえ死んでもいいとすら思えるほどに愛夢は幸せだった。
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