第20話 再びの別れと、息子の成長

あれから数日が過ぎ、色々と状況は変化した。


まずは王都からも正式に監査官が来て、奴の罪状が明らかになった。


予想通り、両親がいなかったり片親の子供を狙って、人を雇って攫っていたらしい。


それを他の貴族に譲ったり、自分の趣味嗜好のために使っていたとか。


儂はそんな話を、ひと気のない丘の上でユーリスと話していた。


「……反吐が出る話じゃな」


「ええ、本当に。しかし、これは氷山の一角でしょう。今までは魔王を倒すため、北の大地に目を向けてきました。逆を言うと、国内に目を向ける余裕がなかったのかと」


「うむ、そもそも当時は国自体が大変じゃったろうな。それこそ、魔王以外についても」


クラウス陛下は、本来なら第二王子で王位に就くはずではなかった。

しかし国王陛下が寿命で亡くなり、同時期に王太子であるアスラ様がご病気になり、帰らぬ人となってしまった。

それにより、急遽クラウス様が王位に就いた。

クラウス様はもちろん、交際をしていたユリアも寝耳に水だったに違いない。


「はい、そうだと思います。その間に、国の内部から腐っていたのかと。私もまだ短いですが、王宮に勤めてわかりました」


「そうか……今の国はそのようになっているのか」


「もちろん、良き方々もおります。しかし、そうでない方もいるのでしょう」


「王太子としての教育を受けてなかったクラウス様は苦労したろうな。そして、それを支えるユリア様も……儂は、何も手助けできなんだ」


儂は魔王を倒すことで、頭が一杯になっておった。

何より、シルフィード家当主であるロイス様は高潔な人物であった。

王都にいないことも含め、そのような腐った貴族達がいることに気づけなかった。


「いえ、お二人は仰ってましたよ。シグルドには、感謝しても仕切れないと。貴方という希望があったから、二人は頑張れたそうです」


「お二人がそんなことを……しかし、こうして問題がある以上、儂も何かしなくてはなるまい」


「お二人は、貴方は充分に働いてくれたと。だから、そんなことは気にしなくていいんですよ。そしてこれは私から……貴方は、これからも自由に旅を続けてください——ここに頼れる息子がいるのですから」


ふとその顔を見ると、ユーリスが優しげに微笑んでいた。

その落ち着いた姿は、もう子供とは言えない。

いつのまにか、こんなに成長していたのか。


「ユーリスよ……大人になったのう」


「当たり前ですよ、もう二十五歳ですから。と言うわけで、貴方は引き続き好きに生きてください。あと、気にしても仕方ないです。どうせ、騒動に巻き込まれるのですから」


「むっ、人を何でもかんでも首を突っ込むお節介扱いするでない」


「いやいや、普通は見ず知らずの子供達のために薬草を取ったり、岩虎と戦ったりしませんって。ましてや、誘拐犯を突き止めたり。貴方、まだ王都を出て数日ですからね?」


……確かに、それを言われると痛い。

この先もああいう場面があれば、儂は動かすにはいられまい。


「ぐぬぬっ……口ばかり達者になりおって」


「誰かさんが口下手なものでしたで。いわゆる、反面教師というやつですね」


「……儂のことか?」


「他に誰がいるんですか。自分が邪魔になると、一人で決めて出て行ってしまう方ですから。王妃様も、国王陛下も心配なさってましたよ。命の恩人を追い出すような真似をしたと」


なるほど、出ていくときにもユリア様に言われたな。

まさか、国王陛下まで思っているとは。

そう言えば、国王陛下……クラウス様とは、もう何十年も話しておらんな。


「儂はそんなことは思っていないのじゃが」


「だから言葉や態度が足りないのです。いいですか? 旅先できちんと手紙は書いてくださいね?」


「う、うむ……」


「それと、紋章は好きに使っていいとのことです。お二人が、それくらいはさせてくれと仰ってました」


「……わかった、有り難く使わせて頂こう。お二人にも、よろしく頼む」


「ええ、お伝えします。それでは……そろそろ行きます」


ユーリスは立ち上がり、大きく伸びをする。

ひとまず事件も解決し、ここでのユーリスの仕事は終わった。

故に、今日が王都に帰る日となっている。


「うむ、達者でな」


「シグルド様もお元気で……全く、数日前の感動を返してくださいよ。こっちは、今生の別れのつもりで挨拶したのに」


「それを言われると痛いのう。儂だって予定外じゃよ……あれも含めて」


実は、とあることで頭を悩ませていた。

アルトが……儂の旅についていきたいと言いだしたのだ。

ひとまず、断りはしたのだが……ローザ殿にも良かったらお願いしますと言われてしまった。


「連れて行ってあげたらいいじゃないですか? 親子さんや妹さんも許可してますし」


「それはそうじゃが、危険な旅になる」


「魔王を倒す旅に、十二歳だった私を連れてってくれたのは誰ですかね?」


「……そういえば、そうであったか」


ユーリスを拾ったのは十二歳……今のアルトと同い年か。

ある程度経った時、王都の知人のところに預けようとした。

しかしユーリスがついていきたいと言い、結局儂が折れたのだったな。


「魔王を倒すたびに比べたら安全でしょう? 今は、オルトスもいますし。というか、オルトスのためにいた方がいいかと」


「む? どういう意味じゃ?」


「オルトスと私が出会った時、既に私も大人でした。あいつまだ子供で、遊び相手が必要かと。あと、自分より弱い者を守る経験も必要だと思います」


「うむ……」


確かに、この数日でオルトスも変わった。

いや、本来の姿に戻ったという方が正しいか。

今までは大人ばかりが側にいて、背伸びをさせてしまったのかもしれない。


「それに、私の目から見ても彼は見所がありますよ。あとは、覚悟と目的だけかと」


「……行動力、誰かのために動こうとする気概、きちんと自分のできることを判断していたな。儂の若い頃に比べたら、上等なものだ」


「私もですよ」


「……わかった、検討してみよう」


「ええ、それでいいかと……それでは、私はこれで」


そう言い儂に背を向け、今度こそ去っていく。


……以前は見送られたから気づかなんだ。


彼奴め、立派な背中になりおって。

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