第18話 救出

アルトを後からきたロハン殿に任せ、儂らは急いで行動をする。


これでアルトも勝手なことはしないだろうし、儂らも全力を出せる。


ここからは時間の勝負……何としても、エルルを救い出してみせよう。


「ウォン!(こっちなのだ!)」


「こっちは……向こうの方に、やたら豪華な家が並んどるな」


「どうやら、この先は貴族や富裕層が住んでいるようですね」


「なるほど、如何にもきな臭いのう」


そしてその一画に近づくと、門があり兵士がいた。

時間を取られると思ったが、すぐに通された。


「随分とあっさり通されたのう」


「それはそうでしょう。なにせ、国王陛下の名代とも言える紋章を持っているのですから。例え領主や貴族であっても、それを無視はできないはず」


「……は?」


儂の口から、思わず間抜けな声が出てしまう。

流石に冗談かと思い、ユーリスを見るが……首を振られた。


「……本当なのか?」


「ええ、あれを持っている者は国王陛下の意思を持つ者とされるそうです。といっても、シグルド様は長く王都にいませんでしたから知らないのも無理はないかと。無論、側にいた私も知りませんでしたよ」


「ユリア様は、クラウス様が儂に、と渡したのじゃが……」


「よほど、信頼されているのでしょう。確か、私が仕える前に知り合ったのですよね?」


「うむ、そうじゃ。まだ儂が、シルフィード家に仕えていた時じゃな」


あの頃は、良くクラウス様が母君と一緒に遊びに来られていた。

その理由としてクラウス様の母君が、ユリア様の母君と従姉妹の関係にあったことが大きい。

お二人の母君は幼少期から仲が良く、その関係で輿入れした後も仲良くしていらした。


「ちょうど、今のシグルド様のお姿くらいの時ですか?」


「……そうなるのう。よく稽古をせがまれたり、護衛としてユリア様と三人で出掛けたりしておったよ」


「じゃあ、その頃の思い出が信頼に繋がっているのですね」


「……そういうことになるのかのう」


流石にユーリスにも言えないが、儂はクラウス様の弱みをいくつか握っていた。

その中には……妖魔に襲われた時にお漏らしをしたことも含める。

しかしそれは、墓場まで持っていく決めてあった。

まさか、紋章は口止め料とは言わんよな?


「どうしました?」


「いや、なんでもない」


「ウォン!(二人とも! この家の前で途切れてるのだ! それに、家の中からエルルの気配がするのだ!)」


オルトスの言葉に、儂らは顔を見合わせて頷く。

雑談をやめ、気持ちを切り替える。

この緩急も戦う者にとっては大事なことじゃった。

そのことを、ユーリスも覚えていて嬉しく思う。

まずは近くの壁の陰に隠れ、作戦を立てる。


「ユーリスよ、今一度確認する。つまり、この紋章があれば突入可能か?」


「はい、多少強引ですが問題ないかと。オルトスがいうなら、いるのは間違いないでしょうし」


「わかった。では、有無を言わさず突入するとしよう。ただし、誰も殺すな。中には、何も知らぬ者もいるかも知れん。そして、エルルの安全が最優先である」


いくらこちらに正当性があっても、後々面倒なことになったら困る。

紋章を持っているとはいえ、それは好き勝手にしていいということでもない。


「畏まりました……ふふ、不謹慎ですが嬉しいですね。こうして、貴方と共に戦えることが」


「遊びではない……と言いたいが許そう。儂の背中、お主に預けるぞ」


「はっ! お任せください!」


「オルトスよ、お主は小回りが利くし匂いと気配でエルルの居場所がわかる。儂らが門の前に行き次第、別行動にて壁を超えてエルルの元に向かえ。そして、儂らが行くまで守り抜くのじゃ」


「ウォン!(わかったのだ!)」


「決まりじゃな……オルトス、ユーリスよ、儂に力を貸してくれ」


二人で頷くのを確認し、儂は門の前に出る。

すると、二人の門兵が異変に気付く。

しかし対応は遅く、儂とユーリスはそれぞれ兵士に迫る。


「な、なんだ、貴様らは……ぐはっ!」


「かっ……!」


「遅いですね」


「悪く思わんでくれ」


儂とユーリスの峰打ちにより、兵士達が地に伏せる。

これで、しばらくは眼を覚ますことはない。

ユーリスが門番の腰から鍵を拝借し、鍵合わせをして素早く扉を開けた。


「相変わらずの手際じゃな」


「シグルド様は、こういうの苦手ですからね」


「放っておけ、どうせ不器用じゃよ」


「いえいえ、適材適所というやつですよ。さあ、参りましょうか」


堂々と門から入ると、異変に気付いた兵士達がやってくる。


さて……オルトスの方は上手くやっておるかのう?



……やっと、我も主人の役に立てるのだ。


ずっとお世話になってばかりで、守られてばかりだった。


主人の寿命を聞いた時、我は悲しくなった。


自分が大人になる前に、死んでしまうと知ってしまったから。


だけど、主人は若返った。


これで、育ててもらった恩を返せると嬉しくて堪らない。


「ウォン!(何より、大好きな主人のために働けるのだ!)」


「きゃ!?」


「どっから来たの!?」


窓を割って入ってきた我に、メイド姿の人達が驚く。

ただ兵士は主人たちの方に行っているのか、そこまで数は多くない。


「グルルッ!(戦えない者は下がるのだ!)」


我が威嚇すると、蜘蛛の子を散らすようにメイド達が逃げていく。

戦えない者には手を出さない、それが主人の教えだ。

そして、それでも向かってくる者には……。


「狼が出たぞ!」


「こっちだ!」


「ウォン!(容赦はしないのだ!)」


我は屋敷内を縦横無尽に駆け回り、次々と兵士たちに攻撃を仕掛けていく。


「ぐぁ!? あ、足が……」


「こいつ、素早いぞ!」


我は殺さぬように、兵士達の足に傷をつけていく。

これで、暫くは動けないはずなのだ。

その隙に、エルルの元に一直線に向かう。

どうやら下の方から気配がするので、地下への階段を降りていく。

そして、扉をぶち破ると……目の前に、縄で縛られたエルルがいた。

その周りには男達が数名いる。


「わんちゃん!?」


「魔獣だと!?」


「こんなところにシルバーウルフが!?」


主人の教えその一! 敵が隙を見せたら逃さずに!


「アオーン!(邪魔なのだ!)」


「ぐはっ!?」


「く、くそっ! 足をやられた!」


先程と同じように、太ももに爪を立てた。

これで素早い動きはできないはず。

我はそのままエルルの元に向かい、その顔を舐める。


「わわっ!? くすぐったいよぉ〜!」


「ウォン!(我がきたからにはもう安心なのだ!)」


「うん! わんちゃんが助けに来てくれた!」


「ウォン!(乗るのだ!)」


「……乗るのかな? よいしょっと……」


どうやら、我の意図が伝わったらしい。


後は、この子を守り抜くだけなのだ。


エルルを背にし、我は魔力の糸を主人へと送るのだった。

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