第15話 事件
ギルドを後にした儂は、街の外へと向かう。
すると、門の前でロハン殿と遭遇した。
「これはシグルド殿、お出かけですか?」
「ええ、ロハン殿。冒険者登録をするために、最初の依頼をこなすところじゃ」
「……なるほど、あの紋章を持つ方なら心配はありませんね。ただ、最近は色々と物騒なので気をつけてください」
「ふむ、どういうことじゃろう?」
「妖魔が増えたり、人が増えたことで問題が多発しているのです。中には強盗や人攫いなどもいる始末……」
……魔王が死んだことで、逆に世が乱れたか?
これも、儂の責任かもしれんのう。
「そうであったか。それで、儂も疑われたのだな」
「仰る通りです。職をなくした者が犯罪に手を染めるのは珍しくありませんから」
「ふむ、悲しいことにな。わかった、気をつけるとしよう」
「ええ、お気をつけください」
ロハン殿に見送られ門を出て、しばらく歩いた後……魔力の糸を通じてオルトスがやってくる。
嬉しそうに尻尾を振り、何処からどう見てもご機嫌であった。
「ウォン!(主人!)」
「オルトス、昨日ぶりじゃな。元気にしておったか?」
「ウォン!(うむ! 久々に走り回ったのだ!)」
「久々って、儂が王都にいる間も外に居ただろうに」
「ウォン……(あの時は、走る気分になれなかったのだ……)」
「すまん、そうじゃったな」
魔力の糸が通じているので、死んではいないとはわかっていたはず。
それでも、きっと心配しただろう。
儂はオルトスの頭を優しく撫でる。
「ククーン……(気持ちいいのだ……)」
「全く、まだまだ子供じゃな」
「ウォン!?(ち、違うのだ!?)」
すると、慌てて儂から離れる。
そうか、もしあの場で死んでいたらオルトスは悲しんだであろう。
ユーリスやユリア様も、きっと悲しんでくれたに違いない。
……死んでも良いと思っていたなど馬鹿じゃったな。
「さて……どうやら、冒険者になるには試験があるらしい。そのためにゴブリン退治と薬草を拾う必要があるみたいじゃ。お主にとってはつまらんと思うが、ついてくるかのう?」
「ウォン!(当たり前なのだ!)」
「そうかそうか。では、参るとしよう……儂についてこれるかな?」
「ウォン!(競争なのだ!)」
儂は遊んで欲しそうにしているオルトスのため、競争を提案する。
すると嬉しそうに尻尾を振り、顔を輝かせていた。
儂が老いてるばかりに、この子と全力で遊ぶことなどなかった。
せっかくの機会、この時間も大切にせねばならんな。
◇
……強くなるってなんだろ?
部屋でそんなことを考えていると、エルルがやってくる。
「お兄ちゃん! どうしたのー?」
「いやさ……シグルドさんってかっこいいじゃん? だからああなりたいなって」
「うん! 凄くカッコいい! 優しくてぽかぽかするの!」
「優しい……そうだよな、シグルドさんは強いだけじゃない」
あの岩虎のことだって殺さなかった。
俺たちのことだって、無償で助けてくれた。
なのに、全然偉そうにもしない。
「お兄ちゃん?」
「それが本当の強さなのかも。よし! シグルドさん目指して頑張るぞ!」
「よくわかんないけど頑張って!」
「おう! それじゃ、外を走ってくる!」
「待ってぇ〜! 私もいくー!」
俺たちは母さんに許可を取り、街に繰り出す。
少し前までは人も少なく、大通りを走り回ってた。
でも日に日に人が増えてきて、もう走り回ることはできそうにない。
「大通りは無理かもなぁ」
「じゃあ、こっちいこ!」
「馬鹿! そっちいくなって言われたろ!」
俺は慌てて、裏路地に向かっていくエルルを追いかける。
ただ意外とすばしっこく、どんどんと先に進んでいく。
狭い路地では、エルルの方が俺より走りやすいみたいだ。
「えへへ! お腹いっぱいだと走るのも気持ちいいね!」
「わかったから! ほら、戻って来いって!」
「もう、お兄ちゃんってば遅いんだから」
裏路地を抜けたところで、ようやくエルルが止まる。
俺はどうにか追いつき、一安心した。
人が多くなって、治安も悪くなったと聞いていたからだ。
現に俺たちが薬を探すときにも、妹を売ればいいと言ってきた大人たちがいた。
「いいから、早くきた道を戻ろう」
「えー、たまには違うところで遊びたい!」
「わがまま言うなって……」
「おいおい、こんなところに子供がいるぜ」
その声に振り返ると、いつの間にか来た道から大人の男二人が来ていた。
俺は妹を背にして、その男達と向き合う。
どう見ても、シグルドさんみたいな人には見えなかったから。
「だ、誰だ? 俺たちになんか用?」
「お、お兄ちゃん……」
エルルが、俺の服の裾を掴んでくる。
そこからは震えが伝わってきた。
……だったら、俺が震えるわけにはいかない。
「いや、ここらは危ないからな。おじさん達が送っていくよ」
「そうそう、物騒な世の中だからな」
「自分達で帰れるから大丈夫です!」
「か、帰れるもん!」
俺はエルルの手を引き、その場を離れようとした。
だけど、路地への道に男が立ちはだかる。
「ど、どけよ!」
「……ちっ、穏便に済ませようと思ったのによ」
「悪く思うなよ、俺らにも生活があるんでな」
「な、なにを——ガッ!?」
な、なにが起きたんだ? い、痛い……!
俺は訳もわからず、その場に蹲ってしまう。
そして、顔を殴られたことに遅れて気づいた。
「お、お兄ちゃん!?」
「抵抗するからだ。ほら、お前は娘を連れて先に行け」
どうにか顔を上げると、エルルが大きな袋に入れられて連れ去られそうになっていた。
俺は声をあげようとしたけど、口の中が痛くて上手く出ない。
「や、やめっ……」
「おう……そいつはどうする?」
「俺は殺しまでするつもりはねえよ。こんな餓鬼がなに言ったところで、どうもならんだろ。依頼を終えたら、とっととおさらばするしな」
「……それもそうだな。こんなこと、もうしたくない」
そして、エルルを連れた男が路地裏に消えていく。
俺は何もできずに、ただ手を伸ばすだけだった。
「エルルゥゥ……!」
「……俺らみたいのを雇ってくれる奴はいねえよ。それじゃな、坊主……恨んでくれて良いぜ」
次の瞬間、再び頭に痛みが走る——。
すると、意識が暗闇の中に沈んでいく。
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