第13話 お礼の食事

 儂が目を開けると、いつの間にか目の前にアルトがいた。


 どうやら、アルトに肩を叩かれて目が覚めたらしい。


「おお、アルトか」


「シグルドさんってば、全然起きなかったよ」


「それはすまんかったのう」


「ううん、俺達を助けるために体力を使ったんだよね……」


 すると、アルトが神妙な顔をして正座する。

 これはただ事ではないと思い、儂も姿勢を正す。


「あ、あの! どうしたら、シグルドさんみたいに強くなれるかな!? 俺、シグルドさんみたく強くなりたい!」


「ふむ……何故、強さを求める?」


「えっ? ……そ、そりゃ、強くなって妖魔とか魔獣と戦ったり」


「冒険者や兵士になりたいと?」


「そ、そう言うわけじゃ……」


 儂の問いに、アルトは答えを窮する。


「儂は個人的には、理由なき強さには意味がないと思うておる。あとは、他者を痛ぶるために強くなったりな」


「お、俺はそんなんじゃ……!」


「それはわかっておる。だが、目的もなく強くなった者の末路は……良いものじゃないのがほとんどなのじゃ」


 強さに溺れる者、道を違える者、生き急ぐ者など様々だったが、それらは良くない方向へと行っていた。

 そして儂も偉そうなことは言えん……その力を復讐のために使ってしまった故に。

 結果的には世界を救ったかもしれないが、それはたまたまに過ぎん。


「そうなんだ……確かに強い人の中には、無意味に偉そうな奴とかいるかも」


「己の力を持て余しているタイプの者に多いのう。さて……何か考えがまとまったら、また聞くとしよう」


「う、うん、わかった」


 すると、部屋の中に良い香りが漂ってくる。

 ふと扉を見ると、エルルが顔を覗かせていた。


「あ、あの、ご飯できたって……」


「き、聞いてんなよ!」


「き、聞こえちゃったんだから仕方ないよぉ〜!」


「ほれほれ、喧嘩するでない。さあ、ローザ殿のところに行こう」


 儂は二人を宥め、居間にいるローザ殿の元に向かう。

 そこの食卓には、すでに色とりどりの料理が並んでいた。

 肉料理と添えられた野菜に白飯、汁物や漬物などもありバランスが良さそうじゃ。

 それらは、見ているだけで心が躍る。


「起きたんだね。それじゃ、三人共席についてちょうだい」


「「はーい!!」」


「うむ、有り難く頂くとしよう」


 ローザ殿に促され、儂は丸いテーブル席の上座に座らされた。

 おそらく、本来なら家長である父親が座っていた場所であろう。


「 わぁー! 肉だ肉! 早く食べようぜ!」


「お兄ちゃん、お肉たくさん!」


「こら、待ちなさい。まずは、挨拶からよ。それに、お客様より先に食べるんじゃありません」


 ローザ殿が二人を止め、三人で儂の方を向く。

 儂は気にしないが、姿勢を正し向き合う。

 すると、ローザ殿が再び頭を下げてくる。


「シグルドさん、二人を助けてくれて本当にありがとうございました。こうして二人と無事に会えたこと、薬の事も感謝いたします」


「シグルドさん! ありがとう!」


「お兄ちゃん、ありがとうー!」


 その何度目かわからない感謝に、儂は嬉しくも照れ臭くなってしまう。

 だが、本当に助けられて良かったと心から思う。

 そしてローザ殿が顔を上げ、儂に食べるように促す。


「ささっ、まずはシグルドさんが食べてくださいな」


「うむ、では有り難く頂戴しよう」


 儂が食べないことには二人も食べられないので、その提案を受け入れる。

 そして椀を持ち、汁をひと口啜り……その深い味に感動する。

 次に具材を口に入れ……ほっと息を吐く。


「美味い……これは味噌汁か。味に深みがあって、それでいてコクもある。大根はよく出汁が染みておるし、途中にある根菜類の食感がまた楽しい」


「あら、お口にあって良かったわ。それは豚汁っていう料理で、お肉の旨味と野菜を一緒に煮込むんですよ。栄養価も高く、これを食べると元気になるとか」


「これが豚汁か……トンガの肉を使っているから豚汁……うむ、肉も美味い」


 脂の乗ったバラ肉は、口の中で溶けていく。

 何より、その脂は味噌汁全体の旨さを引き出していた。

 思わず、そのまま食べきってしまうほどに。


「むっ、なくなってしまった」


「おかわりもありますよ。 でもその前に、お肉の方もどうぞ」


「うむ、それでは……」


 次に、何やら薄切りになっている肉を摘み……口に含む。

 柔らかくも噛みごたえのある食感と同時に、肉の旨味と甘さが合わさった味がする。

 ほのかに香る爽やかな香りはなんなのかわからないが、儂は慌てて白飯をかきこむ。


「これは白飯に合う! いくらでも食べられそうじゃ!」


「あらあら、嬉しい事言ってくれるじゃないか。それは生姜焼きっていうんだよ。トンガのロースの部分を蜂蜜に漬けて、それを生姜とニンニクで炒めて、仕上げに醤油で味付けしたものさ」


「生姜焼き……先ほどの香りはそれか。いやはや、こんな料理があるとは知らなんだ。しかし、これはたまらんな」


 すると、それを見ていた二人が我慢しきれずにそわそわしだす。

 それほど、ニンニクと生姜の香りは暴力的ということだ。


「ねえねえ! 食べても良い!?」


「お腹減ったよぉ〜!」


「はいはい、もう食べて良いわよ」


「「いただきます!!」」


 そして、二人が物凄い勢いで食べ始めた。

 そんな中、ローザ殿が儂をじっと見つめてくる。


「何かあったかのう?」


「いや……それって、普通の家庭料理なんだけど。シグルドさん、どんな生活をしてたんだい?」


 ……そう言えば儂は数十年の間、北の大地で過ごしていた。

 そこにはちらほらと人々は住んでいたが、基本的には野営ばかりしてきた。

 故に手の込んだ料理など作ることもなく、ただ食べられたら良いと思っていた。


「……戦場が長かったものでな」


「あっ、うちの夫と一緒だね。あの人も、ろくなものを食べてなかったって。そんで帰ってくるたびに美味い美味いって……ごめんなさいね」


 ローザ殿はそう言い、少し寂しそうに笑う。

 戦場で死んだ者達の遺族に会った時、皆同じような顔をしていた。

 やはり、まだまだ戦いは終わってはいない。

 これから生きる者達のために、儂に出来ることはあるかのう。


「いや、気にせんで良い。それとすまんが……白飯と汁物のおかわりを頂いても?」


「……あははっ! 悪かったねえ! 」


「お母さん! 俺も!」


「私も!」


「はいはい、わかったよ……こんなに楽しい食事は久しぶりだね」


 ローザ殿はそう言い、今度は微笑む。


 確かに良き者達と美味い食事を囲むのは、この上なく幸せなことだ。


 儂は心から、その言葉に同意するのだった。







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