第12話 無事に送り届ける

ひとまずオルトスと別れ、無事に街についたが、どうやらすんなりとはいかないようじゃ。


やはり、アルトとエルルは衛兵の目を盗み、こっそり出て行ったらしい。


故に母親から捜索願いや、誘拐かと思い人員が動いていた。


当然、その疑いの眼差しは儂に向けられた。


「失礼ですが、貴方は? ここらでは見ない顔ですが……」


「お、お兄さんは悪くないよ!」


「俺達を助けてくれたんだ!」


さて、どうしたものか。

儂とてたまには宿でのんびりしたいし、変に疑われるのも困るのう。

その時、儂の脳裏に浮かぶ……そう言えば、ユリア様から何かもらったことに。

ひとまず、それを魔法袋から出しておく。

目立ちたくないので、出来れば使いたくはなかったが。


「衛兵さんよ、その子達の言う通りじゃ。儂は偶然出会って、ここまで送ってきたに過ぎんよ」


「……何か、身分を証明出来る物はありますか?」


「これでどうじゃろうか?」


簡単には疑いが晴れないと思い、その鷹の紋章を見せる。

よくわからないが、国王陛下が持たせたのだから何かしらの証明にはなるはず。

受け取った三十代後半らしき男は、それを見ると顔色が変わっていく。


「それは……鷹の紋章……王族の紋章!? こ、これを何処で手に入れたので!?」


「何処って……」


「いや、深くは聞かないことにいたします。とにかく、これがあれば身分の保証は問題ありません。むしろ、こちらから歓迎をしなくては……」


どうやら、儂の思った以上の効果があったらしい。

有難い話じゃが、少し困るかのう。

儂としては、目立たずのんびりと過ごしたいのだ。


「いや、それには及ばんよ。儂はお忍びで来ている故に」


「それは失礼いたしました。では、そのように取り計らいましょう。私はこの街の守備隊長を務めているロハンと申します」


「ロハン殿か。儂の名前はシグルドと申す。田舎者故に無作法があれやもしれんが、よろしく頼む」


「し、シグルド殿? かの英雄と同じ名前……そして、王族の刻印が入った紋章を持っている……いや、しかし年齢と姿が」


おっと、いかん。

儂がいうのもおかしな話じゃが、シグルドというのは珍しい名前ではない。

なにせ、儂を元につけた人もいるくらいだ。

しかし、亡き主君から頂いた名前を偽ることはしたくない。


「ねえねえ! 早くお母さんにお薬あげなきゃ!」


「ロハンさん! お兄さん良い人だよ!」


「……そうですね、子供達が無事に帰ってきてるわけですし。何より、詮索をしないと言ったばかりです……シグルド殿、ザイルの街は貴方を歓迎いたします」


「ロハン殿、感謝する」


二人のおかげもあり、儂はどうにか街の中に入ることができた。

門を抜けると大通りがあり、大勢の人々が行き交っていた。

そこには人族が中心だが、ちらほらと異種族の者も見受けられる。

人族に友好的なドワーフ族や、時折龍の顔を持つリザード族もいた。


「ふむ、初めてくる街じゃが、中々に栄えておるのう」


「でも、ほんと最近なんだよ! 魔王ってやつを、英雄シグルド様が倒してくれたから! そのおかげで、人がいっぱいやってきたんだ!」


「お兄さんと同じ名前! その名前って、お兄さんの親がつけたの?」


「ほほっ、そうじゃな。もしかしたら、シグルド卿を元にしたのかもしれん」


儂の名前をつけたのはロイス様なので嘘は言っておらん。

とりあえず、その設定で誤魔化すのが一番か。


「そういえば、わんちゃんは良かったの?」


「うん? ……ああ、下手に混乱させるのも悪い。何より、オルトスには窮屈じゃろう」


迷ったが、オルトスは街の外に置いて自由にさせてきた。

王都でもそうだったが、彼奴は本来なら草原の民だ。

人がいるところより、たまには草原を駆け回る方が良いだろう。

今思うと、正解じゃった……狼を連れたシグルドなど、儂以外におらんし。


「確かにあんな狼がいたら注目されちゃうよなぁ」


「わんちゃん、おっきいもんね」


「ほほっ、あれでもまだまだ子供なのだがな」


そんな会話をしつつ人混みを抜け、路地裏に入る。

そして平屋の建物の前で、二人が立ち止まった。


「ここがうちだよ!」


「おかーさん!」


「儂はここで待ってるから、まずは母親に説明してくるのじゃ」


二人が頷き、玄関に入って扉が閉まり……少しすると、怒鳴り声が聞こえた。


「なにをやってたんだい!」


「ご、ごめんなさい!」


「だ、だってぇ……!」


どうやら、お叱りを受けたらしい。

まあ、これは当然じゃな。

そのまま、儂が待っていると……玄関の扉が開く。

そこには三十代後半らしき、恰幅のいい女将さんがいた。


「貴方がシグルドさんかい?」


「ええ、儂がシグルドです」


「……なんだか、歳下には見えないねぇ」


うむむ、中々に鋭い。

しかし、今更言葉遣いも変えるのはめんどい。


「はは、このような口調なので。そこは流してもらえると助かりますな」


「まあ、二人を助けてくれた恩人だ。私の名前はローザっていうよ。ささっ、入っておくれ」


「うむ、お邪魔させて頂こう」


玄関から中に入り、居間に案内される。

テーブルと座布団があり、そこに座るように促された。

儂は邪魔をしないように、そこに腰を掛ける。

すると、エルルが膝の上に乗ってきた。


「えへへ……」


「ん? どうしたのじゃ?」


「なんか、お父さんが家にいるみたい!」


「ふむふむ、そういうことか」


すると、ローザ殿がお茶を持ってやってくる。

立ち上がろうとするが、ローザ殿に手で制された。


「これはこれは……具合が悪いとのことなので、お構いなく」


「大丈夫さ、少し二人が大げさに言ってるだけだから。それより、うちの子がすまなかったねぇ」


「いや、儂は構わんよ」


「そうかい……珍しい若者もいるもんだね。佇まいが老練されてるし、子供の扱いにも慣れてそうだわ」


まあ、あのじゃじゃ馬じゃったユリア様と比べれば……ゲフンゲフン。

いかんいかん、口は災いの元というわい……口に出してないから平気じゃろ。


「小さい女子の相手は、良くしていたのでな。そういえば、アルトはどうしたのじゃ? それに、薬は?」


「薬なら有り難く頂いたよ。あれは煎じて飲むだけだから。それと、アルトならお使いに行かせた。お茶菓子さえも用意してなくてね」


「そんなに気を使わんで良いのだが……」


「そう言うわけにはいかないよ。というわけで、お茶でも飲んで待ってておくれ。ついでに、話を聞かせてくれるかい?」


「ああ、もちろんじゃ」


儂はいつのまにか膝の上で寝てしまったエルルを撫でながら、ローザ殿に二人と出会ったところから説明をする。


「そうかい……よくぞ、無事に生きていてくれたわ。シグルドさん、本当にありがとうございました」


「ローザ殿、頭を上げてくだされ。儂はたまたま助けたに過ぎないのじゃ」


それでも頭を上げないローザ殿の肩に、儂はそっと手を置く。

すると、ようやく顔を上げてくれた。


「ふふ、とんだお人好しがいたもんさね。出来れば、夕飯のご馳走もしたいんだけど……大したものがなくてねぇ。お使いには行かせたけどあんまり元手もなくて」


「それでは、トンガなどは如何かな? 一頭丸ごと持っているのじゃが……」


「それは助かるが、あんたのもんだろう? ご馳走をしたい相手から食材をもらうのは……」


「エルルから、料理上手だと聞いたのでな。それを報酬としたい。無論、体調が悪いのであれば無理はせんでくれ」


「そうまで言われちゃ仕方ないね。大丈夫さ、薬を飲んで元気になったから。あれには即効性があるからね。さて……じゃあ、腕によりをかけて作らせてもらうよ。ほら、エルルも起きな」


ローザ殿の声によって、エルルが反応する。


「……んー」


「儂はまだ寝かせてやっても良いが……」


「それは有り難いけど、この子が自分で料理を手伝うって言ったからね。エルル! シグルドさんにお礼をするんじゃなかったのかい!」


「うひゃぁ!? そ、そうだった! 私、頑張る!」


「よし、良い子だね。それじゃ、悪いけど庭に出してくれるかい? どうやら、魔法袋を持ってるみたいだし」


「うむ、わかった」


その後、儂は庭に出て魔法袋からトンガを出す。


二人はすぐに解体作業を始めたので、手伝おうと思ったが断られてしまう。


仕方ないので縁側に座り、夕日を眺めつつ待つことにした。


それはとても気持ち良く、儂は微睡みに身を委ねるのだった。



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