第11話 老騎士は己が役目に気づく

岩虎はショックからか、ピクリとも動かない。


儂が恐る恐る近づくと、その目が開かれた。


それは先ほどと違って、理知的に見える。


「グルルル……」


「……よし、死んでおらんな」


儂の思い切り振り下ろした剣は、岩虎の岩部分を切り取った。

それにより、岩虎が倒れてしまったが、血は出ていないので平気なはず。


「オルトス! これならどうじゃ!?」


「ウォン!(少し話してみるのだ!)」


儂とオルトスが入れ替わり、儂はアルトとエルルの元に行く。

オルトスは岩虎に近づき、何やらやり取りをしていた。


「わ、わんちゃん、大丈夫かな?」


「ほほっ、彼奴あやつとてフェンリルの一角じゃ。傷を負った 岩虎に遅れをとる事はあるまい」


「へぇ、オルトスって強いんだ」


「わんちゃんかっこいい!」


「ふむふむ、そうじゃな」


そんな会話をしていると、オルトスが戻ってくる。

岩虎は離れて、大人しく待っていた。


「それで、どうしたんじゃ?」


「ウォン(どうやら、子育て中みたいなのだ。少し前に、人族がそれを狙ってやってきたとか。そのせいで、気が立っていたようだ)」


「ふむ、そういうことか。まったく、馬鹿な奴らもいたものだ」


どんな生物であれ、子育て中の母親に手を出してはいかん。

普段は温厚であっても、その時ばかりは我が子を守るために怒り狂うだろう。


「ウォン(だから我らのことも、子供達を狙いにきた奴らだと勘違いしたみたいなのだ。今は説得して、薬草さえあれば良いって伝えたのだ)」


「そうか。よくやってくれた。では、薬草さえ採れれば我々は大人しく去ると改めて伝えてくれ」


「ウォン!(わかったのだ!)」


こうして、オルトスの交渉のおかげで事なきを得た。

岩虎はオルトスに任せ、儂らだけで山を登っていく。

そして頂上にて、目的の薬草を手に入れる。


「お兄ちゃん! これだよ!」


「やった! これで母さんが助かる!」


「ほほっ、それは良かったわい。だが、町に戻るまでは気を抜いてはならんぞ」


すると、二人が儂を見上げてくる。

そして、二人同時に頭を下げてきた。


「あの、シグルドさん、ありがとうございました!」


「お兄さん! ありがとう!」


「なに、気にするでない」


「それと、助けてもらった上にこんなお願いをするのは……」


儂は何か言いたげにするアルトの肩に手を置く。


「さてさて、ここに迷子の輩がおるのう。誰かが、街まで案内してくれれば助かるんじゃが……」


「シグルドさん……お、俺で良ければ案内するよ!」


「ほほっ、そいつは助かるわい。では、街まで一緒に行くとしよう」


「うんっ!」


「わぁーい! わんちゃんとお兄さんと一緒だ!」


子供にお願いをさせるなど、騎士のすることではない。

そして儂らが戻ると、二頭の前に何やら大きな豚が寝転がっていた。

すでに生き絶えており、おそらく此奴らが仕留めたのだろう。


「あっ! これトンガだよ!」


「なるほど、此奴が……これはどうしたのじゃ?」


「ウォン!(自分を殺さなかったお礼みたいなのだ! あと、鱗も持って行っていいって!)」


「なるほど。しかし、子供がおるのじゃろ?」


「グルルー」


「ウォン(子供用の餌は、また狩りをすればいいって)」


……ここで受け取らぬのは岩虎の心意気に反するかのう。

何より、こんなご馳走を頂けるのはありがたい。


「わかった、有り難く頂戴しよう」


「グルル!」


「ウォン(これで貸し借りはなしだってさ)」


「うむ、了解じゃ。それでは、達者でな」


そうして、岩虎が岩山を登っていく。

おそらく、あの何処かに巣があるのだろう。

儂らは岩虎が安心して巣に戻れるように、急いでその場を離れるのだった。




そして、日が暮れる頃……どうにか、町が見えてくる。


これも魔法袋と、オルトスのおかげじゃな。


体長一メートルを超えるトンガを自力で運ぼうと思ったらさぞや骨が折れたろう。


オルトスがエルルを乗せてくれたおかげで、こちらも素早く森を抜けることができた。


「何より、アルトのおかげじゃな」


「えっ? お、俺、何もしてないよ?」


儂が話しかけると、アルトが不思議そうに首をかしげる。

ちなみにエルルは、オルトスの上で寝てしまっていた。


「いや、お主は出会ってから一度も弱音を吐いておらん。それは、とても立派な事だと思う」


「だ、だって、俺はお兄さんだから……妹が不安にならないようにしなきゃって」


「うむ、偉いな。お主とて、足が痛かろうに」


「えへへ、あと少しだから我慢するよ」


ふむ、こういう少年は心地よい。

そうか……儂は、この子達の未来を守れたのだな。

そう思うと、復讐以外にも意味があったのだと思える。

そう思えたのも、この二人が気持ちのいい子供たちだったからじゃろう。


「アルトよ、感謝する」


「へっ? な、何を言ってるの? お礼を言うのは俺たちの方なのに……本当にありがとう」


「いや、儂は自己満足のためにやってたに過ぎない。しかし、お主は母親のためにという明確な目的を持ってして成し遂げた。儂も手助けはしたが、それは誇っていい」


確かに蛮勇は身を滅ぼす。


しかし、何かを成し遂げるためには一歩を踏み出すことも重要じゃ。


きっと、あの時儂らが出会ったことは偶然ではない気がした。


二人を救うため、そして儂自身に気づかせるために。


……やれやれ、この儂にもまだ出来ることがありそうじゃな。

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