第10話 岩虎との戦い

妖魔を倒した儂らは、再び森の中を歩いていく。


この道中にて、肝心なことを聞いていないことを思い出す。


「そういえば、魔獣はどのような種類がいるのかのう?」


「え、えっと、トンガっていう魔獣とか、犬系の魔獣とかがいるって」


トンガとは豚系魔獣の一種で、トンガの鼻付近には二本の角がある。

その武器で突進をし、人くらいなら簡単に貫かれてしまう。

農作物も荒らされるので、こちらも見つけ次第倒す必要があった。

ちなみに、その肉はとても美味いことで有名だ。


「ふむふむ、トンガは食べてみたいのう。犬系の魔獣はオルトスがいれば近づいてこれまい」


「確かに犬系の魔獣はオルトスにびびっちゃうかも。でも、トンガって強いんだよ? 大人でも数人がかりで倒すって」


「ほほっ、儂とオルトスならどうにかなるじゃろ」


「シグルドさんとオルトス、めっちゃ強いもんなぁ。でも、アレには勝てないよ……」


「アレとは?」


儂がアルトに問いかけたとき、オルトスから無意識の信号が届く。

それは儂に危険だと知らせていた。

同時に儂自身にも、ゾワっとした寒気が襲ってくる。

これは殺気に違いなく、その気配から強者だということは容易に推測できた。


「ウォン!(主人!)」


「うむっ! この森の中では分が悪い! もうすぐ森を抜けるので、そこまで急ぐぞ! アルト、抱えるからしっかり掴まっておれ!」


「うわぁ!?」


儂はアルトを抱え、オルトスはエルルを落とさないようにして森を走り抜ける。

その最中にも、近くから視線を感じる。

そしてどうにか森を抜け、開けた場所に出た。

その目と鼻の先には岩山があり、あそこが目的地に違いない。


「あれが目的地か……しかし、その前に戦わなくてはならんかのう」


「ウォン……(主人、来たのだ……こいつ強い)」


「ああ、そのようじゃな」


儂らの後ろから、体長三メートルほどの大虎が現れた。

それは大きな体躯に四肢を持ち、体のあちこちには岩のようなものがある。

岩山の覇者と呼ばれる岩虎ガンコという魔獣だった。

その名の由来通り岩山に住み、その性格は縄張りに入らない限りは大人しい。


「グルァァァァ!」


「ひぃ!? こ、こいつがその魔獣だよ! 薬を取るためには、こいつの巣の近くを通るんだ!」


「なるほどのう。そりゃ、冒険者達も尻込みをするわい。ちなみに、此奴の犠牲になった人はおるか?」


「普段は巣の近くを通り抜けるけど、こっちから手を出さない限り襲ってこないって! もちろん、自分達から手を出した人達は……」


「ふむ、自ら手を出したら自業自得じゃな。そして、いつもとは様子が違うということか」


自ら人を襲うことないが縄張り意識が強く、何よりその戦闘力は高い。

虎特有の膂力と強力な爪と牙、そして岩虎特有の岩の皮膚を持つ。

それは魔法や武器による攻撃を弾き、時に体当たりなどで攻撃にも使える。

倒すのは中々の至難の業だろう。


「それに疑問も残る。此奴は縄張りである岩山から滅多に離れないと聞くし、こんなに好戦的な魔獣ではなかったはず。オルトスよ、何かわかるか?」


「ウォン!(理由はわからないけど、感情が怒りに包まれていて何も通じないのだ!)」


「なるほど、お主の言葉が届かないほど怒っておると……そうなると、まずは正気に戻す必要があるか。予定通りに儂が相手をする、二人のことを任せたぞ」


オルトスの返事を待たずに、儂は相手を引きつけるために岩虎の前に立つ。

相手は儂を敵とみなしたのか、鋭い視線を向けてくる。


「グルルル……!」


「そうじゃ、お主の相手は儂がする。さあ、かかって来るが良い」


「グルァ!」


その唸り声が合図となり、相手が飛びかかってくる。

軽く右に避け、振り返ると……岩虎によって大木が押し倒されていた。

あんなものを喰らったら、人などひとたまりもない。


「ふぅ、若返っておいて良かったわい……これで、手加減ができる」


「グルル?」


岩虎が不思議そうに首をかしげる。

まるで、何を言っているとでもいうように。


「ならば、次は儂から行くとしよう——お主に見切れるかな?」


儂は予備動作をできるだけ無くし、すり足にてススっと間合いを詰める。

その独特の動きから、岩虎は反応ができない。

間合いを詰めた儂は、剣の腹で胴体を打ち付ける!


「シッ!」


「グルァ!?」


儂の攻撃により、岩虎がよろける。

じゃが、大したダメージはなさそうじゃな。

剣の腹で叩いたので、当然といえば当然じゃが。


「あ、あれ? お兄さん、どうして剣で斬らないの?」


「た、確かに……あの立派な剣なら、あの岩虎にも傷がつくと思ったけど」


アルトとエルルの言う通り、陛下から頂いた銀の剣ならば傷をつけることは容易い。

しかし、儂は此奴を退治しに来たわけではない。

岩虎は妖魔を倒してくれる、貴重な肉食獣でもあるからだ。


「なんでもかんでも、倒せばいいというものではない。此奴は森の主、つまりは生態系の頂点というわけだ。つまり、倒すと他にも影響が出るじゃろうの」


「た、確かに、街の大人達も倒しちゃいけないって言ってたような……」


「そもそも、倒すつもりなら冒険者ギルドでとっくに討伐依頼が出ているはずじゃ。それがないという事は、倒さなくても良いという理由がある」


憶測でしかないが、草食魔獣の数を間引きしたり、妖魔を倒してくれるからじゃろう。

でなければ、こんな街の近くにいるのを放置している理由がない。


「グルルル……!」


「さて、まだ目を覚ます様子はないと……もう少し重い一撃を与える必要があるか」


次の瞬間、岩虎が大きく口を開けた。


「ウォン!(魔力の高まりを感じるのだ! きっと精霊魔法を使ってくるのだ!)」


「うむっ!」


「グルァ!」


するとオルトスのいう通り、岩虎の口から岩が飛んでくる。

だが儂は避けもせずに、上段の構えから剣を振り下ろした。


「はぁ!」


「グルゥ!?」


その行動に驚いたのか、岩虎が一瞬固まる。


儂はその隙を逃さぬように、一気に迫り——岩肌部分に剣を振り下ろした。


すると、なんの抵抗もなく、岩の部分が斬れ……岩虎が地に伏せるのだった。

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