第9話 オルトスの成長

二人が食べ終わるのを待ち、行動を再開する。


しかし、エルルは相変わらず足が痛そうにしていた。


儂はオルトスに目配せをし、その意を伝える。


「オルトス、すまんが頼む」


「ウォン!(任せるのだ!)」


「わわっ!? わんちゃんに乗っちゃった……乗せてくれるの?」


「ウォン!(うむっ!)」


「あ、ありがとう!」


オルトスがエルルの股に頭を入れて持ち上げた。

オルトスはまだ成獣ではないが、子供一人くらいなら乗せられるじゃろう。

……だが少女とはいえ、いきなり股ぐらに顔を突っ込むのはいただけない。

此奴には、女性の扱いも教えてやらねばなるまいか。


「アルトよ、お主はすまんが……」


「お、俺は平気! 一人で歩けるから!」


「そうか、立派な男じゃな」


「へへっ……」


儂が頭を撫でると、嬉しそうに笑う。

そういえば、父親が死んだという話じゃったか。

きっと、妹と母親を守るために頑張ってきたに違いない。

そこからさらに歩き続け……人が入った痕跡がない場所に到着する。

草木が生い茂っており、おそらくこの辺りが奥地ということじゃろう。


「ふむ、この辺りからか。木が高くて岩山を発見できんな……オルトス、儂は木の上に登るので、二人を頼む」


「ウォン!(任せるのだ!)」


儂はオルトスに二人を任せ、木をスルスルと登っていく。

こんなことも、老体では出来なかったことじゃ。

先ほど見た夢でも、こんな感じに登っていたのう。


「そういえばシルフィード家にいた頃は、よくこうして木に登って昼寝をしていたか。夢みたいに、時折ユリア様に見つかったり……」


そんなことを考えつつ、木のてっぺんまで来ると……遠くに岩山らしきものを発見した。

他には見当たらないので、おそらくあの辺りがそうじゃろう。

儂は木を降りて、二人に伝える。


「わぁ……お兄ちゃん! やったね!」


「ああ! これで母さんの薬が作れる!」


「まだ油断は禁物じゃ。おそらく、ここからは魔獣や妖魔の類も増えてくるじゃろう。オルトス、出来るだけ敵がいない道を頼む。お主の耳と鼻ならわかるはずじゃ」


「ウォン!(わかったのだ!)」


「よし、儂が先頭を行く。アルトよ、離れずについて参れ」


「う、うん!」


儂は後ろを歩くアルトのために、重たい草木を掻き分けながら進む。

幸いにして儂の体力は満ちており、まだまだ疲れ知らずだった。

そして、しばらく歩いていると……オルトスが反応する。


「ウォン!(主人! 動きが速くて出会うのは避けられない!)」


「わかった! アルトとエルル! オルトスから離れぬように!」


「は、はい!」


「う、うんっ!」


アルトがオルトスの足元、エルルが背中にしがみつくのを確認し、儂は鞘に手を当てて待つ。

すると、茂みの中から何かが飛び出してきた。

それはコボルトと呼ばれる妖魔で、犬の顔に二足歩行で人の体に近い姿をしている。

此奴らは群れで活動し、動きも素早く頭も悪くない。

ゴブリン同様に下級妖魔だが、奴らよりは手強い。


「アオーン!」


「オン!」


「さて、素早い相手じゃが……」


「ウォン!(主人! 我がやる!)」


「……うむ、任せるとしよう。二人のことは儂に任せろ」


遥か昔の話だが、コボルトと犬系の魔獣は同じ種族ではないかという扱いを受けた。

確かに犬系魔獣が二足歩行に進化した姿と言われれば信じる人もいるかもしれない。

しかし、その実態は……犬系魔獣を合法的に狩ったり捕らえたりと、人族の欲望からくるデマだった。

更にコボルトは何故か、犬系魔獣を良く襲う。

故に犬系魔獣は基本的に人族を嫌っており、妖魔の中でもコボルトを特に敵視する。


「ガルルッ(貴様らは一匹残らず殺すのだっ)」


「オン!」


コボルトが武器である爪を剥き出し、オルクスに襲い掛かる。

当然、そんなとろい攻撃がフェンリルであるオルトスに当たるわけがない。


「ウォン!(くらえっ!)」


「オン!?」


軽くステップをして躱し、カウンター気味に爪で切り裂く。

コボルトの爪が木を傷つけるだけだとしたら、オルトスの爪は木をなぎ倒す。

上位種でもないコボルトでは、ひとたまりもなかろう。

オルトスは森の中を駆け回り、あっという間に十匹以上いたコボルトを殲滅した。


「ウォーン!(どんなもんだい!)」


「お兄ちゃん! わんちゃん強いね!」


「ほんとだな! ただのもふもふじゃなかったんだ!」


「ほほっ、そうじゃろそうじゃろ」


オルトスが褒められて、儂も嬉しくなる。

そういえば、最近は戦っているところを見てなかったが……どうやら、腕は落ちておらなんだな。

その後、エルルをオルトスに乗せ直して再び歩き出す。


「わんちゃん! すごかった!」


「ウォン!(うむっ!)」


「カッコいいぜ!」


「ウォン!(ふふんっ!)」


二人に褒められ、オルトスは尻尾を振ってご機嫌である。


よくよく考えてみれば、此奴はまだ二歳なのじゃな。


……フェンリルが大人になるのは十歳前後、故に儂は此奴が大人になる前に死ぬと思っていた。


しかし、今の儂なら此奴が大人になるまで生きられるかもしれない。


うむ、儂の旅の目標のがまた一つ増えた。


此奴が大人になって、立派なフェンリルになるのを見届けんとならんな。


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