第7話 人助け

……ん? 何じゃ?


何やら顔がベタベタするのう。


「ウォン!(主人!)」


「……何じゃ、オルトスか」


どうやら、かなり深く眠ってしまったらしい。

それを見たオルトスが、儂の顔を舐め回していた。


「ウォン!(平気なのだ!?)」


「何の話じゃ?」


「ウォーン……(主人、泣いてるのだ……)」


ふと目に触れると、確かに濡れていた。

やれやれ、あんな夢を見たからか。

あの時のユリア様を連れて行くのは大変じゃった。

自分は絶対に残ると言って聞かなくて、無理矢理に連れ出してしまった。

儂は一生恨まれても文句は言えないほどじゃ。


「心配かけた。少し、昔の夢を見てな……さて、顔でも洗ってくるとしよう」


「ウォン(ならいいのだ)」


下手に聞かないオルトスの気遣いを感じつつ、儂は川の水で顔を洗う。


「そうじゃった……儂は、あれ以来ユリア様を避けるようになった」


主君を守れなかったこと、ユリア様の意に背いたこと、戦場から逃げ出したこと。

それらを自分自身が一番許せなくて、原因である魔王を倒すことだけを考えてきた。

数十年間にわたり、北の大地を探索し、奴と戦い続けてきた。


「その間にユリア様はクラウス様と恋仲になり、儂が王都に帰った時には既に結婚式は終わっていた」


無論、儂にも手紙はきた。

しかし魔王討伐を言い訳にして、結局は出席しなかった。

どういう顔で出席していいのかわからなかった故に。


「別にクラウス様にユリア様を盗られたわけでもない。そもそも、儂とユリア様はそういう関係ではない。その前に、あの出来事があった故に」


ただ、少しだけ思う。

もしあのまま何事もなく、シルフィード家で暮らしていたら……儂とユリア様の関係はどうなっていたのかと。


「……考えても詮なきことじゃな。そもそも、不敬も甚だしい。相手は一国の国王陛下と王妃殿下なのじゃから」


それにしても、あの時のロイス様との会話……儂がユーリスに言ったことと同じではないか。

本心から、儂はユーリスを息子のように思っていた。


「あの時のロイス様も、このような心持ちであったのか……そうだと良いが」


「ウォン!(主人!)」


儂が考えにふけっていると、オルトスが近づいてきた。


「おっと、すまん。また考え込んでしまうところじゃったか」


「ウォン!(それはいいのだ! それより、何か叫び声が聞こえたのだ!)」


「なに? ……穏やかではないのう。わかった、その場所に案内せい」


「ウォン!(こっちなのだ!)」


儂は顔を拭き、ささっと片付けをしてオルトスの後を追うのじゃった。

そして森の中を走ること数分、ようやく儂にも声が聞こえてきた。


「ギャキャ!」


「ギギー!」


「こ、来ないでぇぇ!」


「あ、あっち行け!」


この声は妖魔であるゴブリンか。それに子供らしき声が二人分。

ならば、助けないという選択はない。


「オルトスよ!」


「ウォン!(承知!)」


詳しく言わずとも、オルトスが速度を上げる。

儂がその後を追い、森を抜けると……広い場所に出る。

そこには二人の子供の前に立ち、ゴブリンから守っているオルトスがいた。

ただ、肝心の子供達はというと……。


「うわぁーん! もうだめぇぇぇ! 狼まで来たよー!」


「な、泣くなよ!」


まあ、こうなるのは仕方あるまい。

そして当のオルトスが儂に気づき、情けない視線を向けてくる。


「ククーン……(主人……)」


「ええい、情けない顔をするな。とりあえず、儂がすぐに片付けるから待っとれ」


悪いが抱き合って震えている子供達にはそのままでいてもらう。

儂は剣を構え、ゴブリン二匹と対峙する。


「ギャギー!」


「キギー!」


「相変わらず醜悪な姿よな」


人に似た体躯を持ち、緑色の皮膚に落ち窪んだ目の醜い顔。

やせ細っていて、大きさは百五十センチ程度しかない。

手にはボロい剣を持ち、ほぼ裸の状態じゃ。

こやつが、妖魔の中で最下級であるゴブリンじゃ。


「さあ、さっさとかかってくるがよい」


「キギー!」


「ギャギャ!」


儂の声が通じたわけではないが、二匹が同時にかかってくる。

しかしその攻撃は遅く、目を閉じても食らうことはないじゃろう。


「ふんっ!」


「ギャ!?」


前に出て、相手が攻撃する前に上段斬りにて仕留める。


「ギキャー!」


「遅いわ」


もう一匹が剣を振り下ろすが、儂の逆袈裟斬りの方が早い。

剣ごと身体を斬り裂き、声を上げる間も無くゴブリンが絶命する。


「ふぅ、感覚が違いすぎて戸惑うわい」


「ウォン!(動きが軽かったのだ!)」


オルトスの言う通りじゃった。

あまりに身体が軽すぎて、自分の感覚が追いつかない。

やはり、若さというのは凄いのじゃな。

ただ、これは慣らしていかないとまずい。

とりあえず、それは後回しにして、儂は二人の子供に近づく。


「お主達、子供だけか? 親はどうしたんじゃ?」


「な、何やってるんだよ!」


「お、お兄さん! まだ狼がいるよ!」


「おっと、これはすまんかった。此奴は儂の相棒で、オルトスという。人を襲うことはないから安心するといい」


「ウォン!(そうなのだ!)」


オルトスが儂の前で伏せをして、従う様子を見せる。

すると、子供達から僅かに不安の表情が抜けた。


「ほ、ほんとだ」


「か、噛んだりしない?」


「ああ、無闇に噛んだりはしない。ほれ、少し触ってみるといい。オルトス、良いな?」


「ウォン(好きにするのだ)」


オルトスがゆっくり二人に近づくと、二人が恐る恐る毛に触れる。


「うわぁ……すげー! ふわふわだ!」


「お兄ちゃん! こいうのはもふもふっていうんだよ!」


「「もふもふ!!」」


二人は先ほどの警戒心は何処へやら、嬉しそうにオルトスにまとわりつく。

オルトスは少し渋い顔をしたが、今のところ我慢している。

なので、助け舟を出すことにした。


「これこれ、そんなに乱暴に触られては誰だって嫌じゃろうに」


「ウォン(主人ぃぃ……)」


「ご、ごめん!」


「ごめんなさい!」


ようやく、二人がオルトスから離れる。


当のオルトスは、助かったという情けない顔をしてきた。


……少し面白いと思ったことは黙っておこう。


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