第6話 昔の記憶
食事を終えた儂は川辺に布を敷いて、後ろにある木に寄りかかる。
オルトスは食事をして元気になったのか、再び川に入って遊んでいた。
儂はそれを眺めつつ、何もせずにただひたすらのんびりする。
「こんな時間などなん年ぶりかのう……ロイス様に拾われ、そこで過ごしていた時以来か」
気持ちのいい風の中、そんなことを考えていると……眠気が襲ってくる。
儂は逆らうことなく、それに身を委ねるのだった。
◇
儂の脳裏に、何やら映像が流れてくる。
それは懐かしきシルフィード家の屋敷で、その庭で幼きユリア様が儂を探していた。
これは昔の記憶であろう……自分の未来を疑ってもいなかった頃だ。
「シグルド! 何処にいるの!?」
「はいはい、ここにいますよ」
儂はいつも木の上などで昼寝をしていた。
この日も同じで、ユリア様が来たので木から降りる。
儂は二十代後半、ユリア様は十代前半といったところか。
「もう! またこんなところにいたのね!」
「いやいや、すみません。それで、何かご用ですかね?」
「べ、別に大した用はないけど……シグルドばかりサボってずるいわ!」
「やれやれ、困ったお方だ」
この頃の儂は、ユリア様を避けていた。
何故なら、ユリア様と儂を結婚させようという話が出ていたからだ。
儂の思い違いでなければユリア様も満更でもなく、儂自身も今にして思えば天真爛漫な彼女に惹かれていた。
ただ当時は主君の娘であるユリア様と、ただの孤児だった自分などが結婚していいなどと思えなかった。
「むぅ……どういう意味よ?」
「俺は今日の仕事を終えてここにいるのです。さてさて、ユリア様は本日のお勉強は終わったのでしょうか?」
「うぅー……お、終わってないけど……でも、私はお外で遊びたい。ねえねえ、また剣を教えて! このあいだの続き!」
ユリア様はお転婆で、部屋にいるよりも外で遊ぶのがお好きな方だった。
貴族の娘に生まれていなければ、女だてらに冒険者にでもなっていたかもしれない。
実際に筋もよく、儂はせがまれて稽古をつけたりしていた。
無論、領主であるロイス様には許可を得てのこと。
曰く、娘のわがままに付き合ってやってくれ、と。
「剣ですか……しかし、ユリア様が使う機会など来ないかと」
「そんなことないわ! 私が強くなって、シグルドを守ってあげるんだから!」
「ははっ! そいつは良いですな!」
「もう! 本気なんだから笑わないで!」
この時のユリア様は、きっと儂と対等になろうとしていたのかもしれない。
あくまでも儂がユリア様を守り、ユリア様は守られる側の方。
それが気にくわないのか、はたまた違うのかは儂にはわからなかったが。
「仕方ありませんな。それでは、少しだけですぞ?」
「やったぁ! 私、木剣取ってくるわ!」
そして庭にて、木剣で稽古をつけていた。
そのユリア様との時間は、儂にとっての宝だった。
このまま平和が続くと信じて疑いもせずに。
しかし、その平和も長くは続かなかった。
北の大地にある国が滅び、そこから妖魔達が国境を守る辺境伯領に攻めてきたからだ。
その動きは早く、対処するのが精一杯だった。
ロイス様の指揮の元、何とか民達が避難する時間は稼げたが……いよいよ、戦線を抑えきれなくなった。
「シグルドよ!」
「主君よ、ここに」
ロイス様に呼ばれ、儂はお側に侍る。
「すまないが、ここはもうだめだ。お主は充分に恩を返してくれた。お主だけでも……」
「ロイス様、それ以上言うなら私とて怒りますよ。騎士の誓いを立てた主君を置いて、何処に行けと仰るのですか?」
「……すまぬ、弱気になっていたようだ」
「大丈夫です、妖魔など私が蹴散らしますから」
その時の儂は三日三晩戦い続け、既に満身創痍だった。
それでも本気で、最後まで戦い敵を蹴散らすつもりだった。
しかし、そうはならなかった。
「いや、お主がいてもあまりに多勢に無勢だ。だが、お主がまだ私に忠誠を誓ってくれるというなら……娘のユリアを連れて、ここを逃げ出して欲しい」
「な、何を仰るのですか!? 大体、あのユリア様がそんなことを認めるわけが」
「わかっている! だからこそお主に頼んでおるのだ!」
その言葉は重く、当時の儂は押されてしまった。
「……私に主君を置いて逃げろと? 拾ってもらった恩も返さずに」
「既に恩などない。そもそも、そんなつもりで拾ったわけではない。私には息子がいなかった……故に、お主を息子のように思っている」
「ロイス様……」
その言葉は嬉しく、思わず泣きそうになったのは今でも覚えている。
ロイス様は愛妻家で、早くに奥方を亡くされていた。
故に後妻を迎えることもなく、養子も取られなかった。
それはきっと……儂がいたからなのだと今ならわかる。
「我が息子にして、我が騎士シグルドよ……父であり主君である私の最後の願い……聞いてくれるな?」
「その言い方はずるいですって……そんなの、逆らえるわけがないじゃないですか」
「くく、ならば遂行するのだ」
「……わかりました。ユリア様は、私が責任を持ってお守りいたします」
「すまんな、お主には苦労をかける」
「いえ、私は貴方に拾われて幸せでした。それは、今後も変わることはないでしょう」
「……その言葉を聞けて満足だ。では行け! ユリアを頼んだぞ!」
「御意!」
そして儂は泣き喚くユリア様を無理矢理抱え上げ、辺境伯領地から逃げ出した。
無事に王都に着いた後、落ち着いた頃にユリア様を王城に預け、儂は魔王を倒す旅に出たのだった。
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