第6話 昔の記憶

食事を終えた儂は川辺に布を敷いて、後ろにある木に寄りかかる。


オルトスは食事をして元気になったのか、再び川に入って遊んでいた。


儂はそれを眺めつつ、何もせずにただひたすらのんびりする。


「こんな時間などなん年ぶりかのう……ロイス様に拾われ、そこで過ごしていた時以来か」


気持ちのいい風の中、そんなことを考えていると……眠気が襲ってくる。


儂は逆らうことなく、それに身を委ねるのだった。




儂の脳裏に、何やら映像が流れてくる。


それは懐かしきシルフィード家の屋敷で、その庭で幼きユリア様が儂を探していた。


これは昔の記憶であろう……自分の未来を疑ってもいなかった頃だ。


「シグルド! 何処にいるの!?」


「はいはい、ここにいますよ」


儂はいつも木の上などで昼寝をしていた。

この日も同じで、ユリア様が来たので木から降りる。

儂は二十代後半、ユリア様は十代前半といったところか。


「もう! またこんなところにいたのね!」


「いやいや、すみません。それで、何かご用ですかね?」


「べ、別に大した用はないけど……シグルドばかりサボってずるいわ!」


「やれやれ、困ったお方だ」


この頃の儂は、ユリア様を避けていた。

何故なら、ユリア様と儂を結婚させようという話が出ていたからだ。

儂の思い違いでなければユリア様も満更でもなく、儂自身も今にして思えば天真爛漫な彼女に惹かれていた。

ただ当時は主君の娘であるユリア様と、ただの孤児だった自分などが結婚していいなどと思えなかった。


「むぅ……どういう意味よ?」


「俺は今日の仕事を終えてここにいるのです。さてさて、ユリア様は本日のお勉強は終わったのでしょうか?」


「うぅー……お、終わってないけど……でも、私はお外で遊びたい。ねえねえ、また剣を教えて! このあいだの続き!」


ユリア様はお転婆で、部屋にいるよりも外で遊ぶのがお好きな方だった。

貴族の娘に生まれていなければ、女だてらに冒険者にでもなっていたかもしれない。

実際に筋もよく、儂はせがまれて稽古をつけたりしていた。

無論、領主であるロイス様には許可を得てのこと。

曰く、娘のわがままに付き合ってやってくれ、と。


「剣ですか……しかし、ユリア様が使う機会など来ないかと」


「そんなことないわ! 私が強くなって、シグルドを守ってあげるんだから!」


「ははっ! そいつは良いですな!」


「もう! 本気なんだから笑わないで!」


この時のユリア様は、きっと儂と対等になろうとしていたのかもしれない。

あくまでも儂がユリア様を守り、ユリア様は守られる側の方。

それが気にくわないのか、はたまた違うのかは儂にはわからなかったが。


「仕方ありませんな。それでは、少しだけですぞ?」


「やったぁ! 私、木剣取ってくるわ!」


そして庭にて、木剣で稽古をつけていた。

そのユリア様との時間は、儂にとっての宝だった。

このまま平和が続くと信じて疑いもせずに。





しかし、その平和も長くは続かなかった。

北の大地にある国が滅び、そこから妖魔達が国境を守る辺境伯領に攻めてきたからだ。

その動きは早く、対処するのが精一杯だった。

ロイス様の指揮の元、何とか民達が避難する時間は稼げたが……いよいよ、戦線を抑えきれなくなった。


「シグルドよ!」


「主君よ、ここに」


ロイス様に呼ばれ、儂はお側に侍る。


「すまないが、ここはもうだめだ。お主は充分に恩を返してくれた。お主だけでも……」


「ロイス様、それ以上言うなら私とて怒りますよ。騎士の誓いを立てた主君を置いて、何処に行けと仰るのですか?」


「……すまぬ、弱気になっていたようだ」


「大丈夫です、妖魔など私が蹴散らしますから」


その時の儂は三日三晩戦い続け、既に満身創痍だった。

それでも本気で、最後まで戦い敵を蹴散らすつもりだった。

しかし、そうはならなかった。


「いや、お主がいてもあまりに多勢に無勢だ。だが、お主がまだ私に忠誠を誓ってくれるというなら……娘のユリアを連れて、ここを逃げ出して欲しい」


「な、何を仰るのですか!? 大体、あのユリア様がそんなことを認めるわけが」


「わかっている! だからこそお主に頼んでおるのだ!」


その言葉は重く、当時の儂は押されてしまった。


「……私に主君を置いて逃げろと? 拾ってもらった恩も返さずに」


「既に恩などない。そもそも、そんなつもりで拾ったわけではない。私には息子がいなかった……故に、お主を息子のように思っている」


「ロイス様……」


その言葉は嬉しく、思わず泣きそうになったのは今でも覚えている。

ロイス様は愛妻家で、早くに奥方を亡くされていた。

故に後妻を迎えることもなく、養子も取られなかった。

それはきっと……儂がいたからなのだと今ならわかる。


「我が息子にして、我が騎士シグルドよ……父であり主君である私の最後の願い……聞いてくれるな?」


「その言い方はずるいですって……そんなの、逆らえるわけがないじゃないですか」


「くく、ならば遂行するのだ」


「……わかりました。ユリア様は、私が責任を持ってお守りいたします」


「すまんな、お主には苦労をかける」


「いえ、私は貴方に拾われて幸せでした。それは、今後も変わることはないでしょう」


「……その言葉を聞けて満足だ。では行け! ユリアを頼んだぞ!」


「御意!」


そして儂は泣き喚くユリア様を無理矢理抱え上げ、辺境伯領地から逃げ出した。


無事に王都に着いた後、落ち着いた頃にユリア様を王城に預け、儂は魔王を倒す旅に出たのだった。


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