第5話 目標を見つける

 まずは先に焚き火を起こしておく。


 枯れ木に枯葉を足し、魔法袋から火打石を取り出す。


 近くでカチカチとこすり合わせると、すぐに火がつく。


魔法や魔法を込められる魔石といった便利な物もいいが、やはり原始的なやり方は趣があって良い。


「おおっ、一発で着くとは運がいい」


「ウォン?(主人の力が増したからでは?)」


「むっ、確かに……正確には戻ったということだが」


 力もそうだが、感覚も研ぎ澄まされた感じはする。

 少し体を動かしたことで、体も慣れてきたのかもしれん。


「さて、お主は毛でも乾かしておれ。その間に、儂は獲物を獲ってくる」


「ウォン……(ぐぬぬ……)」


「くく、そこで見てるといい。戦いのやり方は教えたが、狩りの仕方は教えておらんからな」


 悔しそうな表情を浮かべるオルトスを残し、儂は川に近づく。

 すると、オルトスが暴れたことにより消えていた魚達が戻ってきていた。


「うむ、これ以上近づくと気づかれるか」


 儂は魚達から距離を取るために、少し下流へと向かう。

 そして静かに水の中に入り、真ん中付近で立ち止まる。

 後はただ、じっとその時を待つ。





どれくらいの時間が経ったのか……その時は来た。


「ふっ!」


 言葉を発すると同時に、儂の手は川の水を払っていた。

 払った方向を見ると、川辺で魚がビチビチとのたうっていた。

 どうやら、成功したらしい。

 獲れたのは岩女イワメという、綺麗な文様が入ってる川魚だった。

 奥ゆかしい女性を例えに、岩の間に隠れるように生息する川魚で、警戒心が強く滅多に獲れない。


「ふむ、やはり感覚も研ぎ澄まされておるな。まさか、岩女が素手で獲れるとは」


「ウォン!(すごいのだ!)」


 魚を回収しにしたオルトスが、尻尾を振って喜ぶ。

 ふぅ、親の面目は保てたようじゃな。

 儂はその場から動かずに、もう二匹を獲ることに成功した。

 一度川から上がり、魚を持って焚き火の元に向かう。


「では、軽く昼食をとるとしようか」


「ウォン!(我は一匹では足りないのだ!)」


「これはメインじゃよ。他にも何か用意する」


「ウォーン……(野菜は嫌なのだ……)」


「わかっておる。それは儂用だから、お主には魚を二匹やろう」


「ウォン!(主人!)」


 尻尾を振り、嬉しそうにしている。

 やれやれ、儂もまだまだ甘いのう。

 別にフェンリルは野菜が食えないわけではないが、人と違って野菜を食わなくても不健康ということはない。

 なので、無理に食わせる必要もない。


「さて、早速取り掛かるとしよう」


「ウォン?(我は何をすればいい?)」


「いつも通りじゃよ。儂が作っている間、辺りを警戒しておいてくれ」


「ウォン!(任せるのだ!)」


 イヌ科の魔獣であるフェンリルの鼻と耳は、他の追随を許さない。

 何か異変があれば、すぐに気付くじゃろう。

 儂は安心して、作業に取り掛かることにした。

 魔法袋から調理道具一式と、まな板を用意する。


「まずは川魚の下処理をして……」


 包丁を使い腹を裂き、内臓を取り除く。

 オルトスはともかく、儂が食べたら寄生虫などがいたらまずい。

 何より、臭みが強いので味が落ちてしまう。


「そしたら、魔法袋に入れておいた串を取り出してと……」


 魚のお尻から刺し、頭を突き抜ける。

 そこに仕上げの塩を振り、火の近くに置く。

 後は焼けるのを待つだけだ。


「その間に道中で見つけたキノコ類で汁物でも作るか」


 魔法袋から鍋を取り出し、そこに川の水を入れて火にかける。

 水も魔法袋には入れられるが、無限に入るわけではない。

 道具や調味料などを中心にし、出来る限り現地調達をした方が良いじゃろう。


「儂が精霊魔法などを使えるなら話は別じゃが」


 この世界には精霊がおり、その力を借りて不可思議な現象を起こせる。

 火を起こしたり風を起こしたり、水を出したり土を変形させたり。

 しかし精霊魔法は精霊に気に入られた者しか使えない。

 なので、使い手は限られていた。


「魔王は闇の精霊に魅入られた者じゃったが……精霊とてそれぞれじゃな」


 例えば闇の精霊は人の不安や恐怖を好み、光の精霊は人の笑顔や安心を好むとか。

 他の属性である火水風土にも、それぞれ好みがあるそうだ。

 そんなことを考えつつ、作業を進めていく。


「刻んだキノコを入れて、煮立ったら味噌と山菜を足してと……うむ、後は沸かないように注意じゃな」


 沸くと味噌の風味が消えてしまう。

 時折、鍋を火から外すなどの工夫をして沸かさないようにする。

 そして、その作業をしていると……香ばしく、いい香りがしてきた。


「むっ、魚の方も良い加減か。よし、飯にするとしよう……オルトス!」


「ウォン!(待ってたのだ!)」


 儂の声に応え、オルトスが側に来る。

 その口からは、すでによだれが垂れていた。


「お主、よだれをふかんか。誇り高きフェンリルはどうした?」


「ウォン!?(垂らしてないのだ!?)」


 慌てて前脚で拭うが、再びよだれが垂れていく。

 やれやれ、まだまだ大人にはなれそうにないのう。

 あんまり突っ込むのは可哀想なので、この辺りにしておこう。


「ほれ、もう食べて良いぞ」


「ウォン!(うむっ! はぐはぐ……美味いのだ!)」


「そうかそうか、そいつは良かったわい」


 串を差し出すと、オルトスが凄い勢いで食べていく。

 儂も腹が減っていたので、熱々のうちに食べることにした。

まずはみそ汁を一口、口に含む。


「……ほぅ、川で冷えた体が芯から温まるのう。キノコの出汁も美味いし、山菜の食感が良いな」


味噌汁で体を整えたら、次は岩女を食べることにする。

串を持って鼻に近づけると、香ばしくて美味そうな匂いがした。


「どれどれ……ほう、これは美味い」


 皮はパリッとして、中の身はふわふわで柔らかい。

 身自体も甘く、凝縮された味わいがある。

 これは川の渓流を上り下りする、岩女ならではの味わいだろう。

 海からの険しい道のりを乗り越えた故に、その旨味が凝縮されておるに違いない。


「塩加減も絶妙じゃな……うむ、塩分を気にしなくて良いというのは幸せかもしれん」


 何せ六十を過ぎ、食べ物にも気を使ってきた。

 魔王を倒すまでは、死ぬわけにはいかなかった故に。

 何より、ご馳走を食べるような気分にはならなかった。


「しかし、これからは好きに食べても良いということか……ふむ、目的もない旅じゃったが、一つだけできたわい」


「ウォン?(主人?)」


「オルトスよ、儂は各地を回り美味い物を食べるとする」


「ウォン!(賛成なのだ!)」


「決まりじゃな。それでは、まずは岩女を平らげるとしよう」


 そうして、儂とオルトスは森の中で静かな食事をとる。


 それはとても穏やかで、幸せな気分にさせるのだった。










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