第4話 童心に帰る
王都を出て、そのままある程度歩き続け……人気が無いのを確認し、相棒を呼ぶことにした。
おそらく、この近くにいるはずだ。
「オルトス! いるのだろう!?」
「ウォン!(主人よ!)」
儂の声に応えて、体長一メートル程度の白い狼が姿を現わす。
二年ほど前に北の大地……今は滅んだ国にして、魔王の住処となった地域で拾った魔獣だ。
北の大地にのみ生息し、最強の魔獣と呼ばれるフェンリルの生き残りだ。
本来なら人に懐かないが、赤ん坊から育てたので儂を親のように思っているようだ。
ちなみに契約を結んでいるため、儂にだけ声が聞こえる。
「おおっ、来たか。心配をかけてすまぬ」
「ウォン……(本当に主人なのだな……)」
「そうか、お主を拾った頃には既に老人であったか」
「ウォン(うむ。だが、匂いや気配が一緒だ)」
「さて、お主は何処から聞いてる?」
最後の決戦では、オルトスには妖魔の足止めを頼んでいた。
おかげで魔王に集中することができた。
「ウォン(我は何も聞いて無いのだ。ただ、主人のことだ……ここから出て行くのだろう?)」
「ふっ、わかってるではないか。うむ、このまま旅に出ようと思う……お主はどうする? ある意味で、お主も使命を果たしたであろう?」
一族を殺した魔王や妖魔は倒した。
なので、オルトスも自由にさせるつもりだ。
「ウォン(愚問だ、まだ妖魔は残っている。ただ……確かに少しのんびりするのも悪くないのだ)」
「そうか。では、儂についてくるか?」
「ウォン(仕方ないのでそうしよう)」
そう言いつつも、その尻尾は揺れていた。
やれやれ、まだ親離れはできないようだ。
「しかし……お主がいると、儂の正体がバレるか。いや、この大きさならシルバーウルフで誤魔化せるか」
「ウォン(あれと一緒は気に食わんが……仕方ない)
シルバーウルフとは、体長一メートルくらいのフェンリルと似た魔獣だ。
フェンリルより弱いが、それでもそこらの魔獣よりは強い。
ちなみに成人したフェンリルは体長五メートルになり、その強さは最強の一角を成す。
オルトスはまだ二歳なので、人間で言うところの十歳くらいといったところか。
「よし……では、行くとしよう」
「ウォン?(まずは何処に行くのだ?)」
「そうじゃな……まずは国の中を歩いてみよう。ひとまず、東の方に向かうかのう」
最後に自分の持ち物を確認し、儂はオルトスと共に歩き出すのだった。
この体で目覚めた時から……薄々感じていたが。
やはり、若さというのは凄い。
あれから数時間歩き続けているのに、全く疲れがない。
最近では起きるのも辛かったというのに、朝からすぐに動けたしな。
「いや、快調すぎて逆に気持ち悪いかもしれん」
「ウォン?(体のことか?)」
「うむ、気持ちに身体がついていかないという感じだ。自分では老いた体だと思っているのに、実際の身体は若いからのう」
「ウォン?(ならば慣らしが必要なのではないか?)」
「やはり、そうなるかのう……よし、ここからは走るとしよう。オルトスよ! ついて参れ!」
「ウォーン!(負けないのだ!)」
儂は足に力を入れ、街道を全力疾走する。
すると、オルトスが並走して駆けてきた。
「ふははっ! 軽い軽い!」
「ウォン!(むむ! 速いのだ!)」
「儂とて若い頃は韋駄天と呼ばれた男よ! さあ、このままいくぞ!」
身体が若返ったからか、気持ちまで若返ったような気分になってきた。
儂は久々の開放感に包まれ、ひたすら走り続けるのだった。
結局、一時間くらいは走り続けてしまう。
「はぁ……はぁ……うむ、気持ちいい疲れだ」
「ウォン(最近では、走るのも大変そうだったのだ)」
「当たり前じゃ。にしても……腹が減ったのう」
これもまだ慣れない感覚だ。
最近では食も細くなり、重たいものは食べられなくなってきていた。
ところが、目覚めてから出された食事は全て平らげてしまった。
むしろ、病み上がりや老人用の食事だったので物足りないくらいだった。
「ウォン!(我も減ったのだ!)」
「では、食事にするかのう。そろそろ、昼時の時間になる」
「ウォン?(近くの村や町まで急ぐ?)」
「いや、途中にある村は走っていたら過ぎてしまった。少し行ったところに大きな町はあるが、そこまでいくとなると時間がかかる。急ぐ旅でもないし、のんびりするのも悪くない」
「……ウォン?(……ということは狩りか?)」
オルトスの尻尾が、ゆらゆら揺れている。
こんな風にされては、期待に応えてやらねばなるまい。
「うむ、これより食材調達に向かう。幸い、あそこに森がある。中に入っていけば、何かしらは見つかるだろう」
「ウォーン!(わかったのだ! 先に行くから早く来るのだ!)」
そう言い、儂を置いて駆け出していく。
「待て待て! 全く……彼奴も童心に帰っておらんか? もう少し威厳のある狼だったような」
いや……オルトスも、幼き頃より戦いの日々だった。
彼奴も役目を果たしたことで、本来の姿を見せているだけなのかもしれん。
「儂も人のことは言えんし……ここは、儂も楽しむとしようか」
オルトスの後を追って、儂も森の中へと入る。
入り口付近は、既に人の手が入った跡がいくつか残っていた。
おそらく、近辺の人々にとって採取の場所なのだろう。
「流石に入ってすぐに目欲しいものはないか。ったく、オルトスの奴も何処まで行ったやら」
幸い、儂とオルトスの間には魔力のパスが繋がっており、感覚で大体の位置はわかる。
なので、特に急ぐ必要もない。
「……それにしても気持ちのいいものだ。外はまだ少し暑いが、森の中は涼しい」
木々から注ぐ日差しは心地よく、森の新鮮な空気は美味しい。
時折吹く風は、ただそれだけで気持ちいい。
「こんな風に感じることなど久しくなかったか……そんな余裕もなかったからのう」
孤児だった頃は生きることに必死で、拾われてからは恩を返すことに精一杯だった。
そして主君を守れなかった後悔と共に生きていた。
「思えば、六十年の間……こうした時間を過ごすことは少なかったか」
そんなことを考えつつ、森の中を進んでいると徐々にキノコ類や山菜を見つける。
それらを採取しつつ歩いていると、川の流れが聞こえてくる。
同時にオルトスの気配も感じたので、そちらの方に向かうと……バシャバシャと音を立てて、川の水に戯れている姿があった。
その姿は、最早ただの子犬である。
「ウォン!(楽しいのだ!)」
「……全く、狩りはどうした?」
「ウォン!?(主人!? いつのまに!?)」
オルトスはしまったという、如何にもな人間臭い表情を浮かべた。
どうやら、儂にも気付かぬほど夢中になっていたらしい。
やれやれ、一部では神の使いとも言われる魔獣とは思えん。
「今さっきじゃ。それより獲物はどうした?」
「ククーン……(魚に逃げられたのだ……)」
「なるほど……見つけたは良いが逃げられたと。そして、気がつけば水に夢中になったと」
「ウォン(そうなのだ。ああいう生き物は獲るのが難しい)」
「まあ、お主は山や丘を住処とする生き物じゃしな」
本来の住処は北の大地で、そこは山々と草原が広がっていた。
フェンリルは主従関係にあるシルバーウルフを引き連れ、そこを支配していた存在だ。
北の大地には海もなく、水も豊富にある土地ではなかった。
何よりオルトスは幼き頃に一人になり、正式な狩りを学んではいない。
「ククーン……(お腹空いたのだ……)」
「さっきの勢いは何処に行ったやら……仕方ない、儂が手本を見せてやろう」
「ウォン!(主人!)」
「ええい! ビジョビジョのまま飛びつくな!?」
川から上がってのしかかってくるオルトスを、儂は必死で押し留める。
だが……こんな時間も悪くはないと思うのだった。
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